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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
31/57

31.史音の言った事

 荻田雅(おぎたみやび):少年を拾った男性。

 荻田司(おぎたつかさ):びしょ濡れで倒れて、記憶喪失になった正体不明の少年。 


 結崎(ゆいざき):少年の担当医師。

 隅田奈津(すみだなつ):雅から受けて少年の保護をする。

 羽鳥温嗣(はとりただし):奈津と共に少年の身元を探す。




――「導かれた」

 奈津さんが呟いたその一言。時が経てば経つほど、それは僕らの心に刺さっていた――。

 当時は意味なんて分からなかったけど。

 でも、それは僕らの未来を決定づけた。


 まるで二度と聴かれないあの声が、僕らに再び呼びかけてくれているようだった――。




「まだ死ぬべきじゃないのね。まだ生きなくちゃいけないんだわ。ちゃんとね」

 突然聞こえた声。現在病室にいるのは、ベッドの少年、その傍に立つ雅、その少し後ろの若い医師。そして少し離れて奈津と温嗣。その五人の筈で、今聞こえてきた声は女性のもの。一瞬、雅も少年も、だから奈津が続けて言ったのかと思ったが、声が違う。奈津よりはもう少し高かった気が――。

「いきなり喋るなよ。驚かれるだろうが」と、また違う今度は男性の声だがこれまた聞き覚えが無い。

「あ、ごめん」

 その二つの新たな声の方向に全員が顔を向けると、新顔の二人がいた。どちらもまだ若い。医師と同じくらいか――。二人とも落ち着いた色の、似た雰囲気を醸し出していたが、性格と声はまるで違っていた。

「あら、二人とも来たの?」とは奈津だ。

「まこちゃんが戻ってきたから子供たち、押し付けて来ちゃった。ちょっと知らせたい事があって」

「というのは、ほぼ口実で、本人を見てみようと思ったのが大半だ」

「報告も本当だもん!」と、女性が男性を睨みながら口を尖らす。

「はいはい。ちゃんとそちらにいらっしゃるわよ。――あ、荻田さん、と君(と、少年の顔を見ながら言っているので、二人相手だと判る)。こちらは白石一人(しらいしかずと)君と、奥さんの史音(あやね)ちゃん。一緒に探していた仲間よ」

 「探した」というのは、少年の身元のことだろう、結局見付けきらなかったみたいだが。

 女性の方が笑みを浮かべて「初めましてー。白石史音でーす。見付けきらなくてごめんね~」と右手で頭を掻きながら挨拶している。一方、その旦那という方は、

「初めまして。白石一人といいます。奈津さんや温嗣さんとは旧い知り合いで。――ところで、意識は完全に戻ってるみたいだが……?」

 誰もが、一人が言いたいことは判っているが、その誰もがどう話していいのか分からなかった。すると雅が立ち上がり――今まで少年と目線を合わせて話すため座っていた――、

「初めまして、荻田雅と申します。通りすがりの僕らのために、貴重な時間を割いてくれてありがとうございます。彼のことは――彼自身にも分からないみたいで」雅が少年と頷きあいながら話したそのことに、一人も史音もさすがに少なからずショックは受けた様子だが、「そういうことですか」と、一人が呟いたその一言に史音も苦い表情を浮かべたが、だがしかし、二人とも真っ直ぐに雅の顔を見ていた。どうやら二人とも”記憶喪失”という事柄に以前にも接したことがあるのかも知れないと、雅は何となく感じた。


「――それで、この後どうする?」

 口を開いたのは温嗣だ。少年の病室を後にして、手近の、といっても少し広いスペースに、大人六人が一堂に会していた。奈津一人が少年の病室に残って相手を続けている。

「どうしようもないな。あの子は記憶喪失。放っておくわけにはいかない」

「そこは当然ね」一人の一言に史音が即座に口を挟む。一人の方はさすがに史音の言動には慣れているらしく、頷きを返してから話を続ける。

「入院の方は、二週間ぐらいか? 肺炎になりかけていたからな。あとはどうってことはないという話だったな。問題はやはり、記憶喪失のほうだな」

 結崎医師が頷いて、

「そうだな。身体の方はそんなところだが、記憶の方がな。言わなくても察しているだろうが、いつ戻るか判断はつかない。すぐにでも戻るか、何年経っても戻らないか。さっぱりだ。――まあ、思い出の品で戻るという可能性は少なくとも現時点では無いから、そちらにも頼れない」

 同席している全員が結崎医師の後半の台詞を受けて苦い表情をした。少年の思い出の品どころか氏名すら判然としない現段階。身元不明。そしてそれはつまり――。

「……だけど、今回の場合は、記憶だけが問題じゃないのかも知れない」史音が何かに気が付いた様子で重々しく口を開いた。

「どういう事です?」尋ねたのは雅だ。他の面々も不思議そうな表情を浮かべている。記憶喪失以上の何か――?

「記憶があるかどうかじゃなくて……」一旦口を閉じ、躊躇いながらも次の言葉を発した。

「ご家族はどうしているのかしら」

 全員がその言葉に衝撃を受けた。

 身元が未だに判らない。それはつまり――身内が誰も彼を捜しに来ないのだ。温嗣達が手を尽くして彼のことを探し続けたのに。ひっかからなかった。彼はどう見ても――

 小学生か中学生ぐらいの”男の子”にしか見えないというのに。

 

短いと思っていたのに、相も変わらず終わりません。まだしばらく続きます、雅と司の過去編。史音と一人が出て来ましたね。そういえば、前回から数字を漢数字に変えたため、「かずと」と読む箇所と「ひとり」と読む箇所とが出て来てしまいましたが…判断つきます……よね?

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