お寿司と修羅場
寿司うまうま。
今度はサーモンを箸で取り、しょうゆをほんの少しだけ付けて口に運ぶ。これがまた素晴らしい。
朝倉家と島津家の、挨拶を含めた初めての食事はそれなりに良い雰囲気で進んでいた。
奈々ちゃんも表情はあまりよろしくはないが時々寿司を口へ運んでいる。一応言っておくが、俺と母さんと佑司さんと奈々ちゃんの中で、最もかっぱ巻きを食べているのは奈々ちゃんだ。
かっぱ巻き...好きなのかな?
そもそもかっぱ巻きってなんだよ。キュウリ巻きじゃないのかよ。かっぱがキュウリ好きだからかっぱ巻きなんて名前を付けられたなら、かっぱにとってはたまったもんじゃない。いや、案外嬉しいのか?
まぁどうでも良いか。
俺は今度は卵焼きを口に運ぶ。よく、「卵の美味しさでその店が良い店か悪い店かが分かる」という話を聞く。あれも原理はよく分からない。良い店なら卵には特別なことをしているのだろうか。
「あのね、仕事の事なんだけど」
箸を置いた母が、改まった感じで言った。
「実はね、佑司さんと私も、年末までは帰れないのよ」
母と、職種は違うが佑司さんも、出張がとても多い仕事に就いている。母なんかは毎月海外へ出張に行っている。佑司さんは建設関係の仕事と言ってたから、国内への出張が多いのかな?
年末はどの仕事もとても忙しいはずだ。だから母さんも佑司さんも忙しいのもしょうがない。少なくとも俺はそう思っている。
「年明けは少しはゆっくりできそうだから」
「すまないな、岳くんも奈々も」
佑司さんも申し訳なさそうに俺に言う。
「いえいえ、全然大丈夫ですよ」
「...」
奈々ちゃんは無視しております。反応くらいはしろよ、と心の中でツッコミを入れる。そして奈々ちゃんはケータイをいじり始めた。
おいおい、これはさすがにダメなんじゃないか。俺の持論だが、俺は人と食事している時にケータイをいじるのはご法度だと思っている。大事な連絡とかなら別段構わないが、ゲーム始めたり他の人とラインを始めたりするのはいかがなものだろうか。
人と食事している時にケータイをいじり始めたら、そいつのおかずを一品食べても良い、という法律でも作ったら良いんじゃないか。
というわけで奈々ちゃんのかっぱ巻きを食べよう。
冗談はここまでにしておいて、これは本当に注意した方が良いのだろうか。俺が注意するしかないのかな。いや、ここはね、しっかり兄としてね、俺がビシッと...でも普通に怖いわどうしよう。
少し雰囲気が怪しくなってきた。
その時に佑司さんが口を開く。
「奈々、今はケータイを使うんじゃない」
少し厳しい声で佑司さんが注意する。奈々ちゃんはそれすらも無視してケータイをいじっている。
母は怒るのだろうか。そういえば母からあまりマナーに関して注意を受けることはなかったな。でも、なんだかんだ俺はしっかりマナーを守っていると自負している。
「奈々」
もう一度、佑司さんが厳しい声で注意をしようとする。
「うるさいなぁ」
ケータイをいじったまま、奈々ちゃんが佑司さんの言葉を遮るように言った。
「あ、もういいや。私遊びに行くね」
奈々ちゃんが椅子から立ち上がる。
「奈々、待つんだ。今はダメだ」
佑司さんも立ち上がり呼び止める。
「おい、奈々!」
「あーもう、うるさいって」
イライラした様子で奈々ちゃんも言い返す。
「朝倉さんがせっかく来てくれているのに」
「だから何?第一私に関係ないし」
佑司さんの言葉を遮って言う。
「仕事で出張ばっかなのに、ちゃんと再婚相手は見つけるんだね。本当は忙しくないんじゃないの?」
「おい、奈々!」
奈々ちゃんはそのまま部屋を出ていく。出ていく際に、ドアをバタン!と強く締めていった。
佑司さんが追いかけていったが、少ししてから玄関の扉をガチャッと開け閉めする音が聞こえた。どうやら奈々ちゃんは本当に出かけて行ったようだ。
「本当に申し訳ない」
部屋に戻ってきた佑司さんが、俺と母に深々と頭を下げた。
修羅場でしたね。