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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
34/57

34.誓い、再び

 荻田雅(おぎたみやび):少年を保護した通りすがりの男性。

 荻田司(おぎたつかさ):ずぶ濡れになって倒れ、記憶喪失になった正体不明の少年。



――そもそも「正しい答え」があるのかどうかすら、判らない。

 だが、ここで何もしなかったら、「あの日」の誓いは無駄になっていた。


 それだけは、確かだった。



「――え? 話、急すぎねぇ?」紫が突っ込む。その様子に雅は、肩を(すく)めながら、

「うん……まあ、ね。それは、僕も思ったけど。たとえ後悔してももう取り消せなかったし。――いや、どっちにしてもそう言ってたって、分かってたし。だから、続けた。早いか遅いかの話、だった」

「あんたは……相変わらず、というかその頃から潔いやつだったんだな」

 紫の呆れた様子に、雅は苦笑するしかない。その「理由」を、彼は語るつもりはなかった。



――だけど、最初は流石に躊躇った。

 え、ええと……自分はたった今すごい事を口走ったような……。

 雅は自分のしたことに戸惑い、周囲を見渡した。すると……温嗣(ただし)が目に入った。

 

 その瞬間、腹を括った。


「な……何を言っているんですか、あなたは」孤児院、紅莱園(こうらいえん)城山(きやま)園長が、驚きを隠せない様子で言った。その表情を見た瞬間、雅は思った。

――この顔が見たかった。自分はこの台詞を吐いたのは、それもある、そんな気がした。

「何を言ってるって…言葉の通りですよ、城山さん」

「意味を解って仰ってるんですか?」

「解っていますよ。あなた方に頼るまでもない。この子を育てるのに、あなた方の手は借りなくてもやっていけますから」

「荻田さん……」城山園長は溜息をつきながら続ける。まるで我儘な子供を柔らかく諭す、大人のような口調だった。「あなたは、それがどれだけ大変なことか解っているんですか。失礼ですが子供を育てた経験が無いでしょう? 並大抵の苦労では済みませんよ。我々はプロですから言えるんです。しかもこんなただでさえ厄介な子供を――」

「解ってないのはあなたの方だ」相手の言葉を遮って雅は言葉を発する。もうこれ以上、相手の言い分を聞きたくなかった。

「さっきから聞いていれば、あなた方はこの子を厄介な、問題のある子供としか見ていない。しょうがないから引き取ってやる、みたいな…貴方は、この子を引き取って優越感に浸りたいだけなんじゃないですか」

 さすがに言い過ぎたか、とチラリと思ったが、取り消します、という言葉は、たとえ口が裂けても、おのが口から出て来てくれそうになかった。奈津(なつ)さんが何故、この人たちに少年を渡すつもりはないと、はっきり口にしたのか、この時は判らなかったが、たとえ奈津さんや温嗣さんが渡すことを同意したとしても、自分はやっぱり同意出来なかっただろう、と後になっても思う。

――それでも、この時までの自分はまだ勢いだった。絶対顔には出さないよう、苦労していたが、本当は先程の城山園長の諭す口調には少々怯んでいた。先程の例えで言うならば、丁度大人の言葉を聞いて、ふくれっ面をする子供のような。――認めたくはないが、相手の言葉が正しいのか、とほんの少し思ってしまう。だが、大人しく納得できる感じではないが。

 だからこそ、余裕が無くなり、正論をかましているようで、その実、言葉がどんどん辛辣になっていく。

「私は…私は、そうは思わない。決してしょうがないからじゃない。どんな環境に置かれていたか知りませんけど、でもせめて、親がいなくて、実の親に育ててもらえないなら、周りの大人がせめてもの愛情でもって育てていくのが当然でしょう。それが大人の務めでしょう。たとえ実の親に敵わないとしても、他人だからと言って子供をぞんざいに扱っていいはずではない! 孤児院の園長なら、そんなこと素人に突っ込まれるな!」

「素人だからじゃないんですか」城山園長が困ったように微笑む。

「素人だから、何にも分からないんです。そんな事が通用しない場合があることを貴方は考えない。好き勝手に正論述べて、その実、いざ自分が同じ立場に立ったら何も出来ないんです。あなたは違うと? 無責任に放り出さないと?」

――いるんだよな、こういう性格(タイプ)って。人の弱いとこ、抉るのが上手いやつって。確かに自分は、子供を育てたことが無いばかりか――子供と接したことすら滅多にない。そんな人間が赤の他人の子供を育てるって、どれだけ難易度高いの選ぼうとしてるんだ、俺。すーげえ、否定できない。――でも。


「大丈夫ですか?」

 目が、覚めた。


「大丈夫ですか、荻田さん。出来ますか? ちゃんと放り出さないって約束できますか?」

 城山園長が、言葉を続ける。だが、今の雅の目に、城山園長の顔は映っていなかった。映っていたのは――


「大丈夫?」懐かしい、彼の表情(かお)。そうだ、俺は、俺は――、

 誓ったんだ、あの日に。もう放り出さないと。決して、彼に顔向けできなくなることだけはしない。たとえ、逢うことはもう二度となくても。

 だから、あれも手放した。もう、必要はないから。


「あなたねえ、失礼すぎるんじゃないですか!」若い職員の声が響く。――それでも。


「もう大丈夫?」 ――ああ、俺はもう大丈夫だ。

やっと、入った。今回の司編で、最も書きたかったシーンが、今回の話です。短い予定と、このスペースに以前書いたのに、やっぱり長くなりました。まだ終わりません。

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