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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
38/57

38.内の応援

言葉は時に無力と化す。


 現に(みやび)が現れた途端、彼らはまるで温嗣(ただし)に訴えるのも忘れたように、押し黙ってしまった。それが手遅れということに気付いていないようである。

 雅の方は彼らが眼中に入っていないかのように、温嗣に真っ直ぐ向かった。


「温嗣さん、ちょっとよろしいですか?」

「どうかした?」温嗣が顔を上げ、雅の方を向く。彼らがその瞬間、顔を曇らせたのを二人は気にせずに話を続ける。

「いや、それが。先程簡単なものですが、一品料理を作りまして。量が多くなってしまったものですから、温嗣さんも如何かと思いまして」

 みなまで言う必要はなかったかも知れないと雅は思った。なぜなら、「そういうことでしたら」と頷く温嗣の表情は真面目に見えるが、内心では浮かれていることが伝わってくるものだったからだ。これは、誘わなかったら後々まで、嫌味くらいは覚悟しなくてはならなくなる。


 温嗣さんは、これでいい。

 問題は、こいつらだ。


 雅は改めて、彼らの方に向き合う。


「どうです? 皆さんも。遠慮なさらずにどうぞ」

 俺が初めて、灯のために作った料理。これが、今の俺の実力。

 だが、彼らは遠慮してばかりで食べようとはなかなかしてくれない。だが、雅は動じない。むしろ、強い調子で断られると思っていたぐらいなので、少々拍子抜けしていたほどだ。

「ほら、早く行こうよ。結構寒いよ」温嗣の急かす声が先程から聞こえてくるが、誰もが動かず、扉の前で立ち尽くしていた。

 つまり、それは温嗣が食べることに夢中になっている今、彼らはどうするかあぐねいているということになる。最後の一押しだ。


「荻田さん、お替わりを――、あら、皆さん。如何ですか、皆さんもお料理を。とても美味しいですから、皆さんもご一緒に。どうですか?」

真琴(まこと)さん…」

 突然、閉じられていた扉が開き、真琴が顔を出した。少々呆気にとられた形の雅に対して、対照的な反応を見せたのは彼らだった。

「こ、これは奥様!」「真琴様!」「奥様もこちらに!」「滅相もありません。奥様と同じ席に着くなどと」「身分違いにも程があります故」「我々は遠慮させていただきます」


――何なんだ?


 ただ立ち尽くす雅に対し、真琴は悠然と笑みすら浮かべ、彼らの相手をする。

「そんなことを仰らずに。さあ、どうぞ。良い匂いでしょう? 主人も待ちくたびれておりますわ」


 その後、彼らが店の中に素直に足を踏み入れたのは、何に反応したからなのか。雅がその理由に気が付いたのは、彼らの内の一人が、こう呟いたからだった――


「確かに、これ程の料理を普通の――特別な食材等何も使わずに作ってしまえるというのは生半可な腕ではありませんね。さすが羽鳥真琴(はとりまこと)様がお勧めするだけのことはあります。失礼なことを申し上げたこと、心よりお詫びします」

――まだ雅が羽鳥夫婦が属する、「色上(しきがみ)」のことなど、よく解っていなかった頃の話である。



「え、」(ゆかり)が思わず声をあげた。頭を抱えながら、次の言葉を捻りだしている。

「えーと、つまり。隅田奈津(すみだなつ)、さんは夏摘(かつみ)のばーちゃんで。真琴という人は……満月(みちる)の母親?」

「呆気にとられながらも、きちんと事実を理解するのは、紫の一種の才能」と、楽しそうに、ウンウンと頷きつつ肯定するのは(つかさ)(まどか)は何かを噛み締めるように、目を閉じている。心なしか笑みを浮かべているように見える。

 雅はそんな光景を眺めながら、あの日のその後、真琴から言われた言葉を思い出していた。


「荻田さん。あなた、最初からこうするつもりだったでしょう? 自分の作った料理を、あの人たちにも食べさせようと。だからあの時、温嗣を呼びに向かったんでしょう? 最初から全員を招待するつもりで」真琴はここで一呼吸置き、更に雅に囁く。

「時には言葉を用いるより、実力を見せる方が良い場合がありますからね」


――うるせー奴らなんか、実力で黙らせろ。なんもしてねーのに、難癖ばっかしつけてくる奴らに、たいしたことなんかあるわけねーんだから。地位じゃねーぞ、人間的にだ。解ってんだろう? お前にも。


 遥か昔。決めたのに、揺るぎそうになっていた俺。そんな俺に諭すように言ったあいつの言葉。だから、力を付けろと。そんな連中に揺るがない人間になれ、と。


――なれているか?

 遠い記憶の彼方にいるあいつに心の中で呼びかける。なれたとしたら、それは俺一人の力では決してない。結局俺は弱くて、沢山の人に支えられて、ここまで来た。その中にお前も入ってる。そう、お前に伝えられなかった。それを後悔するようになった。それだけでも、自分では凄い進歩だ。

だが、伝えられたとしたなら、お前は言うな。まだまだだ、と。まだまだ、お前は駄目だ、と。

――だったら、見ていてくれんか。俺はここでやっていくから。ここで変わっていくから。お前がこの場所を与えてくれたんだから。伝えられなかった感情(もの)を、ここで示していくから。


 忘れることの出来ない、三つの出会いと別れ。永く永く感じる時は巡り、姿を変えて彼の前に現れる。だが、彼は知らない。「まだまだ」彼には続いていくことを。


 巡る輪の中に彼はいることを。


 

間に合いました。次からはこうはいかないと思います。何か月後かなあ(シャレになりません、スミマセン)。

その次から、いよいよ、現在に戻ります。やっと雅と司の過去が終了しました。次は、とうとう、紫の過去を齧っていきたいと思います。頑張ります。新キャラも出ます。もう一人のメインとなる予定です。

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