表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫の灯  作者: 志水燈季
過去
54/57

54.父子の関係

「てめえ、誰だ! 何やってんだ、こんな所で」

(つかさ)!」

 (ゆかり)が思わず叫ぶ。何しろ、いきなり現れた司が(たもつ)に対して、今にも殴りかかりそうな勢いで怒鳴り込んで来た。(あずさ)(まどか)は唖然として声も出ない様子。

 

「ああ、君が荻田(おぎた)司君ですね。私は円の叔父のーー」「だから何だ」

 いきり立つ司にも、柔らかな態度を崩さない保だが、司はとりつく島も与えない。


「司」

 (みやび)がそんな義息子(むすこ)に呼びかける。「落ち着け。大丈夫だ」

「……」司は不満そうだったが、それでも大人しくなった。その様子を見た紫は、改めて、十年もの間、雅と司が親子だったのだと思った。

 

「全く。相変わらずだねえ、司は」

「え? いつもああなのか、司は」

 夕食時を迎え、(にわか)に忙しくなり始めた(ともしび)の調理場で雅がため息をつく。

「誰に対しても、お気楽なのかと思ってたが」

 灯では接客に回り、梧桐(あおぎり)ではお年寄り相手の介護士なのだから、「お気楽」は失礼だが、紫にとっては常に笑顔の印象が強い。「俺なんかにも愛想良かったからなあ」

 

 ーーこんな、どこの誰だか分からない人間に。最初から。

 

「逆、だったからかもねえ」

「逆?」

 聞き返すと、それまで器用に仕事し続けていた手を止め、紫に頷く。

「司が嫌いな人種って、要するにエリートで自信があって妙に愛想が良くて、ってタイプ? 何か逆に信用ならないんだって」

「何の話?」と、当の司が皿を下げにやって来る。雅は「何でもない」と首を振り、新たに仕上がった料理の皿の指示をする。


ーーつまり、俺の逆って訳……。

 立ち去って行く司の後ろ姿を見ながら、妙に紫は納得する。

「まあ、温嗣(ただし)さんを始めとして水人(すいびと)たちとは仲良いから、その限りじゃないみたいだけど。でも今日は凄かった。あんなに取り乱して、収まらないかと思った。最近は大人しくなって、大人になったかと思ってたんだけど」

「ふーん」

「昔なんか、テレビの政治家にも本気で怒ってた」

「はあ……」

 

 それきり話はなくなり(仕事が本気で忙しくなったのもあり)、紫たちは仕事に集中したが、ふと、紫は思っていた。

 保は確かにエリートで、最初は紫にとって、雲の上の人のようだった。でも孤児である紫や梓に親切にしてくれて、こんな人もいるのかと思った。(みなと)も紫たちに親切にしてくれたが、どこかよそよそしかった。

 いや、(みやこ)さんが親しみやすかっただけか……。


 苦い思いが込み上げる。無条件で優しくしてくれた人。娘たちと仲良くしてくれて、ありがとう、とお礼を言ってくれた大人は、都さんが初めてだった。円の父親とは訳あって別れたらしく、妹夫婦と一つの家族のように、子供たちを育てていた。紫には分からない苦労も沢山あっただろうが、常に幸福そうだった。

 

 最後の泣き顔を除いて。

 

 あの時は、分からなかった。でも、後になって思った。

 

 その幸福を壊したのは、俺だったのか。

 

 保は庇ってくれたが、湊が変わったのは、紫は自分のせいだと思っている。昔は決して湊も、姪の円や、孤児の紫、梓に、あんな風に接しなかった。ちゃんと、面倒を見てくれる優しいおばさんだった。

 

 変わったのは、都が亡くなってからだった。

 最初は、姉が亡くなったからだと思った。都と湊は仲の良い姉妹で、その子供たちが姉弟のように仲が良いのは、当然と思えるほどだった。だから、姪の円を遠ざけているとは思わなかった。だから紫も、梓から円の話を聞いた時には驚いた。確かに、後から考えると、湊が灯に現れた日、円に対しておかしかった。その時は、円が記憶を失くしているからだと思った。

 

「紫君!」

「あ、ああ、円」

「さっきから呼んでたんだけど……、どうしたの? ぼーっとして」

「いや、別に。悪い」円に、その理由を話すわけにはいかない。

 

「なんか、疲れた?」雅にも訊ねられる。灯の閉店後、後片付けの最中である。

「いや別に」「本当に?」尚も疑うのは円だ。「叔父さん……何かあった?」

「いや、大丈夫」円には、決して言えない。自らの叔父と、紫の間に何かがあることは、薄々気付いているだろう。そう言えば、雅も。

「なあ、雅……」「ん?」言いかけたが、その先が続かない。司も、そして自分もおかしかったが、雅も何かあった。自分が言えないのに、雅に聞き出すのもおかしいだろう。そもそも、雅と保の間に、何も無い筈だし。


「どうかした? 本当に疲れた?」

 ーー疲れた。雅はそう言った。別に、今日の仕事もいつも通りで、疲れを感じるほどの量ではなかった筈なのに。むしろ余裕があった方だろう。

 それとも、本当に疲れたのだろうか。保相手に激昂していた雅。何故か、その表情は苦しそうで、どこかで見たことがあるように思えた。今すぐそんな表情を止めてほしいと、願った。そして、いつも通り、苦労なんかしてないみたいな、そんな風に笑って。

 それなのに、俺のことを気遣って。

 

ーー都さん。

 

 そう。似ていた。最後の日の都さんと、今日の雅。自分も何か抱えているのに、俺のことを気遣って。雅が今日、激昂した原因も、俺だ。都さんは、もうどうしようも出来ない。でも雅に、円に、これ以上つらい思いをさせる訳にいかない。

 

 何となく紫には、都さんもその決意に賛同してくれる気がした。 

 

何でもない。そう言って作業を続ける紫を見ながら、雅は何となく不安を覚えていた。保が知る紫のこと。何の根拠も無く、雅は思っていた。

 

それが、全ての原因だ。

四人全員と保を会わせようと、今回の話は前々から考えていました。前後編になってしまいましたが。

今回は珍しく、雅さんがでしゃばっていません。保相手だと、やっぱり違うんでしょうか。お陰で収まりましたが、それはそれで、つまらないです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