構えて前へ
「ふー、美味しかった」
場所は車の中。俺と母は島津さんの家から帰路に着いていた。
結局あの騒動、騒動というか出来事の後、すぐに食事は終わった。終わったというか、母が終わらせた。見るからに佑司さんが落ち込んでいたため、母が「今日はこれくらいにしておきましょう」と言ったのだ。
「...」
母は黙々と運転している。俺の言葉にも反応がない。何を考え事しているのやら。目下奈々ちゃんの事であろう。
「寿司なんて久しぶりに食べたよ」
「あら、そう」
母がようやく反応してくれた。が、反応が薄い。そしてまた沈黙が続く。
「反抗期なんてあんなもんだって」
しばしの沈黙の後、また俺は話しかける。
「中学の時の友達なんてさ、三者面談の時に先生の目の前で母親に『うるせぇババア』って言ったらしくてさ、進路どころの話じゃなくなったんだって」
俺はなるべく軽快に話しかける。だがそれでも母からの反応はない。
もう少しで家に着くという所で、母がようやく口を開いた。
「やっぱり間違っているのかしら」
「何が?」
「いきなり一緒に住むこと」
信号がちょうど赤になってしまったため、車が停止した。そして母が俺の方をチラッと見てくる。
「大丈夫だよ。なんとかなるよ」
奈々ちゃんもこのままだと少し心配だし。誰かが家にいるほうがきっと良い。
「私と佑司さんは良いのよ。あれぐらいの拒絶は予想してたことだし。本当はもっと色々言われると思ってたわ」
「そうなんだ」
「うん」
母は運転席側の窓から景色を眺め始める。
「君が心配なんだよね」
「俺が?」
今度は俺が母をチラッと見る。
「私と佑司さんが色々言われるのは良いわ。あの子のためとはいえ、どちらにしろあの子を振り回しているのは事実だし。でも振り回されているのは君も一緒なのよ。だからもし、私と佑司さんが出張で家にいない時、あの子の矛先が君に向いたとしても、その時に君が彼女からあーだこうだ言われる筋合いはないわ」
母はハンドルを握り締め、前を向きながら言った。
「これも全て私たちの責任なんだけどね。でも、これもあの子と、佑司さんのためなのよ」
信号が青に変わる。母はアクセルを踏み、ゆっくりと車を発進させる。
「年末までは君に見ててもらおうと思ってたんだけど、少し君に負担になりすぎるかな」
「あのね、母さん。俺を甘く見すぎだよ」
俺は少し強めの口調ではっきりと言う。
「え?」
母がチラッと俺の方を見る。
「たとえ俺があの子から何て言われても、俺は特に気にしないよ。こう見えて俺、結構タフなんだぜ?」
俺はドヤ顔で自分に親指をビッと向ける。そう、我ながら強い精神を持っていると思う。なんたって小6の頃の運動会の100メートル走で、緊張のあまりズボンを前と後ろ逆で履いたまま走りきったからな。100メートル走は午後からで、昼休憩の時に汗をかいたので予備の体育着に着替えたのだ。その時に逆に履いてしまったらしい。
ゴール直後の時の女子の笑い声は、今でも思い出すトラウマだぜ?
「俺は大丈夫。母さんと佑司さんも安心して仕事に行ける。奈々ちゃんも大丈夫」
テンポよくリズムを付けたように言う。
「なんも心配ないじゃん。第一母さんも佑司さんも深く考えすぎだよ。物事は大体シンプルに成り立っているんだから。複雑に成り立っているのは、芸術くらいだよ」
俺は笑いながら言う。母は心配しすぎなのだ。いつものようにドーンと構えてれば良いのに。
「そっか」
少しの沈黙の後、母が言った。
「そうだよね。ちょっと深く考えすぎていたわ」
いつものような明るい母の声に戻っていた。
「そうだよ。我が朝倉家はもっと強靭でしぶといんだよ」
「うん、そうだね。そうだ」
母もいつにも増して大きな声で言う。
「頼んだわよ、私の強い息子さん」
母が笑顔を向けて俺に言う。
「おう、年末までは俺に任せとけ」
車がだんだんと家に近づく。そういえば帰るべき家はこれからはあのマンションになるのか。
「ありがとう」
母がポツリと言う。家まであとほんの少しだ。
『お前も親孝行はしとけよ?』
某マフィア映画の最後のシーンを思い出す。
するべきは親孝行。見るべきは家族の笑顔だ。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
小、中学校くらいのころの恥ずかしい記憶って時々思い出しますよね。