出会い
「今住んでるあの家は、とりあえずあのままにしておくつもりよ、少しの間だけね」
場所は車の中。はい、そうです。現在母の再婚相手の家へ向かっております。どうやら相手の家はマンションらしい。
「あ、ちなみに向こうの家の名前は何ていうの?」
「島津さんよ」
島津さんね。
てかやべぇな。今日いきなり会うのかよ。まだ心の準備というか覚悟というか...なんて言っててもしょうがねぇ。
「悪いわね、今日いきなりで。お互いの日程的になるべく急ぐしかないよのね」
「んー別に大丈夫」
再婚するんなら急いだ方が良いというのは俺も賛成だ。しかも俺の意見を待ってたんだから、俺もあぁだこうだとは言えない。
「もうすぐ着くわよ。ほら、あのマンション」
「まじ?結構近いね」
車で15分。てかただの隣町。この町の大きなショッピングモールの少し近くにある。また、子ども用の遊具、バックネット付きのグラウンド、極め付けは25メートルの滑り台がある、大きな公園も近くにある。
ちなみに俺が今まで住んでいた家は、住宅街の少し外れに位置する。
「あら、駐車場どこかしら」
「あそこじゃない?ほらあそこ」
「あ、あれね」
車が駐車場に入って行く。ガタン、と段差で車が揺れる。
「駐車場に島津さんがいるのよ」
「あ、そうなの?」
相変わらず大雑把な母である。寸前に言ってくるスタイル。まぁこのおかげでレスポンスがついたというか、鍛えられた面もある。
「あ、ほら、あの人」
マンションの下の駐車場に1人の男性が立っていた。
背はあまり高くはなかった。170あるかないか、ぐらいだと思う。短髪黒髪、きちっと七三に分けられた前髪が特徴的だった。
島津さんが誘導して指定した場所に車を停める。そして俺と母が車から降りる。ああ緊張する。こういうの苦手なんだよ俺。
「おー!元気だった?」
母が機嫌良く軽快に話しかけた。
「やぁ瞳さん」
島津さんも笑みを浮かべて手を挙げる。優しそうな笑顔が第一印象だった。ちなみに瞳とは俺の母の名前の事だ。
「んで、これが家の」
母が俺の方をチラッと見る。
「初めまして岳くん、いきなりで本当に申し訳ない」
「あ、初めまして、いえ、大丈夫です」
あかん、緊張する。コミュ力の無さっぷりよ。俺は別に初対面との会話はそんなに苦手ではなかったはずだ。
やはり新しい家族という関係の事を考えると緊張してるのかね。
「自己紹介は改めて、部屋に行こうよ」
母が俺と島津さんを促す。そして俺ら一同はゆっくりと歩き出した。俺は並んで歩く二人の後ろを着いていく。
「ここらへん買い物には困らないんじゃない?」
「そうだね、けっこう気軽に行ける距離だよ」
「良いマンションだねー」
階段を登る。どうやら五階にあるらしい。二人は並んで談笑しながら歩いている。
(思ってたよりも仲良いんだな)
もしかしたら仕事以外でも頻繁に会ってたのだろうか。
母は小柄な方だし、島津さんも背は高くはないので、並んで歩いているのはとてもお似合いに見える。
「はい、ここです」
島津さんが鍵でドアを開ける。
部屋に入った俺たちは、さっそくテーブルに座り話すことにした。マンションはなかなか高級感のある部屋だった。部屋数も多くないか?
