11.ある日の昼過ぎ
都築紫:このお話の主人公。かつて放浪し、灯の調理担当となる。
皆川円:灯の接客担当。
――それは、温嗣との初対面から、暫く経った――正確には2週間程経過した――とある日の夕方の事だった――。
――と、その前に。
「いやー、今日の忙しさは何だっつーの!何で、如月のヤツいねーわけ!」
「ほら、今日、椿の卒業だろぉ!それで」
「っかー、良いよなあ、如月様は。どんな日でも、私用で抜けられて」
「全くだ。そのくせ俺らには例え、お葬式でも良い顔しねえんだよなあ」
――俺はやっと一段落ついたところで、大声で愚痴を言いまくっているサラリーマン風の男2人の会話を聞くともなしに聞いていた。何しろ、ここ、灯の飯時の忙しさといったら半端ない。俺は専ら調理専門だが、――この物語には一切関係の無い――アルバイトなども駆り出され、戦場と化していた。それが過ぎ去り、やっとのんびりと――調理場だが――楽な格好で寛いでいたわけだ。
――卒業ねえ、3月だなあ、もう下旬だが。俺にとっては放浪を卒業する月となった。――そういえば、放浪を始めたのも3月だった。――卒業する日が来るとは思わなかったが……。
「ゆーかりくん!」
「!?」
過去に耽っていた俺の背中をドンと勢いよく叫びながら押したのは、ニカッと笑う円だった。
「紫君、暇そうだねえ」
「……あんたは元気そうだな」
「お疲れのところ、悪いんだけどさあ、ちょっと頼まれてくれる?」
「失礼します、ふきん、お取替えに参りました」
「貴方が都築紫さん?ごめんなさい、どうもありがとう!」
その少女は俺からふきんを受け取るなり、少し汚れた台を綺麗に拭き出した。
――へえ、上手いもんだな。
その作業に見惚れている間もなく、台はあっという間に綺麗になった。
「さすが、テルちゃん。理香ちゃん、色々やったのに、上手いもんだな」
「慣れです」
さらりと返事を返した少女を俺は眺めながら、首を傾げていた。
――テル?リカ?どっかで聞いたような……。
少女はこちらを向き言った。
「カッちゃんの言ってた通りの人ですね。都築紫さん。私、雨宮晴輝。雨の宮殿で「雨宮」、に、晴れが輝くで、「晴輝」。凄い名前でしょう。テルって呼んでね。皆そう呼ぶから。詞艶市立来樹榎中学2年1組――つまり水人生の1人です」
「――え?――あ!白石一人の幼馴染と、その娘!」
「そうです、私のことでーす。雨宮理香子。理由の理に、香りに、子供の子で、理香子です。よろしく」
と、少女と女性が同居しているような、確かに若い母親が自己紹介した。
ていうか、先刻変なこと言ってなかったか?
「1つ訊いていいか?」
「どうかしたか?」応えたのは同席している別の少年だった。「あ、ああ!俺の名前かい?俺は羽柴穂花。同じく水人生の1人さ」
「いや、何かそこじゃないみたいだな」口を開いたのは同じく同席しているまた別の少年だった。――灯の奥にある、座敷の1つであるこの部屋にいるのは計6人である。
「――あ、あのさあ、コダチエノキって何?」
――外したか?
見事に全員沈黙してしまっている。
「……聴いてないのか?誰からも?テルが初?」
「……ああ」
「……へえ。まあ、「水人」で通るからな。今更名乗らない。――ああ、俺は氷川恵。氷の川に、恵まれる――ただ、それだけ。「川」は三本の川。――で、説明すると、「来樹榎」というのは俺らの中学校名のこと、です。ごん偏に司の「詞」に、艶やかで「詞艶」。市町村のここは市。で、「春が来た」の「来た」に、大樹の「樹」で、「来樹」。ここの地区。――ここまでも聴いてなかった?あと、榎は一文字の榎。木へんに夏の。中学校のこと。で、「詞艶市立来樹榎中学校」が正式名称」
「……はあ」
そう言えば、聴いていなかった。――地名も、学校名も。
「いやー、一応詞艶以外から来た人だというから正式に言ってみたけど。流石にちょっとびっくりした」
「でも、確かに言わないものねえ」
「俺らが中2だってのは知ってた?」
3人が次々に喋り出す。
俺は頷きながら、
「夏摘がそう言ってた。――初対面で」
「成程」やっと口を開いた6人目の少年。って、俺を除くと今5人しかいない。
「お前、未だ食ってたのかあ?」
「今、食い終わったんだよ、穂花。――ああ、俺は相葉昴。同じく水人生の1人です」
「はあ……」
突然自己紹介をしたスバル。――と、そこへ。
「ただいまー、ちょっとお客さん来てるよ」
と、中年の男が入ってきた。――って、先刻までいた奴。いつの間にいなくなってたんだ?
「お客さん?」とは、テル。
「お邪魔するよ。――やあ、都築紫さんですね。僕は藤原達人。匠真の兄です」
「私は、五島万海。水人生の1人です。よろしくお願いします」
見るからに穏やかそうな2人が入ってきた。――あれ、……って……。
「ほらほら2人とも入って入って~。あ、僕は相葉縁。昴の父親です。あー、達君、お茶、注いで!」
「はいはい。――というか、縁さん、自己紹介まだだったんですね……」
「ん?そうなんだよ~。する間もなくトイレ行きたくなってさ~」
ガハハって感じで笑いながら縁は漢字の説明をした。(あとの3人も。)
思ったより前半が長すぎて今回も長くなってしまいました。一気に9人は大変です。その内1人を除くと全員初登場ですから、人物紹介だけは短くなりましたが。