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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
37/57

37.外の非難

 忘れられない出逢いが三つあった。

 それらはやがて、三つの別れとなった。

 だけども、自分の中ではその全てが続いていた。そうして、今、俺はここにいる。


――だから。


「じゃあ、行きますよ、俺」

 真琴(まこと)さんにそう告げ、俺は何の迷いもなく、外へ出…ようとした。真琴さんの心配顔を振り切るように。これは、俺の問題である。これ以上迷惑をかける訳にはいかない。そう心の中で暗示をかけながら。

 だが、俺は行かなかった。決して暗示が効かないほど、意志が弱かった訳じゃない。きちんと出て行こうとした。いや、その筈だ。え? それじゃ何で――?

(つかさ)、どうした?」下を見ると司がまるで小さな子供のように、俺の足にしがみついていた。尋ねてもやはり答えはない。

「司兄ちゃんは、(みやび)さんが心配なんだね」

 代わりに口を開いたのは夏摘(かつみ)だった。

「え?」しんぱい…心配? 俺を?

「司…」当の司は今までと同じ。決して口を開かず、少しも変化のない表情。――だが。

 似ている気がした。彼に。大丈夫? と訊いた、あの時の彼に。

「大丈夫だよ、俺は」だから、俺は告げた。今度は口に出して。出せなかったあの時の思いも込めて。


 とはいえ。

 どうやって司を置いて行こう? いくら足止めをしてくれているとはいえ、この場は俺が行かないと収まりがつかない。だが、司を連れて行くわけにはいかない。

 外に溢れているのは、好奇の目だ。司に対する、隠す気があるのか甚だ疑問に思うような目。かといって…なあ?

 どうすれば…、どうすれば良い、この場合は。

「あのなぁ、司…」


 この場に引き留めるためには。

「ちょっと待って…て」

――ちょっと待ってくれませんか?


 今…今のは…今の言葉は……。

 今、俺の言葉に乗って、頭の中を過ぎった声は。間違いない。あの人の声だ。

「あ…あのさ」

――あのですね。

「「ご飯たべませんか」」


「さんせい! ご飯! ご飯食べたい! ご飯」

「こら、夏摘!」

「えー、お祖母ちゃん、だめ? 何で? 何でだめ? ねー。雅さーん」

「こーらー」

 夏摘に裾を引っ張られて、俺の頭はようやく回転を始めた。

――え? 俺、今…。


 どうやら、俺の口は、たまに俺自身の意思に反して、勝手に動いてしまうらしかった。



 願い、というものは、なかなか叶わないが、叶う時には、あっさりと叶ってしまう場合というのがある。ということを今、俺は実感していた。

――驚いた。

「司…、お前、そんなに腹へってたのか~?」

 思わず間抜けな声を出してしまった。――いや、だって意外すぎる。あの、あの司が…さあ。

「美味いもん、これ。病院食よりよっぽど。というか比べるものじゃないなあ」と、司が言った。

 どうやら、司は一旦喋り出すと、饒舌になるらしく、今となっては、それまでが嘘のようだった。「それ」というのは、俺が引っ込みがつかなくなり、即席で多めに作った、いわば、完全なる手抜き料理。それを食べ始める瞬間までだった。

「美味い…」

 一瞬、聞き間違いかと思った。それくらいの衝撃だった。俺の即席料理を口に入れた瞬間に呟いたその言葉。俺のかつての記憶が蘇っただけかと、疑った。――だが。

「美味いなあ、これ。俺、今までこんな美味いもん食ったこと無い。絶対無い! これなら店、確かに出せるわー」

――って君。記憶喪失でしょうが。今まで食ったもんって病院食だけでしょうが。つまりさっきから同じことしか喋ってない。だが、記憶喪失ならやっぱり言葉の引き出しは少ないのかも知れない。引き出そうにも、ネタが乏しいのだから。しかし、俺のそんな感想とは裏腹に、周囲の人たちは次々と賛同していく。

「確かに美味いな、これ」「そうでしょう~、言った通りでしょう~」「本当、美味しい」何故か史音が一番、自慢げだ。

 そう、俺の即席料理は、結局この場にいた全員に振る舞うことになった。まあ、多めに作った甲斐があった。

――さてと。もう一人。

 俺以外の全員が食事する光景を見渡し、俺は呼びに向かった。



「しかし、本当に騙されているかも知れないんですよ」一人の男がまるで打ち明け話でもするかのように、真剣な表情でそう言った。すると、やはり同じような表情で周囲の者たちが頷く。「そうですよ、どこから来たか言わないんでしょう? 怪しいじゃないですか」「そんな奴が好き勝手なことして。このままでいいんですか?」「もし、そいつが問題を起こしたらどうするんです? そうなったら責任をとるのはあなたなんですよ、羽鳥(はとり)さん」だが、羽鳥温嗣(はとりただし)の方は持ち前の全くぶれないマイペースさで、微笑を浮かべた表情のまま、ひたすら聞き役に回っている。「迷惑な話じゃないですか。そんなものあなたが背負うことはないですよ」「おまけに素性の知れない子供なんか拾ってきて」「あんな得体の知れない者たちのために、お店なんか出してあげることもありませんよ。たかがしれてます、そんな男の料理なんか」「破れ鍋に綴じ蓋? まあ良いコンビですがね」

 その時、扉が開いた。俺が開けたのだ。彼らを一瞥し、温嗣を呼ぶ。

――こんな奴ら、俺一人で充分だ。俺だけじゃなく、司をも非難する奴らなんか。

大変ご無沙汰しております。志水です。申し訳ないんですが、作者の勝手な都合により、連載のペースを遅くさせて頂きたいと思います。実を言えば、連載を止めようか…と考えてたこともありまして。ですが、やはり、ここまで続けてきたわけですし、完結は遠い先の事となると思いますが、無理なく続けられる範囲で、やっていきたいと思います。

あと、今回から人物紹介は抜きにしました。書いてもよく判んない人は判んないでしょうしねえ。水人達は特に。

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