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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
45/57

45.隠された関係


ふと頭に手が乗せられた。どこか懐かしくて。


父と母が未だ生きていた頃が甦る。

もうほとんど憶えていない昔。


おばあちゃん。そう呼んでいた。

たまに会いに行っていた。


本当に祖母だと思っていた。



「おばあちゃんって呼ぼうとしたんだ。遠い昔。親が死んで引き取られた時、だった」


(ゆかり)の頭の上に乗せられた(みやび)の手。雅の前では紫は何故か、未だ幼い子供のようになってしまう。


ちょうどその頃のように。


「それまでも、ずっとそう呼んでた。母も……婆さんを母親のように慕っていたらしい。母の母はその人だと。母の父も、父は両方共、とうに亡くなっている。だから身内は、婆ちゃんだけ。俺の中ではそうだったんだ」


その瞬間、紫はよろめきながら、近くの椅子に座り込んで、両手で顔を覆う。その姿はまるで、号泣しているように、雅には見えた。


「でも、施設に入ったら噂が流れてて。母の父親はいいとこのお坊ちゃんってヤツで、世間知らずの無垢な女が騙されたって、よくある話。母親も娘を産んでそのまま捨てたって。叶いもしない恋愛に執着して」


現実は理想とは違う。それを理解せず、追い求めようとする点では、自分は祖母譲りなのか。


「まあ、父は友人の子供で、表向きには、同じように母もってことになっていたけど。でも、結構真実じゃないかって、憶測が。婆ちゃん、否定しなかったし。いつも怒ってたから。その話になると。ろくでもない人間だって」


雅は紫の話を聞いてはいたが、その眼には別の顔が映っていた。紫を見ると思い出す、よく似た彼の父親。


妻の母親は自分にとっても母親だと言っていた人。


そこに込められた意味を、雅は全く知らなかった。普通に生きていると思った。妻の母親をそんな風に言えるほど。


「で、養護施設を建てた、と、あの婆さんは。父と……母を育てるために。ふざけているだろ、「みどりの家」だぜ、名前」

「え、「みどりの家」?」


紫が立ち上がって、雅の背中越しを見る。雅もつられるように後ろを振り向く。何故なら、今の声はそこにある、灯の従業員専用出入口から聞こえて来たからだ。

「あ、悪い。もう仕事も終わりだろうと思って」と(つかさ)が言う。隣には(あずさ)(まどか)もいた。どうやら司と円で梓を案内して、ドアを開けたところらしい。


「それより、「みどりの家」って……」司が雅の驚いた顔を見て、紫を見る。「ああ、そうだ」その視線を受けて、紫が断言する。「お前が雅がいなければ、行ったかも知れない場所だ。俺と入れ替わりで」

「え?」梓が声を上げ、紫と司の顔を交互に見る。


「そうなるのか」司が呟く。それは誰かにというより、自分の頭にそのことを言い聞かせているようだった。


雅は思い出していた。以前、昔の話をした際、紫がその名前に反応していたことを。今、自分達が感じていることを紫も思ったのだろう。「そうか、紫はそこで育ったのか」司が更に呟く。

「ああ。……梓も、な」

「そういうことか」雅も頷く。道理で、紫の昔について梓が詳しいわけだ。「ま、ともかく店に入るかい、全員?」「そうだな」「そうね、座りたい……。アズちゃんも入って」梓が円の少々調子悪そうな顔を見て、「……そうね。お邪魔します。ほら、紫も」「……ああ」



「失敗した」

「何に?」

司は紫を睨んで、「飯」「は?」

「め、し。食べて来るんじゃなかった!」

「解るー。(ともしび)にいて、ご飯食べられないのって、結構きつい」

「円まで……」「ごめんね、朝ご飯食べそびれて」そもそも梓が「なんかお腹減ったわ」などと言ったために、雅が余り物だけど、と簡単な食事を用意したのが、司たちを刺激したらしい。司も、そしてもちろん円も灯の接客なんだけど。


「どうもアルコールのせいみたいで、()んだ日の翌朝って食欲()かなくて」

「嘘つけ」紫が(あき)れ顔で見た皿には、もうほとんど食べ物は残っていなかった。


「軽いものでもどうだい?」灯の二階にある自宅に戻っていた雅が、食べ物が入ったお盆を持って戻って来た。今梓が座っている客席のテーブルの一つに並べていく様を見ながら紫は、雅はいつもどこかに食料を隠し持っているんじゃないか、と思わずにはいられなかった。


「冷蔵庫にあったもので適当に作ったから、そんなに無いけど。必要だったら、何か買って来よう」「いやいや、まさにグッドタイミング!」司は言うが早いか、座る前から手を伸ばして、早速口に放り込んでいる。「じゃあ、私も。いただきまーす」こちらは顔が少々青ざめ、本当に酔いが残っているらしい円も座って、スープを飲み出す。

「ほら、紫も」椅子に座って本格的に食べ始めた司が、その内の一つを紫に差し出す。


「全く」呆れながらも紫は司の隣の椅子に座った。それを見て梓が笑いを(こら)えていることに気付いてはいた。


ーー本当に親しいんだな。

梓と紫の視線に気付いた雅は椅子を近くのテーブルから引っ張って座りながら、その事実を再確認していた。

紫が司に引っ張られる様子を見て笑う梓。それに気付いて顔をしかめる紫。

互いに何を考えているのか判っている。実の家族以上の家族だった。


不思議だと思った。紫と梓が、隣でも、向かい合わせでもないーーそれなのに、他の誰より近い間柄。


そして今、雅もまた遠くはない距離にいた。


そしてそこにはもう一つ、「不思議なこと」があった。

まるで昔からの「親友」のように、同じソファで顔を近付け笑い合う、梓と円を見ていた雅は、何故かそのことには気付かないようだった。



灯のレイアウトって実は(?)あまり決めてません。カウンターあり、和室あり。椅子四脚も。結構ごみごみしてます。

調理場、控室にほど近い椅子二脚、その真向かいが二人掛けのソファーに今回彼らが座っています。司と梓が向かい合い、紫と円が向かい合う脇に雅が椅子を引っ張って来ました。テーブルごとは面倒臭かったみたいです。

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