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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
26/57

26.円のつらさ

 都築紫つづきゆかり:このお話の主人公。かつて放浪し、(ともしび)の従業員となる。

 荻田雅おぎたみやび:灯の店長。

 荻田司おぎたつかさ:雅の息子。

 南雲円なぐもまどか:灯の従業員。


 羽鳥温嗣はとりただし:この街のお偉方の1人。



「長ーい1日だったねえ」

「ごめんなさい。叔母のせいで」


――4月1日土曜日、時刻は午後10時を少しばかり過ぎた頃。俺ら4人は閉店後の灯で後片付けに追われていた。それ自体はいつもの事ではあった。が、司が代表して呟いた通り、今朝の立て続いて起こったことはあらゆる疲労を俺らに、もたらしていた。


 突如現れた円の叔母。それにより明らかにされた事実。俺の「殺人」、雅の「誘拐」、円の「姓」。そして、なぜかこの中で最も恐縮しているように見えるのは――



「13の時に母が亡くなって、以来叔母夫婦に引き取られたんだけど――」

 

 円だった。騒ぎをもたらしたのが自身の叔母ということもあり、姓を偽っていたという罪悪感でいっぱいだったと見え、今日1日、苗字の訂正を含め、謝罪の1日だった。


「でも、叔母さんは私をすぐに全寮制の中高一貫校に転入させて――。だから、あまり叔母との交流自体も無くて。卒業した後もすぐ短大に行って、それからこっちに来たの。もう、全部、忘れたから。だから、全ての事から逃げたくて」


「それで、苗字を偽ったという訳か。それ解るな。今までの自分を捨てたくなったんだ」

 雅の台詞に円は頷く。


 母親が亡くなった後の円の生活。俺の知るそれ以前の生活とはかけ離れていた。常に母親や従弟と一緒の生活であったと記憶している。いつも明るく、笑顔にあふれた生活――。


「忘れた、って、円も忘れたのか? 全部って?」


 司の声で我に返った俺は円を眺める。その円はゆっくりと首を左右に振る。


「忘れたっていうか……うん、あんまり憶えてないの。母が亡くなった頃のことは。何があったかはよく――。気が付いたら、もう誰もいなかったって感じ。母だけじゃなくて――もっと。何にも無くなっちゃったって、漠然と思ってた」

「……」

「でも、その後もやっぱり漠然と過ごしてたと思う。うん、苗字変えてやっと自由になった――何かからは判らないけど。ここに来れて良かったと思う」


 俺たちが存在して()たことすら忘れた円はそれ以降、笑う事すら無かったんじゃないか。ふとそう思った。あの日以降の円は半ば壊れていた。忘れなければ、逃げなければ、ただ呼吸をしているだけの「人形」と成り果てていただろう。



「あ、でも――司君ほどじゃあないかな。私じゃあ、きっとまだまだだよ」

 円がそう言って笑ってみせたその瞬間、


「円」雅が低い声を出した。

「はい?」

 なお、笑顔の円を雅は制するように続ける。


「比べたら、駄目だよ」

「……」

「苦しい事や、辛い事、悲しいことを人と比べちゃ駄目なんだよ。だって、「辛い」って思ったらそれは辛いんだよ、どんな些細な事でも本人には絶対に。――確かに、司の方が君より辛い目に遭ってる可能性はある。でも、その推測が合っていても、それは他人が決めたものなんだよ。あくまで第三者が決めたこと。まさか司と君の経験を入れ替えて、どうですか? どちらが重いですか? と訊いてる訳じゃないんだから」


「だから、例え本人でも比べたら駄目なんだよ。それは自分にも、そして相手にも失礼になる。自分の辛さを否定することもされることもしちゃあいけないんだよ」



「親父……」

「まあ、受け売りだけどね」と、今までの静かな笑みとは一転、雅は明るい笑顔で返す。


 司はフッと笑うと、俺の方を見て言う。「紫もだよ」


「――え?」困惑する俺に司は続ける。

「紫君。君、そういう所あるでしょ? 人の痛みを優先しちゃって、自分のは押さえつけちゃうみたいな。しかも本能的に。中々真似のできない凄いことだけどさ、たまには解放してあげても良いと思うよ。まあ、逆に本能だから難しいと思うけど」

「そうかな」そうでもないと思うけど。


「確かに、それあるな。君は――逃げずに向き合うタイプだね。しかも真正面から、生真面目に。で、様々な苦労背負いこんじゃうんだろうねえ。――君の過去の「罪」もそれに近いんじゃない?」

「それで言ったら、親父も似たようなもんじゃねえ? わざわざ自ら背負うという意味では」

「いやいや、紫君には負けるよ」

「それこそ、比べる事じゃないでしょ、雅さん」


 雅と司、そしてやっといつもの調子に近づいてる円。3人の次々繰り出す言葉に混乱する俺の脳では理解が追い付かない。――一体、何の話だ?


「というか、紫にも話さなくちゃな、俺らの事」

「え?」司たちの事、って……。


「うん、そうだね。――紫君、俺が10年前に起こした犯罪――誘拐事件と言うのはだね、この近くの海岸で1人の少年を誘拐した、というものなんだよ」

「だから、「保護した」と言ってくれ。普通、身元も判らないような子供を引き取って育てることを誘拐とは言わない」


――え?


「俺はな、紫。親父と血の繋がりのない――それどころか、俺は自分が誰だか知らないんだ。苗字どころか「荻田司」はこの10年間使用してきた仮の名なんだ」

 

なんかもう……。まだ入れない、まだ引っ張る、やっと次回だ、やっと書ける。本当にそんな心境です。1日分の出来事に何話引っ張るんでしょうねえ。

でも、もう円編はしばらく休戦。これで心おきなく雅と司に入れます。4月1日はまだ続く……。

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