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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
57/57

57.高校生の円


「聞いたことあるよ、その話」

 (まどか)とその話について、話すことが出来たのは、朝の峠が通り過ぎ、むしろもう昼になろうかという頃だった。「(みやび)さんの恩人のことでしょう?」(ゆかり)が頷くと、


「確かーー雅さんが実は昔、不良だったと」

「え……」絶句した。まさか、そんな話とは。


円が、断片的に聞いた話だけど、と前置きして話し始める。「雅さんって、確かご両親とうまくいかなくて。ご両親は典型的なエリート志向。でも雅さんは勉強とか、とにかく苦手で。まともに中学も行かずに。で、とうとう十五歳で家を飛び出したんだって」「はー」「それからは無茶苦茶な生活送って。そんな中だったんだって、その人たちに拾ってもらったのは。ひどい怪我を負って、そのままだったら、死んでたかも知れないって」「雅が、ねえ。今じゃ想像もつかない」「うん。だから灯のお客さん、みんな感謝してる、その人たちに。そのお陰で、(ともしび)があるからね。私も、感謝してる。灯が無かったら、私もどうしていたのか」

 

紫がその時浮かべた表情を、どう取ったのか、円は「私も雅さんに、拾ってもらったクチなの」と、顔には微笑みさえ浮かべて、話す。


「母が亡くなった後、叔母夫婦に引き取られた話はしたでしょう? 子供がいない叔父は、きちんと迎え入れて面倒見てくれるって言ってくれたんだけど、叔母に薦められたのは、全寮制の中高一貫校。お金も安くなかったでしょうに、一生懸命勉強して入りなさいって。私のためにって。いつか、結婚することもあるから、その時恥ずかしくないようにって」確かに、微笑みを浮かべてはいたけど、円の横顔が寂しそうに、紫には見えた。「うん。叔母の言うことは正しい。姉の忘れ形見とは言え、姪のことを考えてくれる。だから、その後凄い勉強した。従弟と違って優秀じゃなかったから。もう必死」


「でもねえ、ちょっと寂しかった。叔母の家にいてはいけないって言われたみたいで。それに……母は結婚しなかったから、ね」


「でも、叔母は母と仲良かったし、私にも幼い頃から良くしてくれた。私の父親のことも、悪く言う人もいたけど、叔母は(かば)ってくれた。だから、わがままは言わないように。叔母夫婦は共働きで、従弟も家に来ていたくらいだし。でも……」


「無事に編入試験合格して、叔母も凄く喜んでくれて。笑顔で送り出してくれた。叔父は残念そうな顔して、いつでも帰って来て良いよって。それで、長期休みになって叔母夫婦の家に帰ったんだけど……」


 それまでほとんど一人で話していた円が、そこで開けた間は、それ以前よりも長かった。聞き役に徹していた紫は、何か言おうとしたが、結局円の方が早かった。


「叔父はもちろん、表面的には、叔母も喜んでくれた。でも……何となく判った。変に叔母はよそよそしくて。怒っているわけでもなくて、会話はしてくれるけど、何か素っ気なくて。最初は首を傾げるくらいだったんだけど」


「そんな時、叔父が折角だし、どこか連れて行ってくれるって。楽しみで、叔母に良いでしょう? って訊いたの。良かったら、叔母もどうかなって」


 今度の間は長かった。だが、紫にはそうは思えなかった。その時の円の表情は、言葉より雄弁に語っていた。大好きな母親を亡くした後の円。とても、かつて知り合いだったと言えない、紫の知らない円の話。


 全く知らない雅の過去も驚きだが、先入観があった円の事も想像のつかないものだった。自分たちにも親切にしてくれた円の叔母夫婦。数回しか会わなかったが、円はそこで仲良くやっていると無条件に思った。だから、自分などそこにいない方が良いと思った。自分がいれば、つらい思いをしなければならない。円はどこかで幸せになってくれる。そう信じた。信じなければ紫は生きていけなかった。あまりにも、紫が彼らから奪ったものは大きかった。


 円の話を聞き、自分の罪を思い知ることが、今出来ることだと思った。何も打ち明けられずにいる自分のせめてもの。

 だが、止めるべきではないのか。そう思うほど、円の表情はあまりにもつらそうだった。

 

「円……大丈夫。大丈夫だから」結局紫の口から出て来た言葉はこんなものだったが、円は今にも泣きそうになりながらも、微笑んで、

「フフ……紫君って、雅さんに似てる」と呟いた。


「その時はね、止められたの。叔父も忙しいからって。叔父の方がむしろ叔母をたしなめるほどだったけど。私も分かったって従って。でも、なんだか監視されているみたいで。友達と出掛けるって言うと、快く送り出してくれて。気のせいかもって、思ったりもした。でも、叔父が迎えに行くって言った途端、顔色変えて、だったら、私の方が時間があるから、私が迎えに行きますって。そんな事が続いた。その内気付いた。叔母は叔父と私を二人きりにしたくないんだって」そこで円は、立っていられなくなったようで、その場に座り込んでしまった。


「どうも、私と叔父の関係を疑っているんじゃないかって」


「円……」その先が紫には続かなかった。紫には、葛西保(かさいたもつ)という人は、見本のような紳士で、妻である(みなと)が心配するような人物に見えなかったからだ。


「叔父さんは、本当は、お母さんを好きだったんじゃないのかって。私の本当のお父さんは、叔父さんだったのかって、おかしくなったり。叔母さんはあくまで叔父は私の叔父で、お父さんはちゃんと立派な人だって強く言ったけど、本当は叔母がそう思っているんじゃないかって邪推して。その内叔母夫婦の家に帰るのが億劫になっていったの」

円が、語り始めてしまいました。書こうと思っていたので、丁度良かったのですが。そして未だ終わりません。こうなったら暫く続きます。

雅さんの話としてだったのに。もう、どうなるやら。

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