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殺人日記  作者: 鬼火
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一月十日

 一月十日


 今日は部屋が寒くて起きた。


 カーテンを開けると外は雪景色だった。


 太平洋側にしては珍しく牡丹雪が降っていたのである。


 風がないから小さな綿あめみたいな雪がしんしんと降っていてとても美しい。


 こんな日は美女を殺すのにうってつけだと思った。


 朝早く、ブリオーニのスーツにムーレーのダウンコート、オールデンのタンカーブーツを履き、デンツの手袋をはめた。


 これが私なりの、殺しのための礼節ある服装であった。


 殺される者には最上級のもてなしを授けなければならない。


 私は身なりが崩れていれば、至高の殺しがそこから生まれるはずがないと信じていた。


 ガラス張りの駐車場にはベントレーやアストンマーチンやマクラーレンなどの壮麗を極めたイギリス車が置いてある。


 私はその中からロールスロイスのレイスを選んで、雪の反射の眩しい朝の町へ出発した。


 道中、レイスのエンジンが物静かに滾り、楚々たる車内をプッチーニの『歌に生き、恋に生き』が包み込んでいた。



 ーーVissi d’arte, vissi d’amore

(歌に生き、愛に生き)


 Vissi d’arte, vissi d’amore

(私は歌に生き、愛に生きてきました)


 Non feci mai male ad anima viva!

(私は何人にも悪事を働いてきませんでした!)


 ーーNell’ora del dorore

(この苦難に際し)


 Perché perché Signore

(一体、一体、主よ)


 Perché me ne rimuneri cosí?

(一体何故、このような報いにあわせるのでしょう?)



 この悲哀なアリアを私は、ディオールオムのサングラスで遮断し、ブラックのコーヒーで飲み下した。



 ○



 ドライブの途中で、出勤途中らしい品のよく若い女をさらった。


 顔面を傷つけないように首筋を金属バットで正確に殴打し、意識の混濁した女を車に乗せた。


 それはバーバリーのコートを着、艶のある黒髪を真っ直ぐに伸ばした美しい女だった。


 その後ろ姿を認めた瞬間に、私の脳裏を或る悪寒と痺れの混淆した昂まりが支配し、人のいない朝未だきの見知らぬ住宅街を一つの事件現場へと変貌させたのである。


 車内に連れ込んだ女の手足と口はラップとビニールテープでがんじがらめにし、鎖付きの首輪をはめた。


 ハンマーで喉も潰した。


 それを女は朦朧としながらもかすかに抵抗しもがいていた。


 私はなにか憐憫に近い感情に任せ、女をあやめるように首筋に接吻してやった。


 すると女は観念したようだった。


 そしてそのまま彼女は意識を失った。



 ○



 私は女を乗せた車を人気のない山まで運転した。


 鳥の声が甲高い山林を進めるところまで行き、坂の下に小川の音のする場所で停めると、雪の積もった傾斜に女を放り投げた。


 女は少し転がっていって木にぶつかって止まった。


 私は悠長に女を追いかけた。


 雪の浅い部分では泥になった地面がぐちゃぐちゃとしてい、靴が少し汚れた。


 ……それにしても辺りは真っ白だった。


 斜面はもとより枯れた広葉樹の枝にも雪が積もり、それが少しぱらぱらと崩れて降り注いでくる。


 墜落する雪の断片の一つを目で追いかけ、掌を広げて受け止めた。


「君もこうして死ぬ」と女に声をかけた。


 女の意識は戻っていて、私を血走った目で睨みつけて逃げようとするが、手負いのうえに不自由な体では素早く動くことはできず、首輪の鎖を捕まえられてあっけなく膝から崩れた。


 幹に凭れさせた女の首を鎖できつく巻き締め上げた。


 女は頬を赤く染めて苦悶している。


「美しい」


 私の言葉に女は感じているようだった。


 私も俄かに興奮を覚えた。


 私はポケットからディージョのナイフを取り出した。


 ーー殺しは優雅の極致でありエロティシズムの極致であるから、殺し道具すら優雅でなければならない。


 よく研がれたナイフは女の頚動脈にあてがわれ、私が薙ぎはらうとともに柔らかな肉を深々と一閃した。


 生きた肉をナイフで切り裂くということ。


 それは破瓜に近い。


 私は女の初めてを鋭利に奪い去ってやった。


 女の首からは瞬間的に暖かい血液が噴き出した。


 女は恍惚の表情をやや硬直させ、そして震え出して蒼ざめ醜くなった。


 なんだか私は醜い女を見たくなくて鎖から手を放し、斜面へ蹴飛ばした。


 女は手足をばたつかせて楽しげに転がっていった。


 私の周囲と女の軌跡には真っ白な雪に暖かく赤いシロップが撒き散らされている。


 私はそれを「美しい」と思った。

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