四人掛けのテーブルに俺と母が並んで座る。キッチンからコーヒーを持ってきた島津さんは母の向かい側に座る。
「じゃあ改めて、初めまして岳くん、瞳さんの夫になる、島津佑司です。建設関係の仕事に就いています。よろしくね」
佑司さんは、にこやかに俺に自己紹介をし、俺に向かって軽くお辞儀をする。俺もお辞儀を返す。
「こちらこそよろしくお願いします。朝倉岳です。徳川大学の経済の二年です。母がお世話になっています」
「ちょっとちょっと、何でそんなに畏まっているのよ!これから家族になるんだから、もっと気楽に話しましょうよ!」
「気楽にって言われても」
俺は母に言い返す。
「普通は緊張するもんだよ」
佑司さんも俺に同意するように笑いながら言う。
「まぁ早く仲良くなってくださいな。それで佑司さん、奈々ちゃんは?」
奈々ちゃんとはだれぞや。あ、佑司さんの娘か。
「遊びに行ってるよ。一応19時までには帰って来てほしいって言ってるんだけどな」
佑司さんが困ったように言う。
ちなみに今の時間は16時を少し過ぎたころだ。まだその奈々ちゃんとやらは帰ってきてないらしい。
「あ、岳くんにはまだ言ってなかったね。奈々はこちらの娘です。今は織田高校二年。ちょっと今はいないけど、どうか仲良くしてやって欲しい。もしかしたら岳くんにも迷惑を掛けるかもしれないが」
「あ、はい、分かりました」
まぁ俺らが佑司さんの家を訪ねることが決まったのは午前のことだからな。いないのも仕方のないことだ。
「朝はいたの?」
「あぁ、深夜に帰ってきたんだけどね、昼前にまた遊びに行ったんだ」
「ねぇ岳。一応佑司さんの前だから言っておくけど」
母が俺の方を見る。
「奈々ちゃんが最近、家にいる時間が少ないから、佑司さんかなり心配してるのよ。かと言っても仕事があるからなかなか顔を合わせてじっくり話す機会もないのよ」
佑司さんがとても申し訳なさそうにこちらを見る。
「年末までは佑司さんとても忙しいから、あなたに奈々ちゃんを見てて欲しいのよ」
「俺が?」
「そう」
「本当にこちらの勝手だと思っている。本当に申し訳ない。今年だけで良いんだ」
佑司さんが机にぶつからんとばかりに頭を下げる。
「あぁ、全然良いんですけど、奈々ちゃんがどうかしたんですか?」
「それは...」
「良い、私が言うわ」
母が佑司さんを遮る。
母が教えてくれたのはこんな話だった。
今年の夏、佑司さんが長期出張から帰って来て、その時も奈々ちゃんはいなかったらしい。高校に入学してから奈々ちゃんは夜遊びに行くようになり、家にいる時間が極端に減ったのだ。その時は奈々ちゃんの高校は夏休みだったらしいが、髪を金髪に染め、耳にピアスを開け、露出の多い服を着ていたらしい。
当然、佑司さんは注意した。だが、その時に奈々ちゃんから吐き捨てるようにこう言われたらしい。
『家にいつもいないくせに、私に指図しないで』
佑司さんはその一言でだいぶショックを受けたらしい。
「学校からも時々連絡が来るんだ。奈々が学校を休むことが多い、と」
佑司さんがいつの間にか目に涙を溜めて話す。
「ちょっと、泣かないでよ」
母さんがティッシュを渡す。
「ありがとう」
佑司さんがティッシュを受け取り涙を拭く。
「だから、あなたに奈々ちゃんをケアして欲しいのよ」
「ごめんな岳くん、岳くんの生活もあるのに。全部僕のせいなんだ」
「全然大丈夫ですって」
別に本当に負担ではない。大学行ってバイト行って、の繰り返しの生活だったから、特に負担になることでもないのだ。
そこから様々な話をした。佑司さんはとても話しやすく、気さくな人だった。
お互いの自己紹介を含め談笑をしていると、あっという間に18時を過ぎていた。ただ、佑司さんは奈々ちゃんが心配なのか時計をチラッと見ることが多くなった。
佑司さんのケータイが鳴った。すぐに佑司さんが出たが、どうやら仕事関係の電話だったらしく、佑司さんは一旦席を外した。
部屋には俺と母さんの二人だけだ。
「奈々ちゃんの事、本当にごめんね」
母さんが俺に言う。
「母さんまで、本当に気にするなって。別に暇人なんだし俺」
今日はこちらの家で晩御飯を食べることになった。寿司の手前を取ることになり、佑司さんがどうしても支払う、と言うため、佑司さんから奢ってもらう形になった。
ちなみに俺が寿司で一番好きなネタはマグロだ。どうでも良いか。
19時頃に寿司が届いた。奈々ちゃんはまだ帰って来ない、と思ったが寿司が届いて5分くらい後に帰ってきた。ナイスタイミング。
「岳くんだけでも先に食べなよ」
「ええ、食べても良いのよ」
佑司さんと母から先に食べるように勧められる。
「いえいえ、大丈夫ですよ。まだ待ちます」
こんな高級そうな寿司を1人で先に食べるのはもったいないし申し訳ない。
その時、ガチャッと扉を開ける音が聞こえた。
「あ、帰ってきたな」
佑司さんがバタバタと玄関の方へ駆けていった。
そしてリビングに佑司さんと1人の女の子が入ってきたのだった。
いよいよ女の子が。