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やっぱり母には勝てない



「おはざす」


「あら、おはよう。早いじゃない」


 朝の9時。俺は朝が苦手だ。いつもいつも朝は起きるのに苦労している。いや起きない俺が悪いだけなのだが。目覚ましをかけなければ平気で昼過ぎまで寝ている人間だ。


「まぁね」


 起き抜けで回らない頭を覚ますために洗面所へ向かう。そして冷水を顔にかける。今日早起きしたのは他でもない。いやそんな大層なことでもないが。


「コーヒー淹れといたわよ」


「助かる」


 まだ頭がボーっとする。なんで人によって朝の強さが違うんだろうね。なんで俺は朝の強い人間に生まれなかったんだろうね。なんて変なことを考えてしまうほど頭が回らない。


 俺も四人掛けの大きなテーブルに座る。母は同じテーブルの上で資料を広げパソコンをカタカタしている。言わずもがな仕事である。ちなみに母は朝に強く、ほぼ毎日早起きだ。もうすでに洗濯物がきれいに干されてある。


 休日くらい仕事はしなくて良いんじゃないか、とは母にもはや言わない。母は仕事をしていないと逆に気が済まないのだ。前にそう言ったことがあるが、「例えば野球選手のオフ日なんかはさ、必ずきれいさっぱり野球の事を忘れるってわけじゃないと思うのよね。最低限のトレーニングとかさ、あとは投手(ピッチャー)とかだったら腕に負担をかけないように気を遣うじゃない?野球が生活の中心になっているのよ。私もそれと同じようなものよ」と、説得力があるのか分からないことを言われたのだ。


 新聞のテレビ欄でも見ながらコーヒーをゆっくり飲んでいると、ようやく頭が回ってくる。



「あのさ、ちょっと良い?」


 俺は母に話しかける。


「んん?」


「再婚のことだけど」


「あぁ」


 母はパソコンから目を離し、かけていたメガネを外し、俺の方を見る。パソコンをするときはいつも母はメガネをかけている。


「なに、もう決まったの?」


 俺の表情を見るに母がそんなことを言う。


「うん、再婚に関しては俺は特に反対しないよ。すれば良いじゃん、結婚」


 なんだかこんなことを言うのは恥ずかしいから、少しぶっきら棒になってしまう。


「本当に?いいの?」


「うん、でもさ、一つ言いたいことがあるだよね、息子として」


「なに?」


 お、なんだか母さん少し緊張してるみたいだな。早く聞かせろ、という感じで見てくる。


「ちょっと話は変わるんだけどさ、俺が小学五年の時の授業参観覚えてる?」


「授業参観?」


「ほら、あのクラスの皆と親で巨大な絵を完成させようってやつ」


「ああ!あの花を手形で作ったやつ?」


「そう、それ」


 母は仕事関係でなかなか俺の学校行事に顔を出すことが出来ず、顔を出せたのは今話してた小学五年生の時の授業参観と、中学二年の時の体育祭くらいだ。あ、ちなみに卒業式にはちゃんと母は出席してくれていました。


 その小学五年の時の授業で、縦と横10メートルくらいの巨大な用紙に親子全員で絵を描こうとなったのだ。その絵というのが、手前に花がたくさんあり、奥のほうに海が見えるというものだった。花の花びらの部分を、手形で描くことになったのだ。いわゆる手形アートというやつだ。


「あれがどうかしたの?」


「全員の手形で花を描こうとしてさ、机をどかしてみんな教室の真ん中に集まったじゃん。それで作業が始まったのは良いんだけど、やっぱりああいう行事で活躍するのって、クラスの中心人物なんだよね」


 そう、ああいった行事は主にクラスの女子と男子のイケイケなやつらが率先して進めるのだ。


「みんな手形を好きな色で好きな所に押していくんだよ。俺も序盤にささっと手形を押したんだけどさ、こう、あまり前に出れない人っていうか、とにかく手形を押してない人がまだ数人いたんだよね」


「うん、それでそれで?」


「先生も気づいてなかったし、そいつも言い出せなくて泣きそうになってて」


「あ、それで君が引っ張ってあげたんだっけ」


「そうそう」


 生徒と親が中心に集まり、少し外側にいた、まだ手形を押していない子も言い出せない状況が続いた。だから輪の中に入れない子達を俺が連れてきたのだ。その結果、手形を押せていなかった子どもたちも無事に手形を押すことができ、見事にクラス全員で作り上げた絵が完成したのだ。


「その日の帰り道で、母さん俺になんて言ってくれたか覚えてる?」


「覚えてない」


 やっぱりか。きっぱり言われたものだから少し笑ってしまった。


「『今日のMVPはあんただね。ちゃんと見てたよ』って言ってくれたんだぜ」


「あー...覚えてるような...」


「手形を押せてなかった子達からも何も言われなかったし、正直誰も気づいてなかったと思ってて、少しやるせなくなってて」


 誰かに自慢するつもりはなかったが、誰かに褒めてもらいたかった気持ちは多少あった。


「でも唯一母さんが気づいてて褒めてくれたんだよね」


 率先して絵を作り上げた女子たちでもなく、場を盛り上げた一部の男子でもなく、母は俺を褒めてくれたのだ。


「今でも覚えてるんだよ、子ども心ながらにすごい感動してさ。やっぱり母さんは母さんだなぁって思って」


「ふーん」


「昨日、『母親らしいこと出来てなかった』って言ってたけど、全然そんなことはないと思う。反抗期が無かったのも、俺が今こうしているのも、全部俺じゃなくて母さんのおかげなんだよね。仕事があって一緒にいれる時間が多くないのも、俺は全然気にしてない」


 やばい恥ずかしい。


「だからさ、別に引け目を感じる必要ないと思う。母さんは立派な母さんだからさ、何となく言いたい事分かるでしょ?」


 恥ずかしくて結局投げやりしました。


「ふふふ、分かったわ、ありがとう」


 母は上機嫌に言う。嬉しそうにニヤニヤしている。


「なんだよ、泣く所だろ今」


意地悪そうに俺は言う。でも言いたいことは伝わったっぽくて良かった。


「そっかそっか、うふふふ」


「はぁ、それで再婚の事だけど」


「あ、そうそう、なるべく近いうちにお互いの家族で顔を合わせたいのよ」

 

 だと思った。さすがにそれは何となく想像していた。


「あんた今日バイトは?」


「土日入ってないよ。あと月曜も入ってない」


 月曜は四限が最後だから、夕方でも大丈夫だな。

 そう思ってた矢先だった。


「そう、なら今日さっそく行きましょう。」


「え、今日?」


「ええ、今日よ」


 それはさすがに想像できなかった。




ようやく話が本題に入ります。

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