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任と責

 

奈々ちゃんがようやく帰って来た。佑司さんが家を出る前にギリギリ間に合った。


「お、おかえり」


「...」


 テーブルの上に置いてあるスーツケースと、少し散らばっている荷物をジーッと睨むように見つめている。


「奈々!おかえり!」


 自室にいた佑司さんがリビングに急いで戻って来た。


「ごめんな、実はな...」


 佑司さんが事のいきさつを説明する。ただ佑司さん、その説明の仕方じゃただ佑司さんが悪い感じになっちゃっているよ。仕方ないってことをもっと伝えなきゃいけないはずだ。



「...」


 黙って聞いていた彼女はソファーの上にスクールバッグを置き、自分の部屋へと向かって行く。


「奈々、この出張が終わったら...」


「うっさい。早く行けば?」

 

 目を合わせようともせずリビングから出て行った。


 

「...」


(佑司さん...)


 何も言うことが出来ない。何を言っても正解じゃないような気がする。


「今回は仕方ない。でも最悪な結果になってしまったなぁ」


 苦笑いを浮かべながら佑司さんが言う。


「そろそろ行かなきゃな」


 もう6時を過ぎた。時間が来てしまったのだ。荷物を持って部屋を出ていく。車までは俺がスーツケースを持って行く。

 駐車場に着き、荷物を車に載せる。特に会話は無かった。初めて会ってから、一緒に過ごした時間は少なかったが、しばしのお別れがとても寂しく感じる。なんだかんだで気が合う人なのだ。





「佑司さん」


「ん?」


 運転席に乗り込んだ佑司さんに思い切って話しかけた。


「あの子の事は、俺に任しといてください。大丈夫です」

 

 自分で言いながら、自分の体が強張って行くのが分かった。やっぱいざこの時が来ると不安になっているのかな。でも、嫌われても良いから泥臭く顔を突っ込んでやるつもりだ。まだあの子とはそんなに話してはいないが。


「体に気を付けて、あと事故にも気を付けて下さいね」


「ありがとう岳くん」


 比較的明るい声で佑司さんが返事を返してくれた。そうなのだ、しばしの別れなのだから、こういう時こそ明るくしてないとやってられん。


「岳くんも、大学は休まないでしっかり行くんだよ」


「う、が、頑張ります」


 思わず2人で笑ってしまう。痛い所を突いてきやがるぜ。


「じゃあ、そろそろ」


 佑司さんが車のエンジンをかけた。そして車の窓を開ける。


「岳くん」


 佑司さんがスッと運転席から右手を差し出した。まるで迷いが無いように右手を真っすぐに俺に向かって差し出してきた。俺はその手に、佑司さんに向かって右手を差し出した。そして、ガッチリと握手を交わした。


「頼んだよ」


 ハキハキと明るく言っているが、佑司さんの表情からは若干の申し訳なさを感じる。


「はい」


 握手を交わしながら俺は力強く答えた。今、俺は島津家を任されたのだ。佑司さんの大切な一人娘を、「家族」として直接的に気にかけてやれるのは俺しかいない。


 そして佑司さんが乗る車を見送った。


「よし...」


 やってやろうじゃないか。

 駐車場からマンションへと向かい、部屋に戻る。晩御飯は佑司さんが作り置きをしてくれていたから大丈夫。冷蔵庫にも食材は多めに入っていたはずだ。

 階段を使い、5階まで上がる。夕方とはいえ今日はそんなに寒くはない。あぁ無性にラーメンが食いてえ。


 

「しーんじあえーるよーろこーびもー」 


 のんびり歌いながら晩御飯の準備をする。今日の晩御飯は豚肉と野菜の炒め合わせと春雨サラダと中華スープだ。佑司さんの家事スキルは素晴らしい。何でこんなに料理ができるのか。俺も頑張らねば。

 ご飯もすぐに炊いた。もうすぐで出来上がるはずだ。


 奈々ちゃんは未だに部屋から出てこない。


(そろそろ呼んでみるか)


 殻に引きこもっていても仕方がない。とりあえずご飯を食べながら話でも聞いてやろうと思う。

 呼びに行こうと思った時に、奈々ちゃんがリビングに入って来た。良いタイミングだ。なんだやっぱ腹でも減ってきたか?


「おぉ、晩御飯...」


 服装は制服から着替えたようだ。上は無地の黒のパーカーで下は緑のラインの入った紺色のジャージだ。


「私、出かけてくるから」


「え?」


「行ってきます」


 そう言って出て行こうとする。


「晩御飯は」


「いらない」

 

 えぇ。佑司さんが作ってくれていたのに。


「せっかく佑司さんが作ってくれたんだし、せめて食べてから行きなよ」


 さすがにもったいない。美味しそうだし。

 奈々ちゃんはテーブルの上の料理をチラッと一瞥した。だが背を向けてリビングから離れようとする。


「別にいらないから」


 機嫌が悪そうだ。いや、機嫌が悪いというより拗ねているのか?


「あのな、佑司さんの事は仕方が無かったんだぞ?仕事だしさ」


「...」


 動きが一瞬止まった。サラサラしてそうな長い髪が少し揺れた。


「あんたには関係ない」


 バタン!と扉を強く閉めて出て行った。


「一応家族なんだけど」


 思わず呟いてしまった。今日は久しぶりの一人の晩御飯になりそうだ。

 やはり前途多難だなぁ。多少の覚悟はしていたけどね。





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