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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
29/57

29.捨てられた過去

 荻田雅(おぎたみやび):少年を拾った通りすがりの男性。

 荻田司(おぎたつかさ):ずぶ濡れになって倒れていた正体不明の少年。


 結崎(ゆいざき):少年の担当医師。



 救われた命。

 その時はまだ、それがどんな意味を持つかなんて

 ――知らなかった。



 目が覚めて最初に見たのは知らないおじさんの顔だった。


 多くの事を思い出せない今でも、はっきりと思い出せる瞬間。後から考えれば、それはまるで生まれたての雛が親を認識するかのようで。

――いや、「まるで」じゃない。その時、「俺」は――

 

 生まれたのだ。


「誰?」


 それが、謎の少年の第一声だった。そして、俺はその声で我に返ったのだが。


「え? あ、俺は――。雅。(ほう)……」

 一呼吸置き、俺は言い直す。

「荻田、雅。君を海岸で拾ったんだ。覚えてる? あ、ちょっと待ってて。医師(せんせい)を呼んで来るから」

 慌てて立ち上がり、ドアの方へ走ろうとした時だった。


「海岸? 俺、海岸にいたんですか?」少年が答える。

 俺は首を(ひね)り、

「そうだよ? 憶えてないの? びしょびしょで倒れていたんだよ。洋服着たまま泳いだみたいだった」

「俺…何で海岸にいたんだろう?」

 今度は少年の方が首を捻る方だった。

「取り敢えず、医師を呼んで来るから、待ってて」

 

 俺は、その言葉を深く考えていなかった。ただ、結崎先生に「意識が戻ったら呼んで下さいね」。そう言われた事を忠実に守る事しか頭に無かった。

 

 その言葉が、どれほどの深さを持つのか。軽くしか考えていなかった。



――一体、どうしたというのだろう。


 少年が――そういえばまだ名前を訊いてない――拾ってからほぼ1日経った今朝になって目が覚めた。それで先生を呼びにいったのだが、医師が少年と少し話したかと思うと。

 追い出されてしまった。


 何があったか分からない。自分も少年と二言三言、言葉を交わしたが、別段普通だったように思うのだが……。

 まあ、自分がどうしたのか上手く理解していなかったみたいだけど、だが、熱がまだ完全には下がってないようだし。そこら辺がおぼろげでも不思議はない。――自分もかつてそうだったのだから。



 思い出した。今まで忘れかけていたが……。今回の事が何かに似ていると、ずっと思っていたが。

 

 自分だった。助けた側じゃない。助けられた側。

 あの日、あの時。油断して、身体中に怪我をして、熱まで出て来て。さすがにもうダメだと覚悟した。それを「彼」が――。「彼」が救ってくれた。身体だけじゃない。心も「彼」は救った。

 

 そうだった。あの日、俺は生まれ変わった。それまでの自堕落的な生き方を改めようと心に決めた。どうして忘れていたんだろう。それこそが「彼」に対する俺が出来る最大の恩返しだったというのに。そうして生きてきた。なのに、忘れていた。また同じ事を繰り返そうとしていた。

 

 ()、思い出したのはそうした俺への「戒め」だったのかもしれない。


「フーッ」


 俺は壁にもたれながら天井を見上げる。座る気にもならずその病室の前で立ち尽くしていたためだ。

 未だ名前の書かれていない病室に目を向けるが、依然として扉は閉じられていた。

――本当に何があったんだ?


――あなたは運が良かったですね。これだけで済むなんてそう無いでしょうから。僕は医者じゃないから断言は出来ないけど、まあ後遺症も残らないでしょう。


……残ったのか? 少年には。


 懐かしい、穏やかな男性の声。もう2度と聞かれないだろうその声がふと甦る。

 だが、今は懐かしい気持ちだけではなく、それに不安もまとわりつく。


 自分は運が良かっただけ。少年は命を失わなかった代わりに何かを失ったのだろうか。

 考えを巡らせても答えは浮かばない。

 

 まさか――「完全に」生命が助かったわけではないのか? まだ何かあったのか?

 俺の想像も及ばないところで。


 だが、その「答え」は、もう俺の前に示されていた。後から考えれば何故考えつかなかったのか不思議になるほど。

 でも、そんなものかも知れない。とも思う。何故その可能性を考えなかったのか、とか言われてもそれはあくまでも「後日談」。気付く前に、起こる前に思い付けるか――それはその人の……

 経験故の、努力とあるいは本能かも知れない。


――まあ、偉そうなこと考えても、俺は決定的に欠けている。からどうか分かんないけどさ。


 ガラッ


「あ、先生」

「ああ、荻田さん」結崎医師が、笑顔と困惑が同居したような表情で出て来た。

「あのっ、どうしたんですか!?」


 迫る俺に、医師はそのままの表情で告げた。


「結局彼の名前が判りませんね」

「え?」


「あの子は……今迄の記憶を完全に(うしな)っていますね」


 ……だから全く考え付かなかったのだ。

ゲストも含めて、自己紹介が3人。さすがに全員で2人ということはないでしょうが――あるかも?――楽で良いです。でも内容がいつもと違うので逆に大変か。

もっと色んなゲストを出すつもりだったので3人で終わってしまい少し気が抜けました。

次回は――いや、次回もこのパターンで終わるかも知れません。

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