桜吹雪の中で
朝霧の中、私は息を切らし山を登る。季節は春といってもまだまだ寒いというのに汗をかいてしまう。霧のおかげか、湿気で髪が水分を含んで顔に張り付くのが少しうざったい。
漸く登りきり、時計に目線を落としてはっと気付いて辺りを見回すと朝日が差し込んできた。
朝霧が晴れると同時に、朝日に照らされた吊橋が見える。すると、一陣の風が吹いて目を瞑ってしまった。目をゆっくり開けると…目の前には桜吹雪が吹いている。他の山も一望できるこの場所から見る桜吹雪は、この世界で本当に桃色の雪が降っているように思えてしまうほどだ。
桜吹雪が止むと思い出したように慌ててカメラを見てシャッターを押そうとしたが、すでに遅い。
「また撮りそこねた」
と溜息をつきながら小さな声で呟いた。
これで、何度目だろうか。あの山桜の吹雪を撮りそこねてしまったのは…。山を降りつつ落胆していると、下の方から見慣れた顔が登ってきている。その姿を見て頭を下げると向こうも気づいたのかこちらに頭を下げる。
「おはようございます」
枯れた声の主は、この山に毎日登っているという初老の男性でここに下見に来た頃から顔見知りになりいつしか挨拶する仲にまでなった。
「…おはようございます」
ちゃんとした挨拶を返したいが、少し落胆していた事もあり少し元気なさそうに挨拶を返してしまう。きっと、この初老の男性に「どうしました?」と世間話の様に私の落胆を聞いて欲しいからこんな返し方をしてしまったのだろう。なんだか、あざとい。
初老の男性は決まり文句の様に…いや、気にかけてくれて声を掛けてくれた。
「写真、撮れなかったんですか?」
「え、あぁ…はい」
いきなり自分が予想してた言葉の斜め上をいった返しに正直驚いた。彼は、私がここに写真を撮りに来てるのをさも知っているかのように喋ったのだ。
私が呆けていると彼は慌てる事なく続けて、口を開く。
「いつも首に下げているのがカメラのケースですから写真関係の人なんじゃないかと思いましてね」
「…はい、今度コンテストに応募しようと思って…」
「コンテスト!それは素晴らしいですな」
「そうなんですけど…撮りそこねちゃいまして…ははっ…」