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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
46/57

46.その始まり


「じゃあ、(みやび)さんって(みどり)先生に似てますね」

「え、似てる?」


(あずさ)(つかさ)に、雅との出会いから始まる「(ともしび)」の起こりについて聴いた後、ふと(つぶや)いた。過去の回想から我に返った雅はあまりの言葉に()で驚いた。「だってみどり先生は、何百人もの大勢の子供たちを育てた人でしょう。僕なんか全然」特に、(ゆかり)の両親を、そして紫を育てた人。


その台詞(せりふ)(まどか)と司は驚いて雅の顔を見る。「じゃあ、みどり先生って……」


梓は大きく(うなず)くと、「似てます。碧先生もそういう人でした。紫のお父さんとお母さんを育てると決めて、「みどりの家」を建てたんです」「だから……」「だって雅さんは、沢山の人に料理を、差し出したんでしょう?」「それは……その始まりは……」雅の抵抗など全く受け付けず、梓は続ける。「碧先生は沢山の子供たちに場所を差し出したんです」


ーーだからその始まりは。

「私を今の私にしてくれたんです。お二人が」


ーーそうだ。


雅がそう思ったのは、梓に同意したからではない。

その言葉を聴いた時、雅はある事実を自覚したからだ。


「違うよ」


危うくその事実を告げそうになった。ーーその顔に。

 

「僕は、形にしただけだから」



 

「碧先生が養護施設「みどりの家」を建てたきっかけは、皮肉にも、ご友人が亡くなられたことがあったみたいです」梓が雅の言葉をただの謙遜と受け取ったらしく、「みどり先生」が、「みどりの家」の創設者だったこと、紫の両親もその「みどりの家」の出身だったこと、等々話していく。「そのご友人というのが、紫のお父さんのご両親だったらしいんです」

「ばあちゃんは昔、何だっけ、「sengou」だっけ? そんな会社で働いていたらしい」紫が渋々といった様子で補足した説明に司も円も目を丸くする。


「sengouってあれじゃないか? あの県内に本社がある有名な菓子企業の」「あの、チョイスチョコとかだっけ? 菓子パンもあったよね?」県内ではメジャーな企業に、司はもちろん、円も酔いを忘れたように、代表的な商品名を挙げている。「あー、そうだっけ」「あんた、あんまり菓子食べないもんねえ。企業名なんか見ないか」

 梓が紫を見てため息をつく。


「ふん。とにかく、そこを辞めて、そんなに経たなかったらしい。親友が死んだのは」むくれながらも話の続きをするのは、さすが紫である。司たちもこんな内容でなければ笑っていたかも知れない。


「元々、ばあちゃんと、俺の父親の母親はーーああ、つまり俺の実の祖母ってことになるな。とにかく二人は親友だった。男勝りのばあちゃんと、身体が元々弱かった祖母の関係だったが、逆に良かった。いざとなれば、祖母の方が精神的に強かったそうだ。短命だったのは分かっていたから、怖いものなしって感じだったそうだ」

紫は一息つくと、「ばあちゃんは高校卒業と前後して唯一の肉親だった父親が死んで、田舎からこっちに出て来て。すぐ、同じく身内のいない祖母と仲良くなって。父の父親とも親しくしていたそうだが、父が産まれてすぐ他界して。祖母は一人で父を育てることになった。そんな頃、祖母が頼ったのが元々の知り合いだったという、産婦人科の医者だった」

妙子(たえこ)先生と、碧先生は呼んでいらした。仕事を辞めた碧先生は、その人に頼まれたんですって。養護施設を運営してくれないかと」

「捨て子が少なくなくて。その妙子先生は、そういう活動もしていたらしい。その一人が俺の母親だったわけだが。妊娠して、独りぼっちで転がり込んで来て、散々世話になった女が、娘を産んですぐに消えた。元々捨てるつもりで産んで、放り出した、その母親を(じか)に見たばあちゃんは、妙子先生の頼みを断ることができなかった。断ったところで、無職のばあちゃんは、その先なんか考えてなかった訳だし」


「むしろ、どうして、前の職を辞められたの? sengouなんて、立派な会社」円が痛む頭を(かし)げる。

「だからじゃねえの」紫が円よりひどい二日酔いに耐えているような仏頂面で答える。「合わなかったんだと」「なるほど」


「体調を崩されていたそうです。仕事で無理をされたのか。丁度、真夏で夏バテもあって。それでちょうどその頃、妙子さんの方にそういう話が出ていたんだって。「KWS」って言うんだけど、懇意にしていた慈善福祉団体がお金出してくれることになって。で、養護施設自体の代表者を探しているところだったんだって」


「それでばあちゃんが代表者になって。父の母親も亡くなって、父一人残されて。どうせ父を施設に預けるか、自分で育てるか、ならって。そういうのド素人だったから気が引けたらしいけど、それで、何とかなったんだから、向いていたってことだろ。少なくとも、sengouの社員よりも余程。……ってばあちゃん本人が言ってたな。元々エリートのタイプじゃねえからな」


「で、施設の名前 、自分の名前から「みどりの家」って付けて」

「そう言えば、みどり先生の本名って? 名前の漢字は?」

さすが司も雅の息子だと、紫は思った。


中辻碧(なかつじみどり)。こう書く」と、紫が適当にテーブルに指で文字を書いていく。「ああ、王、白、石と書く『(みどり)』か」「そうそう」司に応じた紫はふと首を(ひね)り、「そう言えば、同じようなことをばあちゃんも言ってたような。自分の『みどり』は、王、白、石って」「へえ」「まあ、施設の表記はひらがなだが。greenの緑と掛けた意味もあって」「成程」



雅はずっと黙って聴いていた。


「みどりの家」


いかにも養護施設らしい名前だと思ったが、そんな理由があったのか。10年前、ただ聞いただけの名前に、そんな縁があるとは思わなかった。もし、あの家を訪ねていたならば、紫に逢ったかも知れない。ーーそして梓にも。

 

 

ーーKWS。こんな所で聞くとは。



だが、雅が黙って聴いていたのは、感慨(かんがい)(ふけ)っていたからだけではない。妙な違和感があったからだ。


司も円も、紫と梓が養護施設出身だと聞いても、驚きが薄いのだ。いくら二人とも親に恵まれなかったとはいえ、まるで、初めて聴く話ではないような。


ただ二人とも、忘れているだけのような。





雅さんの話をこのままーーと思ったら、碧先生の名前も職業も司たちに紹介していないことに気付いて。いや、そこ先だよね、と。ついでに、もう少し後で書く予定だった、みどりの家の始まりも。雅さんの彼らに対する思いが強くて、引っ張られそうです。

肝心の紫の両親の話が出来ません。

と言いつつ、次回も彼らの話になりそうです。

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