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紫の灯  作者: 志水燈季
来店
17/57

17.それぞれの裏舞台

 都築紫(つづきゆかり):このお話の主人公。かつて放浪し、(ともしび)の調理担当となる。

 皆川円(みながわまどか):灯の接客担当。

 荻田雅(おぎたみやび):灯の店長兼調理担当。

 荻田司(おぎたつかさ):雅の息子。



 ハア……ハア……ハア……。


 急いでアレを探す。慌てているのでメチャクチャになっていても気にしている場合じゃない。


 在る筈だ……いくら忘れていても無くすことはない。「あの日」無くしかけたが……。もう2度とそれはしないと誓った。


 クソッ、どこだ、どこにある!


 と、手にその感触が。


 あった……。


 未だ、荷解きしていなかったカバン――そんなに入ってはいないが――から出てきたソレ。紫色(むらさきいろ)の小さいが俺にとっては遥かに大きい、お守り袋――らしい。手作りの品らしく、何も書いてはいない。ただ、中に1枚紙が入っているだけの――。物心つく前から持っていて、誰から貰った物かすら定かではない。


 それを俺は床に置き、祈る。毎年の行事だ。だが、今年はいつもと違った。


――ごめんなさい。


 これがあの時感じたモノの正体か――。いくら謝っても許されないことをした――忘れたのだ。絶対にしてはいけないこと。毎年、毎年欠かさずしてきたこと。

――なのに、あまりに平和ボケしすぎたのだ――。奴らの甘さに甘えた。そりゃあ、いつもと違うよな。いつもより俺を責めたくなるよな。許されないはずなのに、許されるとどこかで思ってしまった。


 水人(すいびと)を利用しようと思った。彼らなら無条件で許すだろう。そう思えてしまう。「ここにいて良い」と、彼らなら言ってくれるだろう――と。


 そうだ。俺は奴らの傍にいれると思った。人を救い上げる事しか頭にない奴らだ。俺はそいつを利用した。傍にいて狂ってしまいたかった。俺の「現実」を忘れ、仕方ないからここにいると思い込みたかった。――温嗣(ただし)と初めて会った日、そうではないと悟ったというのに。

 ここにいたいと思ったのだ。灯の連中だって賛同してくれた。そうでなきゃ、初めから俺を雇ったりはしないだろうし――。


 

 何だ?


 何だ、この違和感は?

 まさか――「違う」というのか?――いや、そんな筈はない。「忘れた」以上のことがあるものか!


 そう。俺は気付いてはいなかった。現実は到底、俺に忘れさせてはくれないということに――。




「昨日の帰り、何かあった?」

「――え?」

 

 円の突然の質問に、どう答えていいか分からない。


「いや、黒い洋服着ていた私より暗ーい顔してたから」

「い、いや、別に。忘れ物に気付いて、部屋にあるか不安だったから」――まあ、あながち嘘ではない。

「あ、そうなんだ」


 俺の何とか絞り出した答えに納得してくれた様子の円は、仕事の続きへと戻っていった。


 ちなみに、今はスミさんの手伝いをした、その翌日。つまり月曜日の朝である。昼に近付いていっているので、客も増えていっている様子だった。


「そろそろ、司も来るかな」

 俺が独り言を言っていると、隣にいた雅が手を止め、

「そうだな。司は梧桐(あおぎり)の方が一応は、本業だから、抜け出すのも時間がかかるんだよね。まあ、向こうに甘えてもらっている形だから、仕方ないけど」

「…そうなんだ」――そういう事なのか……。

「でも、司は抜け出すの上手いよ。変にそういう才はあってさ、世渡り上手っていうのかな。適当に手を抜いていても、人に恨まれる性格じゃない」

「あー。解る」

 

 雅は頷いて、


「……うん。昔からだよ、本当に。中学の時も、委員会入って、帰り遅くなるのかと思ったら”抜けて来ちゃった”だもん。ずっと、そんな調子。介護の方進む、って聴いた時も、大丈夫かな、と思ったけど。――でも、逆にああいう奴が1番向いているのかも知れないな」


 まあ、確かに。変に気負う奴よりも、適度に手を抜いているああいう性格(タイプ)の方が良いのかな。真面目、ではないし。とは言ってもサボリでは決してない。事実、他のスタッフや、利用者には頼りにされているのは、俺の耳にも入っていた。


――得な性格だ。


「あ、そうだ、紫君。誕生会の事聞いたよね?出席よろしく。準備は何も無くてもいいから。身一つでどうぞ」


――ああ、そうだった……。


 俺は、手早く料理を仕上げていく雅を眺めながら、少し溜息をついた。

 それにしても、一体いつからこの店をやっているのか知らないが、ここの料理人をやっているだけあって、とにかく早く、なにより、うまい。つまり、上手でもあり、美味でもあるという意味。ここがこれだけ繁盛しているのは、そうした雅の腕によるものだろう。


 雅の腕を理解すればするほど、余計に解らなくなる。


――何で、俺を雇ったのだろう。あの日、客を追い返してまで。店の評判を落としかねない行為に及ぶほど、俺の腕を必要としなくても充分やっていける。


「遅れましたー」司が来た。

「来たかー。じゃあ、早速こっちよろしく。もう、忙しくてたまらん」

「了解」


 ――まあ、ただの人手不足というのもあるのだろうなあ……。


「――まあ、日曜日よりは忙しくはないかな。円が休みだからその分大変だった」

 指示を出し、作業を手早くこなしていきながら、雅が呟いた。

「そういえば、何で円、休みだったんだ?土曜も休みだったのに」

「元々そう言われていたんだよ。日曜は外せないって。――まあ、解るけど」

 そう言って、雅はフッと笑った。


 だが、俺はフーンとか思っただけで、何も解っていなかった。解ろうとしていなかった。

 

 それこそが、正体だったのに。

 だが、俺は3日後、全てを目の当たりにするまで気付こうとすらしなかった。



各自の裏話を書いていったら、目的の誕生会まで持っていけませんでした。紫君の後悔が当初思っていたよりも引きずっていましたし。

灯の休みは不定期です。客側としては、本当は毎日でもやっていてほしいのですが、雅さんが働き者なのであまり無理も言えません。週1回位の全体休みと、あと各自で。2日連続休むのは全員あまり無いので、紫君は疑問に思ったわけです。

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