51.金色のデビュー
あの日の恩を返したかった。
もし、あれが無かったならば、僕はここにいなかった。
それを証明したかった。
それが僕の、生きる意味だった。
「なあ、やっぱり駄目か?」
「ダメ。絶対」
「麻薬じゃあるまいし……。客が変な顔で見てるぞ」
紫が、店内から調理場に戻りながら、素知らぬ表情で仕事する雅に、文句を言う。
休み明けの灯店内では、紫が客たちから注目の的となっていた。
「だったら、俺は店に引っ込んだ方が良いだろう。ぶっちゃけ休んでも」「もっと駄目。何でそうなるの……」「俺が犯罪者だってことは広まっているだろ。尚更だ」
「まあ、そうだけど……」確かに、客の中にはそういうのもいる。
「紫君、またお願いしたいんだけど」
円が、会話に割って入る。途端に紫がげんなりとした表情を浮かべる。「またかよ……」「今度6番」だが、雅は対照的にニンマリする。「行ってらっしゃい。 6番なら、これお願い」
雅が真顔を作って、付け加える。「くれぐれも金髪のまま行くように」
紫がますます渋面を作る。仕事なので断れないが、「せめて、黒髪で行けないか?」「「ダ・メ!」」変なところで似てるな、この二人。「金髪目当てで来てるんだから、お客様は!」「折角、紫君指名してくれるんだから。そのまま行って来なさい」
円と雅の有無を言わせぬ感が凄くて、紫も大人しく客席の方に向かう。円という、ちゃんとした接客係もいるのに。いつの間に、ホストクラブになったんだ、ここは?
紫の髪の色が、実は地毛は金色だと明かされた昨日。紫としては、また黒髪のカツラを被って店に出るつもりだったが、「勿体ない!」と司も含めた全員に反対され、結局仕事中も、紫は金髪のままとなった。その事が、客たちの間で広まったらしく、客が来る度、紫は呼ばれ、金髪であることを実証し続けている。
「全く、不良を雇っているとか噂が出たらどうするんだ」戻って来て、改めて雅に文句を言う紫。「大丈夫。ちゃんと紫君のお祖父さんが外国人で、お父さんも金髪だったって伝えているから。尚更見たいらしいよ。なんせ、ちゃんと地毛だからね。そのために、紫君お客様の前に出ているんでしょ」「でも、もう無理だろ? これから一番忙しくなるんだから。……まさか、俺に接客やれ、と?」
もうすぐ夜。雅はこの時初めて、考え込む表情を見せ、「確かに、それは無理なんだよな~」と天井を仰ぐ。この時、紫が落胆したのは口が裂けても言えない。「調理の方も忙しくなるから、そう抜けられるのも困るんだよね~」
「ああ、そう……」
「すっげー、ホンモノだー!」
湧き上がる歓声。総立ちになる客たち。その中を何とか、平均的成人男性とそう変わらない身体を懸命に縮めて歩く紫。髪を隠したい衝動を抑えるため、手は握りしめている。
「お帰り。……潰さなかった?」「……そこまで握力強くねえよ」店内に置きっ放しになっていた調味料を調理台に置く。「まさか、わざと忘れたんじゃないだろうな?」「まさか、まさか」笑って否定する雅が尚更怪しい。「でも、これ使えるかも」
「いやー、盛況だねー。こんなに来られるとは、さすがに驚くわ。でもちょっと、お客様が不満だわ」接客の補佐として入った司が、片付けた皿を持ちつつ現状報告をすると、紫が考え込む表情を見せる。「不満か、やっぱり。だったら俺は……」「やっぱり不満? まあしょうがない。調理は外せない」
慌てて雅が紫の言葉を遮る。何を言うか、今までと、特に今日一日で予想がつく。司は不思議そうな顔をするが、「まあ、そうだよな。今も調理担当だから無理です、って言ってるし。でも紫の金髪が見れないって不満、凄いんだぜ。このままじゃ、都市伝説になりそう」
そう言い置いて、司は客席の方に戻る。紫の方は何度目か分からないため息をつく。「都市伝説……」
雅は、手を止めずに調理に戻る紫を見て、「余程凄いんだね。司が珍しく愚痴を言った。まあ、都市伝説はオーバーだけど」「呑気だな……」普段、何にでもふざける司と対照的に、普段から不満顔な紫は、またため息をついた。
雅はそんな紫を見て、気付かれないように笑みを浮かべる。まあ、雅はいつも笑顔だから、紫は見ても気付かなかっただろう。
ーーこれで良いですかねえ?
雅は心の中にいる、彼の親に語りかける。いつも笑顔でいた。ひょっとしたら、今は呆れているかも知れない。息子を愛し、見ず知らずの他人を助けた彼らのようには、決して上手くは出来ないだろう。せめて彼らの背中を思い出し、紫を救うこと。それが、もう二度と会うことの出来ない彼らへのーーあの日の彼への、雅の精一杯の恩返しだった。
都市伝説の始まり(笑)
紫君の金髪はこの後も、灯の代名詞となっていきます。これからまだまだ試練が待ち受けてますけど、ずっとこの調子なんでしょうね。
雅が主人公にならないように、気を付けます……!