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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
35/57

35.司のこと

荻田雅(おぎたみやび):少年を保護した通りすがりの男性。

荻田司(おぎたつかさ):ずぶ濡れになって倒れ、記憶喪失になった素性不明の少年。


羽鳥温嗣(はとりただし)隅田奈津(すみだなつ):少年を保護した時から世話になっている地元民。




「どっちがですか?」

 若い職員の怒鳴り声を、静かな声で封じたのは、黙って聞いていた奈津だった。

「雅さんが失礼だと仰って、あなた方が仰ったことは失礼ではないと、そう言うんですか? 孤児院の院長だと名乗るんでしたら、もう少し思いやりのある言葉を仰ってみたらどうなんですか? そんな言葉を発しておいて、では引き取ります、なんて、たとえあなた方がなんであろうと誰も承知しませんよ」

――? 何だ、今の……?

 雅は、首を傾げた。それを代弁したのは城山園長だった。

「何を仰ってるんです?――意味が解らないんですが? まるで私が――身分を偽っているみたいではありませんか」苦笑した城山園長を、奈津が畳み込む。

「そうは申しておりません。あなた方は確かに、孤児院「紅莱園」の職員、城山園長さんと、職員の梶原(かじわら)さんです。それは確かです。そうではなく、私が言っているのは――あなた方の実態ですよ」

「実態?」若い職員――梶原が、心底不思議そうな顔をして尋ねる。ふてぶてしい表情、の方が表現は適切かも知れないが。

「そうです。実態です」奈津が続ける。

「なんだったら挙げていきましょうか? あなた方が犯し続けてきたこと――「みどりの家」の園長先生に散々阻まれてきたみたいですけど。――でも、今、そちらは大変なことになって、他のことに構っていられない状況になった。だから、あなた方はこうして何にも気兼ねすることなく、堂々と来ることが出来た――そういうわけですよね」

――何だ、それは。もう、雅は怒りを通り越し、諦めの境地に入っていた。何で、こいつらなんかに任せようと思ったのか、今となっては愚かとしか思えない。何をしたのか知らないが、聴かない方がよさそう。人間、知らないでいいこともあるもんだ。

「馬鹿馬鹿しい。何を証拠にそんなことを。証拠があって仰っているんですか」

「無いでしょうね。大物政治家さんに守られているんですから。――でも、私たちに、そんなものはどうでもいいんです。大事なのは、少年が人間らしく生きることなんですから」

 奈津はそう言い切った後、温嗣に顔を向けた。それを受け取った温嗣は、こう言った。

「私は、荻田さんに任せて良いと思います。それはあなた方がどうであるかは関係なく、荻田さんが適任だと感じたからです」


――ああ、今度は言葉で推してもらった。

 もう、今の雅に迷いは無かった。温嗣の言葉と、彼の表情。それだけで良かった。


「私が引き取ります。私は――大丈夫です」

 今度は迷いなく言えた。――思い出させてくれて、どうもありがとう。

 心の中で、目の前の彼らに礼を言った。



「……と、いうか? 羽鳥さん、最初っから(・・)そのつもりだったでしょう!」

 二人の客人が――それでも渋々といった様子で、去ったのを確かめた後、雅は温嗣にそう言って詰め寄った。詰め寄られた温嗣の方は、仕方なさそうに頭をかいているだけで、何も弁明しようとしていない。それが雅が正しかったことを証明していた。


――最初からかよ…! というか、「最初」っていつだったんだ……!?

 まさか、俺が拾ってきた時からじゃあるまいし。でも、別の孤児院に引き取らせるつもりだったんだよな……? 紅莱園(別の所)だったから、とか? 少なくとも。そう、少なくとも、あの時にはもう、俺に決めてた……よな? でもあの時はまだ、相手がどういう奴らか、判断する材料なんてなかった筈……。それなのに? 予定していた孤児院以外は、眼中にないってこと?

 それでも、たとえいつからであろうとも、あの時、俺は羽鳥さん(このひと)に背中を押してもらったことは事実だ。引き取ると、口に出しながらもまだ迷っていた俺に、心強い眼差しをくれた。…勘違いかもしれないけど。でも、今、この人は確実に、味方だ。


「さーて、どうしよっか。まずはー戸籍だねえ。作っちゃおう、今すぐ。荻田さん、ここに引っ越して来るってことで、どう?」答える気が無いらしい温嗣は、その代わり、行動が早いらしかった。

「え…あ、もちろん。お願いします」ノリ軽っ! 良いのかなあ、こんなんで?

 戸惑う雅はまだ知らない。自分がそれに染まっていくことに。


「名前、どうする?」

「え?」温嗣の質問はまだ続いていた。

「だから、少年の。なんだったら苗字変える? 荻田で良い? ここさあ、変えようと思えば変えられちゃったりして」

「えええ?」何ソレ。と、いうか……名前かあ……。そういえば、忘れてたなあ。色々ありすぎて……どこかへ飛んで行ってしまった。この街に来た時の、あの感情を。

「ああ、お願いします。僕は、荻田で。少年の名は……そうですねえ……」思い当った。他に無い。

「司。どうです?」

「司?――荻田司?」

「はい。温嗣さんの名前を一部拝借して。あ、あと誕生日は、3月30日にしたいんですが」

「ああ、成程。上手い事考えたね、両方」

「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」

 そう、その日に、俺は、荻田雅は、この街に来て、司と出会って、ここで生きていく。――すべてが始まった日。

 

やっとここまで来ました。次回で終わるか…! 期待しないでお待ちください。明後日ではありません。早くて?11月の11日になります。

司の名前、ここで出せました。やっとです。というか、出てないのに、人物紹介の欄で出すのもおかしいですよね…?

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