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サンライズでサプライズ



『人間が死ぬ時、真っ先に思い浮かべることって何だか分かるか?』


 手足を縛られ、木製の椅子に固定されているその男は銃口を頭に突き付けられながら、平然と言った。


 その男の前に立ち、引き金に手をかけ、今にも銃を撃とうとする男がその質問に答える。


『ふん、もっと女のケツでも追いかけたかったか?』


 銃を手にしている男は冷徹に低い声で答えた。


『あはは、それもあるなあ』


 椅子に固定されている男はケラケラと体を揺すりながら答えた。


『でも一番強く思い浮かぶのは親の事だよ。特にガキの頃の思い出だな』


 その男は思い出に浸るように目を細めた。


『死ぬ寸前になってさ、もっと素直で親孝行な息子になってたら良かったなあって思うよ』


『何を今さら』


『今思えば、親孝行なんて何にもしてねぇや』


 男はさらにへらへらしながら言う。


『俺、今はこうしてスゲー明るく振る舞ってるけど、内心ガクッときてるんだぜ?親孝行もしないうちにこのまま死んじまうんだぜ?』


『それもお前の選択してきた人生だ』


 銃を構え直した男がさらに低い声で言う。


『もう話は終わりだ。お前はここで死ぬ』


 そう言いながら男は標準を合わせる。


『はぁ、分かったよ。さっさと撃っちまえ』


 椅子に固定されている男は、自身に向けられている銃口を見つめる。


『あ、そうだ。最後に』


『なんだ』


『お前も親孝行はしとけよ?』


『後の祭りだ』


 引き金を引く。銃の乾いた音が部屋に鳴り響いた。


『おい、後始末をしておけ』


 銃を撃った男は、部屋の外にいた見張りにそう言ってから家を後にする。家の前に停まっていた車に乗り込むと、すぐに車は発進し去って行った。





 映画はそのままエンドロールへと入った。


 俺はソファーに寝っ転がりながら映画を見終わった余韻に浸る。この映画はかなり昔に作られた作品らしいが、オールド感は全く感じなかった。舞台はイタリアで、1人の青年がマフィアを目指す孤独な物語だ。結末的には主人公である青年は、最後はイタリアの巨大なマフィアの幹部にあっけなく殺されてしまう。

 だが迫力のあるアクション、そして時折見せる主人公の苦悩と寂しさが上手に描かれており、見る側にとっては気づかぬうちに深く作品に入り込んでしまうのだ。


 とても素晴らしい作品であった。


 1人で総評を終えると俺はソファーから立ち上がる。映画を見ながらちびちびと飲んでいた、ジュースとほぼ変わらないチューハイの残りを頑張って一気に飲みほす。やっぱり慣れない。お酒は苦手だ。


 時計をチラッと見る。時刻は21時を少し回ったばっかりだ。


 もうそろそろか。

 今日は長い海外出張を終え、さらに国内での用事を済ましてきた母親が久々に帰宅する日なのだ。





「たーだいまぁ!」

 家に張りのある声が響く。はい、僕の母親です。いつもは静かで落ち着きのあるこの家だが、母親がいる時はなんだか騒がしく感じる。そして、何か未来のために行動を起こさなくてはならないような気がし始めるのだ。この母親の近くにいる人は何かの使命感に迫られる、と俺は勝手に考えている。忙しそうだが立派に人生を謳歌しているであろうこの母親のオーラが、周りの人すらも突き動かしてしまうのだ。


 玄関に近づく。そして玄関への扉を開けた。


「おかえり」

 スーツケースだのハンドバッグだの英字が書いてある大きな紙袋だの、大量の荷物を床に降ろしている母がいた。


「おー!久しぶり!どう?元気だった?」

 母は顔を上げ、俺と目が合うと顔をほころばせる。相変わらず太陽みたいな人だ。


「ぜーんぜん何にも変わらないよ」

 俺は母が下した荷物を手に取り、リビングへと運ぶ。ズッシリと重量感のある荷物だった。母は小柄なのに、なぜこんな重い大量の荷物を一度で運べるのだろうか。


「荷物そこに置いちゃっていいよ。帰ったら洗濯とかしちゃうから。早くご飯いこう!」


 後ろからついてきた母が言う。母が帰宅した時の晩御飯は、必ず外食と決まっているのだ。行き先は母が勝手に決めてしまう。母のポリシーとしては、「個室で、味が美味しい」ところではないとダメなのだ。まぁ支払いは母なので俺は文句も言えない。

