47.両親の名前
「碧先生も話してくれました。紫とはちっとも似てないって」
「へえ~え」司が楽しそうな声を出す。
梓が、養護施設「みどりの家」で育ったという、紫の両親の話をしていく。ーー紫を無視して。
ーー何しろお父さんはとても穏やかな人で、お母さんはいつも笑顔の明るい人で。
梓の話に、司と円が興味津々で相槌を打つのを見ながら、そうか、と雅は思う。似ていないのか。確かに紫は無愛想だし。だが、雅の印象では、よく似ていた気がした。その理由はよく分かっている。だが、紫はそれをどう思っていたのだろう。
人のことは言えないか。自分だって、親と似ているなんて思いたくもなかった。紫が親と似ているところを忌々しく思っても、それを残念に思うのは、お門違いだ。紫が消し去っても、それも紫である。
「じゃあ、紫のお父さんも酒が弱かったのか」
「そうなんですって。大体の事、そつなくこなせるくせに、酒だけは駄目だったって。紫と同じで、飲んですぐにバタン。だから碧先生、紫が倒れた時も、すぐに酒を飲まされたって判ったんですって。私もその時、駆け付けて、全然判んないのに。碧先生、凄い!って感心したら、教えてくれて。先輩たち、言い逃れしようとしていたから。先生決め付けているって」
「それを撥ね付けたのか。かっこいいな」「ほんと、格好良かったですよ。問答無用って、睨んで。じゃあ、何で紫が寝てるだけなのに、私たちを呼んだんだって」
「かっこいい! でもアレは間違えるよ、ホント」クスクスと、昨日、酔った最中でも印象に残った出来事を思い出しながら円が笑うと、司も強く頷く。「確かに。ちょっと酒飲ましたら、アレだからなあ? そりゃあビビるわ」
紫は黙々と、目の前の食べ物を一人、消費していく。
「でも、アレをもう一度見たい、と思ったその人たち、すごい解る。俺ももう一度見たい」
梓もクスクス笑ったのは、司に同意したためだろう。「お父さんのご両親も弱かったらしいんですけど、ここまでではなかったと。紫のお母さんの方は、反対に凄い強くて、酔った試しが無かったんだけど。そう言って、碧先生残念がっていましたよ。碧先生自身が物凄く強くて」
「そうなの?」「そうそう。その辺の男なんか目じゃなくて」「凄い! うーん、親父と競わせたい」
「おいおい」司の反応に雅は苦笑する。「わー、楽しそうですね。お二人ならさぞ、話が合ったでしょうね。私も碧先生と一度でも飲んでみたかった。家によく出入りしていた人がよく一緒に飲んでて、羨ましかったんですよ」
「ああ、あの人……」紫が「無心に」動かし続けていたその手を止め、遠くを見るような目をする。
「っていうか、俺のことはもういいだろう! それより、お前のことを話せ!」
紫の様子に、雅は首を傾げて、紫に尋ねようとするが、それより早く紫が我に返り、梓を睨み付ける。その言葉の内容が気になり、それを忘れてしまった。次にそれを思い出した時、一つの事実を知ることになるとは、雅はもちろん、誰も思い至らなかった。
「えー、つまんないなあ」紫の抗議に、梓は怯まず睨み返す。「あんたのお母さんがどれだけアルコールに強かったか、話そうと思ってたのに」「そんな話してどうする!」紫が立ち上がって、怒鳴り返す。「母さんの父親も十分強かったと、ばあちゃんがイライラしながら言っていた。それだけの話だ」
「へえ、そうなの?」司が、視線を紫から梓に戻して訊く。「そうなんですって。……って、先生が聞いたって。その女性もアルコールには強い方だったけど、父親の方はもっと強かったんじゃないかと。そんなことを妙子さんに話していたって」「血筋かあ」「紫君、お母さんに似たら、良かったのにね」「本当に、ねえ? あの碧先生を更に上回っていたのが、桃花ちゃんーーお母さんだったのにって、他の先生方が」「なのに、似たのはお父さん。さぞかしがっかりしただろうに」
すっかり、話が戻ってしまったことに、雅は笑いたかったが、仏頂面の紫に配慮して黙っていた。が、気になる名前が出て来たので、思わず口を挟んでしまう。「ももか、ちゃん?」
今まで、どちらかといえば、穏やか(騒がしい周囲に比べると、紫にはそう見える)に話を聞くだけに留めていた雅に尋ねられ、紫は素直に答える。「桃の花で、桃花。花は、草かんむりに化ける方。俺の母親の名前。都築桃花。旧姓中辻。実の親に捨てられて、戸籍上では、ばあちゃん、シングルマザーになっていて。ばあちゃんの名字名乗ってた。三月三日生まれで、ばあちゃんそのままの名前付けた」「桃、花……」
ーーももか。
懐かしい声が、雅の脳裏に甦る。遠い遠い昔。その声は確かに、そう呼んでいた。
紫の母親が、そんな名前だったのか……。
「秋だったら、果実の「果」だったって言ってましたね。紫のお祖母さんでもある親友が、葉っぱで葉子だったからって」梓がそんな話をする中、「お父さん……は?」何とか平静を装い、尋ねる。幸い、紫は気付いていない。「頼人。都築頼人。頼れる人、と書く」「頼人……」「ライト」「え?」突然、梓が口を挟む。「ライト……?」雅が首を傾げる。紫が渋面になったのに対し、梓は意地悪そうな笑顔で、「そう。英語のlight。照らす、という意味。頼るという字は、音読みで、ライと読むでしょう? だから、みんな、ライトって呼んでいたんだって」「へー」ライ。ライト。
「年下の子供たちはラー兄ちゃんって呼んで。それで掛けて、ご両親が付けたんだって。碧先生が言ってました。信頼できる人 、照らす人」
「カッコいい!」司が歓声を上げる。「でしょう?」梓がニヤニヤしたかと思うと、隙を見て紫の頭を両手で掴む。
「おいっ!」紫が叫んだ時には、もう遅かった。
「あの人」の話に行こうかと思ったのですが、その前に、紫の両親を終わらせなければ、と。紫が邪魔されて、進められました。次回で終わるかな。肝心なところがまだ出てません。
「あの人」は次回行きたいですが、最大の邪魔は雅さんですね。ちょこちょこ今関係ない話を思い出している。紫たちにばれたら、どうする気だ?次回は、どこまで邪魔されるか……。