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紫の灯  作者: 志水燈季
来店
20/57

20.4月初日の朝

 都築紫(つづきゆかり):このお話の主人公。かつて放浪し、(ともしび)で働きだす。


 水人(すいびと):ある特殊なクラスの生徒やその関係者を指していう言葉。



「あれ?――もしかして都築紫さん?」


 灯へと向かう道すがら、紫は名前を呼ばれ、後ろを振り返る。


――誰だ?

 

 そこにいたのはどう見ても自分の知らない女性。にこやかな笑みをたたえこちらへと駆け寄ってくる。灯の客として来たかもしれないが、自分の狭い視界には入っていない。紫は怪訝そうな顔を向け、そう思いながらもその女性が駆けて来るのを待った。――紫にはある程度の予測がもう既に立てられるようになっていた。


「ふう。いやー、ごめんなさい。1度こうしてお会いしてみたかったの」


――やっぱり。


 紫は心の中で確信しながら、その女性を眺めた。紫には昔から初対面の相手の年齢を推測する癖があった。今回の相手の女性は、おそらく30代。ということは。


「あんた、水人の親か?」


 紫の質問に女性は目を丸くした。だが、すぐに笑顔になりこう言った。


「よく判ったわねえ。理解力がある、というのは聴いたけど。勘もすごいんじゃない? 羨ましい。カッちゃんや理香(りか)ちゃんもほんと良いから。周りはいいのに、あたし平凡だから。ほんと憧れる」

「いや、別に……」


 紫は大袈裟なほど羨ましがる女性に対し、気が引ける思いだった。勘なんてなくたって大体判る。こうまで気安く他人に話しかけられる人間といえば他に思いつかない。


「本当にあんた、水人の親なのか? 理香や夏摘(かつみ)の周りって――」

「そうでーす。理香ちゃんは幼馴染。カッちゃんは――あたしの娘。2人共、あたしの自慢」

「ええ!?」――娘って……この女は夏摘の母親!?


 慌てる紫を見た女性はプッと吹き出し、「ごめん、ごめん」と謝った。


「冗談。冗談。娘、ってところだけ違うわよ? 理香ちゃんもカッちゃんも2人共幼い頃から知っているってだけ。あたしは――冴木史音(さえきあやね)。頭が冴えてるの「冴」に、木材の「(もく)」。歴史の「史」に、「(おと)」。で、冴木史音。よろしく」


――冴木史音。何だ、知らない奴か――。そう思った瞬間、紫はふと違和感を覚えた。何だろう。隣を歩く明るい女性を眺めつつ首を捻る。外見が誰かに似てるって訳じゃない。むしろ中身がなんとなく夏摘に似ている。よく喋るとこ、マイペースさ、この、他人を巻き込む性格――。このひと月の間、何度か会ったが、夏摘の性格はこの人似――娘といわれると何となく納得してしまう。だが、娘ってところは違う。と。


 そこで紫は違和感の正体に気が付いた。「娘ってところだけ(・・)違う」?なら、他はその通りって事――。


「な、なあ」

 紫が呼びかけると女性は「ん?」と顔をこちらに向ける。その顔を見て紫は確信する。


「あんた――誰の母親? ひょっとして――白石文人(しらいしふみと)の母親か?」


 女性は満面の笑顔で肯定する。


「そうでーす。改めまして、白石史音。文人の母です。一人(かずと)にも会ったんでしょう? あたしも会いたくなっちゃって。それにしても本当、よく判ったねえ」


 紫は無言で相手の女性を睨む。――おそらくこの人は俺に自分が誰なのか当てさせようとしてたのだ。俺が答えに辿り着くまで待った。そして予想した通り、俺には大体の判断がついた。雨宮理香子(あまみやりかこ)と幼馴染だと白石一人が初対面の時に説明していた。自然、一人の女房が理香の友人であったとしても不思議ではない。そして一人と同じように理香と幼馴染と考えられる。そして夏摘が、白石家と家族ぐるみという想像も自然と出てくる。――おそらく理香の娘、テルも同様だろう。


 紫がしかめっ面のまま無言で歩き続けるので、白石史音は慌てて追いかけながら謝っている。


「本当にごめんなさい。理解力が高いなら分かってくれるかな、って思って。たまに白石一人の妻です、なんて言っても信用してもらえないときあるから。なにしろ、ホラ、一人は童顔なくせに変に落ち着いてるからさあ。なのに逆にあたしは、同い年なのに一人より年上に見られるのに、中身はいつまでたっても天真爛漫とか言われるし。おまけに息子の文人は父親(かずと)そっくりで、余計母親に見られなくて――それに今日、あの日だし? 思わず」


 紫はほぼ表情を変えずに、史音の話を聞いていた。――つまり、自己紹介しても信用されないから、相手にヒントを与え、それを導き出させる。その方が遥かに相手は納得してくれる、と。

 それはそうかも知れない。開口一番、「白石文人の母でーす」なんて言われても信用しなかっただろう。


 紫は溜息をつきながら、申し訳なさそうに顔を歪める女性に言った。

「良いよ、別に。第一、あんたらの性格は慣れてきた。いつも、勝手に名乗られて。でも実感湧かなくて。だから、逆に納得出来るし。苗字違うから自信なかったけどな」



――そう言えば、何で苗字が違うんだ? 普段使わないから失念していたが、考えてみればおかしい。


 史音は安堵の表情を浮かべ、紫をじっと眺める。


「本当に、理解力良いねえ。あたしの意図したとこ全部気付いちゃったみたいだし。因みに「冴木」は旧姓よ。たまにそっちを名乗るの。あたし個人の場合とかで――。……あら?」


 史音が突然、喋るのを止めて紫ではない、違う方向へ顔を向けた。紫は訳も分からず、史音をじっと見ていると――、


「あら? もしかして都築紫君?」


 史音と発した言葉は似ているのに、明らかにイントネーションの違いがある――そして紫が知っている声が聞こえた。


「知っている人?」史音がその女を見ながら紫に尋ねる。

「……ああ」


――とうとう来たのか。意外と遅かったな。


「どういう人?」史音の質問に紫は率直に答える。「灯」を見上げながら。


「俺を――知っている人」


――今日は4月1日。3月は去り、4月が始まる。今日を境に日常が変わっていく。逃避の日々が終わり、現実がやってくる。やがて全ての真実が明らかになる。関係者全員を巻き込んで。

今まででは、ずっと12話目が1番長いお話となっていましたが、今回がそれを僅かに上回る量となってしまいました。本編に行く前に、少し史音さんを、と思いましたら、いや、とんでもなかったですね。史音さんはなかなかさらっと終わってくれない人だと痛感しました。

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