 その晩御飯の時にお互いの近況報告をするのだ。誰かから家に連絡はあったか、生活費はいくらだったか、日本では何が起こっていたか、などなど、話の内容はとても多い。最近では、単位はちゃんと取れているのか、彼女はできたか、などあまり話題にしたくない内容も訊かれてしまう。



「そういえば、さっきまで『tiny gun』見てたよ」

 母が運転する車の中で俺は母に話しかける。さっきまでチューハイを飲んでしまっていたので運転することはできない。ちなみに『tiny gun』は、俺がさっきまで見てたイタリアの青年マフィアの映画だ。


「お、どうだった?普通に面白かったでしょ?」


「まぁね。けっこう夢中になったよ」


「あれでB級映画に分類されちゃうんだよ?ほんっとみんな分かってないよね」

 

 母が少し荒々しく話す。俺が借りて見る映画のほとんどは母のおすすめだ。『tiny gun』も母から教えてもらった映画だ。外れが無く全ての作品が面白いので、最近の楽しみの一つになっている。


 

 21時半を回った夜の道路を、母の愛車であるピンク色でボックス型で小さめの車が走る。国道に合流した時、母が口を開いた。


「あのね、今日は私から重大な報告があります」


 母は真剣そうに前を見ながら言う。


「はーい」


 少し気になったが、あまり詮索はしない。今無理に聞いたところで、母は絶対に教えるつもりはないだろう。 

「大切なことは、然るべき場所で言わなければ意味がない」

これもまた我が母のポリシーなのだ。







「こちらお通しになります。どうぞ召し上がり下さい」

 今日の外食は和風の料亭だ。着物に似た制服に身を包んだ店員さんが笑顔で丁寧に接客してくれる。母は日本にいる時間は多くはないのに、なぜこんなに良い店を知っているのか。 

 

「あんた酒は飲まないの?」


「うん、今日はもういらん」


「せっかく二十歳過ぎたばっかなんだから飲みなさいよー」


 無理なものは無理。無理したらあかん。


 そんな会話をスタートに、美味しい和風の料理をゆったり味わいながら、お互いの様々な近況報告をしていく。


「あんたバイト代は何に使っているの?仕送り足りないんだったら増やせるわよ?」


「特に何に使いたいってわけでもないよ。でもそのうちどこかのんびり旅行でも行くつもり。春休みでも利用してね」


「なら良いんだけど。勉強はどう?」


「ぼちぼち。でも多分2年もフル単で行けそう」


「あら、すごいじゃない」


 母はニッコリと笑う。我が母は、客観的に見ても偉大な人間だと思う。俺も子どもの頃からこの人に何度助けられたか。母は仕事に打ち込みたかっただろうに、俺が生まれて間もない頃に父親が亡くなり、この家のために家事も必死に頑張ってくれていた。そして俺も無事に大学へ進学し、ようやく母は以前よりは仕事に打ち込めるようになったのだ。

 


 本当に母はすごい人間だと思う。


「そういえば母さん、何か報告があるんだって?」


「あ、そうだった」


 母は箸をテーブルに置き、姿勢を正して俺の顔を見る。魚を食べようと伸ばしていた腕を戻し、俺も合わせるように姿勢を正した。


「私、結婚します。いや、再婚します、か」


「え?」


「再婚相手には高校生の娘さんもいるので、君は兄になります」


「は?」





 本当に母はすごい人間だと思う。こうゆう所も。




読んでくださる皆様に多大な感謝を申し上げます。

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