おさげ
※今回は主人公の視点ではありません。別の登場人物の視点でのお話です。お気を付け下さい。
掃除も終わり、やっと放課後になった。教室からは少しずつ人が出て行き、残った生徒たちの盛り上がりと、放課後特有の教室の静けさが混ざっている。部活に行った人、教室以外の別の場所で友達と談笑する人、学校を出て遊びに行った人、そして、家に帰った人。私は窓際の後ろから2番目の席で、ケータイをいじっている。
(私は...)
自分はどうしよう、どうするべきなのだろう。家に帰りたくはない。今、あの家にはあの人がいる。私の、義理の兄に当たる人。
あの人は絶対に良い人だ。あんまり話したことは無いけど、気を遣ってくれているのがすごく分かる。家に帰ったら、きっとあの人はまた私に気を遣うはずだ。それが申し訳ない。
(だって冷たい態度を取っちゃったし、あの人の目の前で父親に反抗的な事もした。今さらどんな顔をして帰れば良いのよ)
家に私はいないほうが良いのだ。
「奈々、帰ろうぜ」
教室に涼太とその他の人達が入って来た。ちなみに私と、この涼太たちとは別のクラスだ。
軽く紹介しておくと、涼太の後ろにいる、いつかの朝の登校で会った坊主に剃り込みが入った男子は準という。その横にいる髪がロングでのんびりした性格の子は蘭という。そして一番後ろにいるショートカットのサバサバした子は麗という。この涼太、準、麗、蘭の4人はずっと前から仲が良かったそうだ。私が高校に入って、涼太から声を掛けられてこの4人とつるむようになった。
「うん」
ケータイをポッケに入れ、荷物を持って立ち上がる。結局あの人に、兄にまだ返信をしていない。
階段を下りて昇降口へ向かう。
(返信…何て返そう)
こんな事は始めてだ。今までは父親が出張でいなくなったら家には誰もいないから、ある意味自由にやってきた。
「あ〜早くヤニ吸いてぇよ〜」
準がヘラヘラと笑いながら言った。ポッケに手を入れゴソゴソとなにかを漁っている。おそらくタバコが入ってるのだろう。
「吸い過ぎぃ。もう体ヤバイってばぁ」
蘭が楽しそうにツッコミを入れた。
私以外のこの4人はおそらく皆タバコを吸っているんじゃないかな。
「なぁ。先輩が車出してくれるんだけどさ。せっかく金曜終わったんだから、どっか遠くにでも行かね?」
しばらく雑談しながら廊下を歩いていると、涼太がそう切り出した。
「いいね。賛成」
真っ先にサバサバ系の麗が賛成する。他の2人も同様に賛同の声を上げる。
「奈々も行くだろ?」
「えっ、私も?」
「あったりまえだろ」
突然の話すぎる。どうしようか。
「うーん。行けたらね」
「え、どうした?何かあるのか?」
彼らには家の詳しい事情は言っていないが、「基本家には誰もいないから自由だ」とだけ言っている。
「まぁ無理には誘わないけど。別の日でも良いぜ」
「え?明日行かないの?」
麗が驚きの声を上げる。
「奈々が来れないなら別の日にしようぜ。全員で行きたいし」
涼太が宥めるように言う。麗は少し不機嫌そうな表情をしたが、「うん、いいよ」と言った。
「別に良いんだよ?私行けなくても、皆で行けば」
私に無理やり合わせる必要もないと思う。涼太は「う~ん、いや、そうじゃなくて」と言葉に詰まったように黙る。一体どうしたんだろう。
「じゃあさ!学校サボって平日に行こうぜ!」
「あ、それ賛成~」
準が提案し、蘭が賛成する。この二人はコンビというか、とても気が合っていると思う。お似合いだ。
昇降口に着き、靴を入れ替える。そして外に出ようとする。その時だった。
「あれ?涼太、お前今日、当番じゃねっけ?日誌出した?」
「あ、やべ。忘れてた」
ゴソゴソとバッグの中を探していたが、「日誌、教室だ」と笑いながら言った。当番の人は、一日が終わったら、その日の授業や出来事をまとめた日誌を担任に提出しなければならないのだ。提出し忘れたら次の日も当番をしなければならないシステムだ。
「も~、何してんだよ」
準が噴き出して、笑いながら突っ込んだ。「待ってるから早く行ってこいよ~」と、靴を再び校内用のズックに入れ替えた。
「悪い悪い、急いで行ってくる」
小走りで涼太は教室へと戻って行った。
「俺飲み物買ってくるわ」
校内用のズックを再び履いた準も、学校の中へと入って行った。「あ、うちも~」と蘭も着いて行った。
「私トイレ行ってくる」
麗もトイレに行ってしまった。
私はここで待ってよっかな。そういえばまだあの人にSIGNで返信していなかった。やっぱりまだ顔を合わせたくない。話すのが怖い。今日も晩御飯はいらないや。
本当は逃げてるだけなのは分かってる。
少し待っていると、1人の女子生徒が歩いてきた。リュックを背負っているから、おそらく下校するのだろう。邪魔にならないように、端っこによる。
「な、奈々ちゃん?」
その女子生徒が話し掛けてきた。チラッとその子の顔を見る。
(敦美ちゃん...)
この子は私の小学校からの友達。小学校まではとても仲が良くて、よく放課後も一緒に遊んでいた。中学校に入り、クラスも別々になってからはあまり話すことも無くなり、今では完全に疎遠になっていた。高校でもチラッと見かける事はあったが、話すことは無かった。
「久しぶりだね」
「う、うん!久しぶり!」
返事を返すとパァーッと表情が明るくなった。特徴的な左右のおさげ髪が揺れる。でもすぐにお互い無言になる。会話が続かない。
「今ね、委員会の帰りなの」
しばらくもじもじしていた敦美ちゃんだったが、私に言ってきた。「図書委員なんだけどね」と付け足して言う。小学校の頃から本をよく読んでいたなぁそういえばこの子。
「な、奈々ちゃん。久しぶりに一緒に」
「ごめんね、他の人と帰るんだ」
敦美ちゃんの言葉を遮るように言った。
「そ、そっか。ごめんね」
しょぼんと俯き気味になって言った。心なしかおさげの髪も垂れたような気がする。
「じゃあ、私帰るね」
靴を履き替えて敦美ちゃんが出て行った。背中を見つめながら、せっかく勇気を出して話し掛けてきてくれた気持ちを思うと、胸がチクりと痛んだ。
(でも私なんかとは関わらない方が良い)
私はこんな自分が大嫌い。衝動的にケータイを取り出し、SIGNであの人に返信をする。ただ一言、「いらない」と入力し、送信しようとする。
送信ボタンを押そうとしたが、ふと手が止まる。
(この気持ちを、全てあの人に言えば、打ち明けたらどうなるんだろう)
だがすぐに、父に反抗的な態度を取ってしまった過去の自分を思い出す。打ち明けるなんて、ただの甘えだよね。
私は送信ボタンを押した。
涼太たち3人と再び合流してから、学校を出て行った。
物語はっ......!!!
加速していくっっっ!!!
(更新が遅れて申し訳ございません)