homewardの気持ち
二度寝の後、10時過ぎくらいに俺は起床した。
この島津家での生活だが、かなり快適だ。不満に思った事は今のところはない。
俺は自分の部屋を出てリビングへと行く。リビングでは佑司さんがテーブルにコーヒーを置き、椅子に座りながら新聞を読んでいた。
「おはよう岳くん。ずいぶん遅い寝起きじゃないか?」
リビングに入ると佑司さんが笑いながら挨拶をしてきた。
「おはようございます。まだ全然寝れるよ」
眠そうに目を擦ると、佑司さんは穏やかな笑い声を上げた。
「瞳さんが朝食を作ってくれていたから、岳くん食べなよ。今準備するから」
「あぁ、すいませんね」
「正直言うと、僕も今日は寝坊したんだ。瞳さんを見送ろうと思っていたんだけどね」
新聞を閉じ、台所へ歩きながら佑司さんが恥ずかしそうに言った。ちなみに佑司さんは今日まで休みだ。明日からはまた仕事が始まる。長期出張は今週の木曜日からだ。母は明日から出張だ。
俺は洗面所へ行き、顔を洗った。
「月曜日は午後から学校なのかい?」
母が作ってくれていたサンドイッチと佑司さんが淹れてくれたコーヒーを味わいながら、佑司さんと談笑する。
「はい、4コマと5コマに入ってるので授業は午後からです」
もちろんたくさん寝れるように午前の講義は組まなかったのだ。
「ふーん、そうかぁ。懐かしいなぁ大学」
「佑司さんはどこの大学なんですか?」
「僕は武田大学だよ」
「えっ、武大ですか!?」
思わずサンドイッチを食べる手が止まった。トップとまでは行かないが、テレビの企画によくある、大学の偏差値ランキングでは必ず30位以内には入る名門の大学だ。
「僕はすごくはなかったよ。単位なんて毎年ギリギリで取ってたし。留年しかけた事もあるんだよね」
「いやいや、武大に入れただけでもすごいですよ」
「徳川大学も結構有名だと思うなぁ」
「この地域の中だけですよ」
そこからも談笑は続いた。主に俺の大学の話や佑司さんの大学生の頃の話で盛り上がった。
「あ、奈々ちゃんは?」
「今日は高校に行ったよ」
佑司さんは苦笑いしながら答えてくれた。
確か高校2年だっけか、あの子。一番楽しい時期なのではないか。
サンドイッチを食べた後、そのままリビングでゴロゴロしていた。
「んじゃ、俺そろそろ行こうかな」
12時を過ぎたあたりで俺も大学に行く準備を始めた。ここの家からだと、歩きだと大体30分くらいはかかりそうだ。
「お、もう行くかい」
「多分7時までには帰ってきますんで」
「了解。送って行くかい?」
「いえいえ大丈夫ですよ」
俺は歩くのが好きなのだ。大学までの道のりは特に坂道もあるわけでもないので、歩きでも普通に行ける。
「気を付けるんだよ」
「はい、行ってきまーす」
今日も10月にしてはポカポカと良く晴れている。
愛着のあるこの町を俺はのんびりと歩き始めた。
「なぁ、うなじってどこが良いんだ?」
大学に入り教室へと入り、佐東達がいる所へ行く。この鈴木は相変わらず女の事しか考えていないのか。
「ういーす」
「おう、岳」
「おう!」
佐東と鈴木しかいない。授業まではあと5分はあるが、塩田は今日は来るのだろうか。
「それはアレだろ、雰囲気ってやつだろ」
佐東が答えた。どうやらうなじの話はまだ続くようだ。さらに佐東が続けた。
「浴衣とか着て髪を短くまとめるとうなじが見えるだろ?あれはうなじが良いんじゃなくて、その全体像が美しいから、うなじも色っぽく見えるんじゃない?」
「なるほど」
鈴木は熱心にうなづいている。
「朝倉くん、君はどう思うかね?」
得意げな表情の佐東が俺に聞いてきた。俺に聞くのかよ。
「うーん、鈴木ってさ、外国人好き?」
「外国人?そりゃ大好きよ」
紙パックのオレンジジュースを飲みながら鈴木はドヤ顔で答えた。あ、これは語りだすパターンだ。
「まずスタイル、日本人よりも足が長くて白くて体もグラマーだろ?顔だちも綺麗で、長髪の金髪のネーチャンなんてたまったもんじゃないぜ」
「それだよ」
俺は語りだした鈴木にピッと指をさす。
「うなじってさ、日本独特の文化だと思うんだよね。日本だけなんじゃない?うなじが良いって言ってるのは」
他の国ってうなじのことどう思ってるんだろうか。
「だから黒髪の美しい日本人が大好きな人なんかはうなじに妖艶さを感じたりするんじゃない?鈴木は金髪外国人が大好きだから、うなじにもビビッと来ないんでしょ」
鈴木の性癖なんて知ったこっちゃないが。
「うーん、なるほど」
鈴木は1人で何やら考え込んでしまった。まぁ放っておいて良いだろう。
そして授業が始まった。あ、そういえば塩田はチャイムが鳴り終わった直後に教室に入って来た。
授業中、ふと鈴木がつぶやいた。
「外国人の浴衣、うなじ...良いね」
どうやら鈴木の性癖が増えたようだ。
4コマと5コマを終え、俺は佐東達と別れて大学を出た。早めに島津さん家に帰りたいが、今日はバイト先に顔を出しておこうと思っていたのだ。
「お疲れさまでーす」
俺のバイト先は居酒屋だ。居酒屋『お市』は夫婦が営んでいる個人経営の居酒屋だ。
俺はスタッフルームに入る。
「あ、岳先輩!久々じゃないっすか!」
短髪の後輩がやってきた。確か高校3年だっけか。
「久しぶりだね。店長いる?」
「さっき厨房に行きましたけど、すぐに戻ってくると思いますよ」
しばらく後輩と話していると店長が戻って来た。
「おぅ、岳じゃねぇか。どうしたんだ?」
「んじゃ、先輩。俺は戻りますね」
後輩が手を振りながらスタッフルームを出て行った。
「あの、シフトの事なんですけど」
俺は店長に話を切り出す。
「年末まではシフトを少なめでお願いできませんか?」
「何だ?急に。いや別に構わねぇけどよ」
「家庭の事情と言いますか...あ、でも別に悪い事ではないんです。どちらかというと良い事です」
俺は身振り手振りで話をする。この店長、性格は優しいんだけど顔と口調が恐ろしいから話をしてると緊張してくるんだよね。
「ふーん。分かった。了解だ」
「ありがとうございます!」
「落ち着くまでは無理に入らなくて良いぜ。ただどうしても人数が足りなかった時は呼んでも良いか?」
「はい!お願いします」
話はすんなりと決まった。良かった良かった。俺は安心して帰路に着く。
「ただいまー」
アパートに着き、俺は扉を開ける。そしたらすぐに部屋から足音が聞こえた。
「おかえり、岳くん」
佑司さんが出迎えてくれた。俺はほんの少しニヤッとしてしまう。これがすごい楽しみだったのだ。
いつもだったら家に帰っても誰もいなかったが、今日は佑司さんが家にいる。学校からの帰りを、誰かに迎えてもらうことは少なかったので、とても嬉しい気持ちになる。
誰かが家にいると、帰り道の足取りはすごい軽くなる。
(いいなぁ。こういうの)
俺は少しの安心感を胸に覚え、家に入った。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
homewardとは「帰路へ向かう」という意味です(確か)。