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紫の灯  作者: 志水燈季
来店
19/57

19.1枚の写真

 都築紫(つづきゆかり):このお話の主人公。かつて放浪し、(ともしび)の調理担当となる。

 皆川円(みながわまどか):灯の接客担当。

 荻田雅(おぎたみやび):灯の店長兼調理担当。

 荻田司(おぎたつかさ):雅の息子。3月30日が誕生日。




 全員、何が起きたのか判らなかった。


「紫君!?」叫び声を上げたのが誰だったのか、もしくは全員だったのか。

 今から用意した(された)ご馳走を食べようとしたところ、紫がおもむろに立ち上がり、落としたらしい紙を拾い上げたその瞬間、


 彼が倒れた。

 正しくは座り込んだが、支えきれず背中まで倒れてしまった――というところだろうか。円はその光景を眺めながら、以前にも同じような光景を見たということを頭の片隅で思い出していた。


「紫君!」「紫君?」「おい、紫!」

 全員で駆けつけると彼は呆然としていて、目は()いているのに、こちらを見てはいない。まるでどこか遠くを見ているような――そんな感じだった。


「大丈夫、紫君!?」

「……あ、ああ……」

 

 ようやく意識が戻ってきたようで――まさしくそんな感じで――、円の声にやっと反応してくれたが、やはり様子がおかしい。


「取り敢えず――寝るか?」

「いや……食べる」


 雅の提案に紫が意外と食い意地の張った答えを出す。――まあ、食欲があるということならと、取り敢えず、円が念のために置いてある客用布団を出し、いつでも寝れるようにと、敷布団の上に紫を座らせ、枕を反対側に、掛布団を膝掛け代わりに食卓につくこととなった。

 紫1人、でかい座布団に座っている形となり、全員が心配する中、紫は少々ペースが遅くなってはいたものの、しっかりと用意されたものを平らげていた。

 

 その後、食欲を満たした彼は、3人の後片付けを尻目に1人用意された布団に横になっていた。



――まさか、こういう展開か。

 布団から顔を出し、紫は写真を見上げた。1人の女性が写った写真。訊かなくても判った。知っていた。あれは――円の母親。


 苦いものがこみあげてくる。1枚の写真も持ってはいなかったが、顔ははっきりと覚えていた。亡くなる少し前、「ありがとう」とあのお守りを渡してくれた時の――あの笑顔。今にも泣くんじゃないかと子供心に案じたあの――。


――良い笑顔だな。

 心からそう思う。写真に写っている満開の笑顔。2人の子供と一緒に笑う彼女はとても幸せそうに見えた。事実自分が見る限り、その母子(おやこ)はとても仲が良く、眩しいくらいに幸せそうだった。そこに自分達が関われたことはとても誇らしかった。



 ――だが、その幸せは奪われた。それも、彼によって。

 

「絶対、許さないから!」少女はそう彼に叩きつけた。憎悪に満ちた眼差しで。

 無理もない。未だ幼かった少女から、自分は家族を奪ったのだから。そう子供ながらに彼は思った。直接的な罰を受けることは無かった。だが、彼はどこにいても何をしてもその罪から逃れられなかった。逃れられる筈もなかった。


――そうして辿り着いたのがこの場所だった。暖かく優しい場所。そこの人々に、言葉に救われてきた。自分はもしかしたら逃げられるのかもしれない。もう、許してくれるのかもしれない。そう思えた。


 だが、全ては錯覚だった。


 逃げられるなんてとんでもなかった。「現実」はやはり重く厳しいものでしかなく、彼を許すことも無かった。――めぐりめぐって、やっと辿り着いた、救ってくれる所だと勘違いしたその場所に、


 あの少女がいた。

 成長し、母親に似てきた少女。いや、もう「女性」と言われる年齢に達していた彼女。こちらのことにはまだ気が付いていないらしい。


 紫は布団にくるまれながら考えた。――気付かれたらこんな待遇は受けまい。理由も訊かず、介抱し、布団を用意し、心配されるなんてこと。ましてや同じ職場で働くことなんて。絶対にあり得ない。


 この場所は、最も居てはいけない場所だったのだ。


――だけど。



「紫く~ん。寝ちゃったか~い?」

 雅の声が紫の耳元で響く。紫はとても平常心ではいられない心境だったが、無視することも出来ず、布団から顔を出した。


「あー、良かった。大丈夫かい? 疲労か? まあ、今晩はゆっくり休みな。明日はどうする?」

「……」


――明日。そうか、明日か。紫はふと我に返り予定表を手に取って見る。そこには明日のその先――、明後日以降の予定が書かれている。


「俺、ここで働いてて良いのかなあ」

 紫は無意識の内に口に出していた。


――まさか娘だったとは。円があの女性の娘。あの少女。それは驚愕の事実、の筈。だがそんなに衝撃を受けてはいなかった。――つまり、気付いていたのだ。心の隅では恐らく最初から全て解っていた。それを無視した。

 

――その理由は、


「紫君はどうしたい?」紫の一言に反応を迷っていた雅が(たず)ねた。――本当は、辞めないで!と叫びたいのを必死に堪えてなんとか発した一言であった。


 紫はフッと笑い、答えた。


「まだ働いていたい…明日も」それしか答えは無かった。

ずっと前からこのエピソードは考えてきたのですが、構成には迷いました。最初は続けてきた紫君の視点で描こうとも思ったのですが、結局、第三者視点で描くに至りました。紫君が主人公であることに変わりませんが、これからは様々な視点で描くことになるかな、と思います。混同させないように頑張ります。

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