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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
50/57

50.幼馴染みの想い


楽しかった。たった半月ほどの幸福な日々。

いつも四人一緒だった。


(あずさ)が、異性だと気付いたのもあの頃。

自分の想いなど、叶わなくてよかった。ただ幸せになって欲しかった。

 

それだけだった。

 


「ねえ、(ゆかり)。どうすんの」

 ベンチから立ち上がって、梓は言う。

「何が」

 不機嫌なことを隠さずに、紫が訊く。本当は判っていた。判っていたからこそ、紫はこの話をしたくなかった。

 

(まどか)ちゃんのことよ!」

 梓もまた、怒気を(あらわ)に紫に詰め寄る。紫が判っていながら、話を()らすのを許すわけにはいかない。「あんた、忘れられたままで良いの?」

 

「円は忘れている。それを無理に思い出させることは出来ないだろ」

「そうじゃなくてーー」

「どうでもいい。俺は人を殺した。それは事実だ」

「別に、あれはあんたのせいじゃない。事故だった。避けようがなかった。死んだのが、あんたじゃなかっただけ」

「そうして、俺は生き残った。その事実だけが確かだ」

「あんたが不幸になることなんか、望んでなかったよ、絶対」

 梓は一旦、深呼吸して目の前の大馬鹿な幼馴染みに、静かに告げる。


「円ちゃんの幸せを、願っていたよ」

 

 紫は何も言わなかった。紫に、幸せになれと言ったところで、この男が素直に頷くわけはない。死んだその人が、紫の幸福を願っているとしても。

 でも、円のことなら違う。紫が、自分が不幸にした少女だと思っている相手。今はもうこの世にいない人が、円のことを紫に託したかったこともまた、事実である。そう梓は信じている。

 

 

 

 この十年、常に紫と梓の話は平行線を辿った。

 会えば、常にこの話になり、その度に喧嘩になった。幼い時に出会い、誰よりも親しい友人だったから、互いの考えていることは誰より分かっていた。だが、互いに自分の考えを曲げる気はなく、相手を説得しようとして、毎回失敗していた。

 

「俺のことなんかどうでもいいだろ」

 いつものように、紫が話の終止符を打とうとする。だが、梓もこればかりは譲れない。灯に戻ろうとする紫を、精一杯、後ろから睨み付ける。紫なら、それだけで分かる筈だ。好意には疎いが、敵意には敏感だ。彼の親とは異なり、孤児であることも、金の髪も、彼にとっては常に汚点だった。認める人など、そういなかった。今現在だって、周囲を気にしている。

 

 十年前の彼らを除けば。

 

 だが今、(ともしび)の人たちはそんな彼を受け止めている。ひょっとしたら、彼を変えてくれるかも知れない。そんな望みを梓は抱いていた。

 

ーーねえ、(みどり)先生?

 

 青い空を見上げ、まるでその空のような、敬愛する恩人の顔を浮かべる。

 

 ひょっとしたら、いつか現れるかも知れねえなあ。

 

 そんなことを言っていた。妙に確信めいた口調で。

 

 私には無理だったからな。

 

 碧先生は、紫によく似ていた。愛情深いくせに、示すのが下手くそで。常に凛として、なのに愛されることに、いまいち自信がなくて。一生独身を通して、男なんかもういいや、とか言って、そうして、沢山の子供たちを育て上げた。

 名前をとった紫の親も、そんなところ似なくても、と苦笑してるかも知れない。

 

ーーだからこそ。

 

 だからこそ、紫には諦めてほしくなかった。

 

 紫に対して、梓は別に恋愛感情とか、そういうものを抱いているわけではなかった。それでも大事な、かけがえのない存在だった。

 

 紫には、円と向き合うことで、彼自身と向かい合って欲しかった。

 円がこんなに近くにいる。このままで済む筈はないだろう。何がどう変わるのか、梓にも判らない。

 でも、どうか、紫と円にとって良い変化となって欲しい。

 

 今となっては、それだけが梓の願いだった。

 

 

ーー人の気も知らないで。

 梓の怒りを背中に受けながら、紫はそれに反映するかのように、腹が立っていた。

 

 十年前のあの日以来、梓は自分の幸せなど後回しにして、紫のことを気にかける。だが、それが紫には腹立たしかった。

 梓が女性だと気が付いた頃から、紫は彼女の幸せを願ってきた。それ以前から、ずっと大事な存在だった。自分の想いなど後回しに出来る程。

 梓には自分の幸せを掴んで欲しかった。梓は自分に対し、恋愛が不器用だとよく言うが、梓本人も大概で、子どもの頃から好きな相手には素直じゃなかった。女の子にも男の子にも愛想が良く、すぐに仲良くなるが、好きになった相手にはむしろ喧嘩腰で、わざと友達のように振る舞っていた。

 十年前も、円とはすぐ仲良くなったが、あいつとは、むしろ結託して俺を構っていた。

 

 紫だって一時は自分の恋愛(想い)が叶うのではないかと夢想したこともあった。彼女も同じ気持ちだと。

 

 あの日諦めた筈だ。なのに十年前の幸福な日々を思い出すと、今でも感情がぐらついてしまう。

 今更叶うと思う方が間違っているのに。最愛の少女からこれ以上もない程、奪っておいて。

 

 それでもまだ、未練があるなど。

 綺麗な女性となった初恋の少女に、再び惹かれていることなど。

 

 絶対に、知られてはならない。

 

 今、紫に出来ることは、自分の想いを梓に隠し通すことだった。

 

 だが、紫は分かっていた。梓に対してそんなこと、不可能だと。

 

 それでも、素知らぬ振りしてやり続けること。それが今、二人が出来ることだった。

紫と梓のような関係が好きです。恋人同士でも、ただの友達でもない。自分の恋愛感情など後回しにして、相手の幸せを願える。だからこそ、こういう時もどかしい。

上手く書けているか、心配ですが。

将来それぞれ結婚したとしても、長く付き合っていって欲しいです。

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