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紫の灯  作者: 志水燈季
過去
21/57

21.雅の思い

 都築紫つづきゆかり:このお話の主人公。かつて放浪し、灯の調理担当となる。

 皆川円みながわまどか:灯の接客担当。

 荻田雅おぎたみやび:灯の店長兼調理担当。

 荻田司おぎたつかさ:雅の息子。灯の臨時接客を行う。


 ともしび:紫、円、雅が主となって働いている、家庭料理食堂。



――少し、遅くないか?


 月が替わり、4月となったこの日。円や、滅多にないが司も朝から入り、朝7時の開店準備へと追われている中、店長の雅は、紫が遅れていることを気にしていた。――「遅れている」といっても、遅刻しているわけでもなく、ただいつもよりは遅いという程度で、円も司も気にしてはいない様子ではあった。だが、雅には気にする理由があった。


――まるで、ここで働くことを、誰か(・・)に止められている。

 そう感じる。今までも漠然と感じてはいたが、決定的だったのは2日前の夜。原因は判らないが、彼が倒れたその日、その後。彼は言った。「ここで働いてて良いのかなあ」と。


――あれは、どういう意味だ?

 

 最初は、「働きたくない」という意味かと思った。だから、辞めないでと叫びたかった。折角、やっと返せると思ったのに。だが、それが有難迷惑だったら、と思い直し彼の意思を尊重した。その答えが「ここで働いていたい」と知り、心の底から安堵した。自分のエゴを彼に押し付けた形となった現在、彼がそれを肯定してくれてると知った。僅かでも自分は返せてる。そう思えた。

 

――だから、余計に解らなくなる。後で振り返れば振り返るほど、彼の言葉が。

 まるで、「辞めなくてはならない」と思っているような――。


 何が。何か、あった? 幾度となく首を捻ったが、答えは出ない。「辞めろ」と、そんなことを言う人間が――思いつかない。水人(すいびと)達は論外だ。彼らが「言う」なんて、考えただけで失礼だ。――いや、むしろ縁を切られる。――だが、他にいるのか?


 雅が知る限り、彼が今まで繋がりを持った人は水人を除くと、梧桐(あおぎり)関連ぐらいなものだった。――だが、スミさんを始めとするお年寄りたちは、皆、紫を迎えてくれていると、司から聴いている。もちろん、ほかの入居者とも、そもそも関係すら持っていなかったり、そこまでの人たちはいないはず。司はもちろん円もいる。そんな心配はしていない。第一、彼は水人の息のかかった者だ。好んで波風を立てようとする物好きはそうそういまい。


――いや、いたか。ある種の「勇者」が。

 わざわざ水人が居なくなったのを見計らって、騒ぎを起こした者たちが。店中に轟く罵声をわざと浴びせた連中。気に入らない人間を晒し者にして、恥をかかせることで楽しむ連中。いわば、どこにでもいる愚かな、でも愚かだと「自分たちは」思わない人間たち。雅はそういう人種をよく知っていた。放っておくと、我が物顔ではびこり、増殖する。

 だが、彼らは雅たちが出る前に、1人の少女に(いさ)められている。その後の雅や関係者たちの態度で、他の客たちは実感した筈だ。


 「都築紫」に、手出しは出来ない。


 いわゆる「見せしめ」になった訳だ。と考え、雅は笑みを浮かべる。

 自業自得だ。彼を見下すとどうなるか。それを俺が許すと思っているのか。おまけに水人たちに気に入られてもいる。それ位、読み取ってほしいものだ。


――つまり、同じ轍を踏む者はおそらく現れないだろう。


 結局、この繰り返しだ。思いつかない。だが――もし、「今」の話でなかったとしたら?

 もし、「灯」を辞めろと言われたのでないとすれば、考えられるのは、以前。昔に原因がある。それが一体何なのか見当もつかないが、放浪していたのもそれが原因という可能性がある。彼が部分的に語ってくれたところによると、長い間、同じ場所に留まり続けることはなかったらしい。

 それもまた、紫が辞めるのではないか、いつか、自分の手を振り払い、ここを出て行く日がくるのではないかと思う原因でもあった。



――あいつも、ここを去る日が来るのだろうな。俺の手を必要としなくなる日が。自分の居るべき場所を見付けられる日が。少し寂しいが、俺の役割が終わるのは喜ばしいことでもある。今のままじゃ、倖せにはなれない。だから、ずっと探しているのだが――。



「親父、ちょっと良いか?」


 司の声で、我に返った雅は、「紫が来たのか?」と訊きながら、司の後ろをついて厨房をあとにして、店内の方へと歩いていく。司は雅の問いに少し歯切れ悪そうに、「まあ、来たことは来たんだけど……」と言いながら父親を出入口の方へと案内していく。


「あれ? 史音さん」


 雅は目の前に、見慣れた女性がいるのを見て唖然とした。白石史音(しらいしあやね)には、その家族ごと世話になっているのだが、こんな開店前の慌ただしい時間にいるという、非常識なことをする人ではない。それなのに、何故、今ここにいるのか――?


「うん、今はいた方が良いと思って」

「――え?」


 史音のいつになく神妙な表情にドキリとするが、その意味を理解する暇は無かった。


「雅さん……」

「円、どうかした?」

「……」

「円?」


「あなたが、ここの店長さん?」


 決まり悪そうな円の代わりに、声を発したのは、史音より後ろに紫と共に立っていた女性だった。

 雅が、声で気付いたその女性を眺めていると、円が意を決したように、口を開いた。


「私の……叔母です」


 

 

紫君の自己紹介に「このお話の主人公」と毎回書きますが、今回ほど外した方が良いかも知れないと思ったことはありません。21話目にして、紫君が一言も発していない回となってしまいました。

毎回このパターンですが、雅さんの視点で描いてみたかったために、話が進んでくれず、「女性」がまだ、断片的にしか描けていない状態となってしまいました。次回はきっとよく喋ってくれることでしょう。それもまた疲れるんですが。

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