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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
52/57

52.虚実の父親


どうも、おかしい。

 

突然、羽鳥温嗣(はとりただし)が現れた。いや、別にそれ自体は普通だけど。普段から堂々と来ているけど。この町のお偉方だけど、意外に普通と。正体隠しているわけでもないが、案外気が付かないのか、割合周囲も普通だ。

 

 でも、今回ばかりは変だ。まあいつも変だけど、むしろ逆に、(みやび)と温嗣が、真面目な表情で会話しているというのは、異様であった。

 

「うーん」(ゆかり)が、首を(ひね)りながら、調理場から向かい合う雅と温嗣を眺めていた。「何かあったのか?」


隣にいる(まどか)に訊いてみる。因みに、今現在の(ともしび)は、客が少なく、紫も円も手が空いてる状況だった。逆にいえば、温嗣はその時間帯を狙って、灯に来店したのだろう。


「うーん」と、円も首を傾げる。「ああいう時って、変に……何ていうか、入れないのよねえ。何かあったみたいだけど、雅さん、自分からしか言わないから……」「ふーん」紫にも、円の言いたい事は何となく解った。「まあ、でも心配は要らないでしょ。言う時には言うから。ちゃんと」

 

雅がそういう性格だということも。

 

「おーい、スープ同じのお代わり。紫君!」温嗣が手を上げ、注文を追加する。……しかも、紫指名で。ちゃんと灯には、呼び出す機械もあるというのに。「ご指名だね、紫君。行ってらっしゃい」「全く……」楽しむ円と対照的に、ため息をつきつつ、温嗣たちに背を向ける紫。折角、見直したところなのに。

 

注文のスープをつぎ、温嗣の席へ向かう。周囲の客たちも、出て来た紫を見る。一度はそれぞれに挨拶した筈だが、注目されるのは変わらないらしい。少々げんなりした気分のまま向かい、スープを置くと、雅に椅子を引かれ座るよう促される。


「本当に、金色なんだねえ、髪。遺伝だって?」ソファに一人座る温嗣を見ると、確かに偉い人に見えてくる。「まあ」「お祖父さんが外国の人だっけ? 染めたことは無いの?」「一度染めたら、怒られて。すぐ戻して。それっきりです」何だか面接みたいだな、と思ったが、素直に答えていく。「その怒った人って、育ての親だっけ。生前のお祖父さんとお会いしたことあるんだ」「はあ、親友の旦那とか。よく四人で遊んだそうです」「四人?」


 雅も目を丸くしている。そう言えば、初めてだった。「祖父母と、それにその祖父の親友とです。その人のことは、詳しくは知らないけど。写真も見たことないし。ばあちゃん……も、あんまり教えてくれませんでした」(みどり)先生を何と呼ぼうか悩み、結局そのままにした。

「ふーん。その人は日本人?」「はい。日本に来てから親しくなったそうです。あんまりそういう人はいなかったらしいから」「なるほど、ね。……昔なら尚更だろうな」そうだろう。紫も想像つく。いや、その時代なら紫の想像以上かも知れない。紫自身、彼に会うまで「親友」というものを信じなかった。ーーそう。確かに彼は親友だった。

 

「その人は、どうしたの?」雅が訊く。「何か、祖父が死んだ後、暫くしてその人とは会わなくなったとか」紫は肩をすくめる。かつて、その話をした碧先生のように。「まあ、後に結婚して、更にその数年後に呆気なく死んだそうだけど。本当にいたのか、と思ったぐらいで。祖父母の写真は見せてくれてたんだけど、何故かその人の写真は無くて」


 だから、金髪碧眼の祖父に純粋な日本人の「親友」がいたと思えなかった。碧先生も、何故かその人について、言い淀んだ。

「そうなの?」「ああ。ばあちゃん、そいつのこと嫌い……というか苦手? だったみたいで。いつもしかめっ面になってたな。普段からそうだったけど、尚更」


「成程」雅が力強く頷く。温嗣も「何か、碧先生という人の性格が、判る気がする」と呟く。今の紫が正にそんな感じなのだ。


「しかし、写真も無いのかーー。ん? というか、名前は? 漢字は?」「知らん。……何か、他の先生たちから聞いたんだが、俺の親が子供のころにはあったらしい。見せてもらったこともあったそうだが、別に欠けているところは無かったらしい」「え、ということはーー」雅が珍しく戸惑った様子で、言葉を切る。

「誰かが、その人が写っている写真を抜いた、と。しかも、全部」温嗣が、口を挟む。「普通に考えられる理由としては、紫君のご両親が、別のアルバムに移動した、ということか」「まあ、そうですね。理由が他に考えられないし」「うん……。あ、ちょっと待って。今、紫君、知らんと言ったけど、何が、知らんの?」温嗣の問いに、紫が答える。「だから、名前……。その人の名前、全く知らないんです」

 

「いた、いた。そんな人」と(あずさ)が言う。昼前に来た温嗣との話を、昼過ぎに来た梓に同席して、円と雅が話していた。因みに、紫は他の客の相手をしている。やはり人が少ない時間帯、紫一人で充分賄えた。

「碧先生、嫌ってたの? その人」「うーん、そうね、あれはーー。碧先生、紫に似ていたからねーー」

 そんな話をしていた時だった。灯のドアベルが鳴り響いたのは。雅と共に、反射的に立ち上がった円は、目を丸くして叫んだ。「叔父さん!」

 

 「初めまして。円の叔父の葛西保(かさいたもつ)です」

 

 突然現れたその人が、どれだけ自分の人生に影響を与えたのか、未だ雅は知らない。

 


久し振りに温嗣さんを書きました。半分、忘れかけてました。あまり書くと、話が進まないもので……。

おかげで葛西保さん、いま出て来ました。これでも、雅さんの話遅らせたんです……。

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