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魔王様、名前はまだない

作者: 泉夏

「お前は誰だ?」


目を開くとそこには大変可愛らしい子どもがいた。

猫の目のような大きな瞳をきらきら輝かせている。

私はいまいち状況が把握できなくてぼーっとその子の顔を見ていた。

しばらく見つめあっていたけど、その子が心配そうにもう一度聞いてきた。


「・・・お前は誰だ?耳が聞こえないのか?それとも口が利けないのか?」


ゆっくりその子の言葉を反芻する。


「私は花音。耳は聞こえるし、しゃべることも出来るわ。」

「なんだ。黙っているからそうかと思ったぞ。」

「ごめんね。」


私は腕を使って上半身だけ体を起こした。

そこで初めて私は花々の上に寝ていたことに気が付く。

赤、白、黄、青、緑・・・見渡す限り花だらけ。


「・・・ここはどこ?」

「ここは魔界唯一の楽園といわれる場所だ。」

「・・・マカイ?」

「そう、魔界だ。カノンは人間だろう?なぜここにいる?」


何を言っているのかさっぱりわからなくてその子を訝しんで見た。

黒髪に黒い瞳、そしてとがった大きな耳・・・―――とがった大きな耳?

思わず目を見開いてじっとその耳を見つめた。


「・・・君、その耳・・・どうしたの?」

「ん?あぁ、人間には珍しかろうな。しかし魔族では皆こうだ。」

「・・・マゾク・・・。」


呆然と呟き、私の頭の中に“マカイ”と“マゾク”が駆け巡る。

もしかして“魔界”と“魔族”?

もう一度耳を見てその子の顔を見る。

その子は不思議そうに首を傾げた。

とても可愛いけれど、私はもう限界だった。

面倒だから倒れてしまえ、そう、次に目を覚めせばいつもと同じ風景が見えてくるはず・・・。

そう思い私は意識を手放した。

近くで焦った声が聞こえてきたが、今はもうどうでもいい。






次に目を覚ました時はベッドの中だった。

惜しい。

私が望んでいたベッドの中だが、全く覚えのないベッドだった。

しばらくぼーっと天井を見つめていると誰かが部屋に入ってきたのがわかったので、視線をそちらにうつす。

天蓋のカーテンをスルスルと上げ、1人の女性がこちらを見た。

すると私と彼女の視線がかち合う。

少し驚いた表情を見せたが、にっこり笑って聞いてきた。


「まあ、目が覚めたのね。気分はどう?」

「気分は・・・どうかしら。」

「あんまりよくないようね。お水はいかが?」

「・・・いただきます。」


すると近くにあったピッチャーの水をグラスに注いて渡してくれた。

少しだけ飲む。


「美味しい。」

「そう、よかった。それは楽園にある泉で汲んできたお水なのよ。」

「・・・楽園・・・。」


どこかでそれを聞いたようなとグラスに入った水をじっと見つめる。

ちらりと女性を見ると認めたくはないが、彼女の耳もやはりとがった大きな耳をしていた。


「ここはまだ魔界?」

「まだって?よくわからないけれどここは魔界よ。しかも魔王様のお坐すお城。」

「・・・魔王様?」

「そうよ。貴女魔王様に連れられてここに来たんだもの。覚えていないの?」

「・・・。」


私が会ったのはあの可愛い子どもだ。

まさかあの子が魔王様なのだろうか?

それともあの後誰か他に大人の人を呼んでその人が・・・この考えの方が自然よね。


「ええと・・・、とりあえず魔王様に貴女が目を覚ましたと報告してくるわ。」


不可解な顔をした私を見てそう言った女性に頷いてみせた。

再び水をごくりと飲む。

甘い、ほのかに花の香りがするそれに少しだけ心が癒された。

しばらくすると部屋の外が騒がしくなる。

だんだんそれがこちらに近づいてきて、大きな音を立てて扉が開かれた。


「カノン!!」


私の名前を呼びながらベッドに駆け寄ってきたのはやはりあの子だった。

私がきょとんとその子の顔を見ると、ほっと安心して顔を緩ませた。


「驚いたんだぞ。カノンがいきなり倒れたから。」

「・・・そっか、そうだよね。ごめんね。」


考えてみれば迷惑な話である。

大人でもそんなことされたら困るのに、私の目の前にいたのは子ども。

体をベッドの端に寄せてその子の頭を謝罪の気持ちも込めて撫でた。

するとその子はその行動に驚愕したらしくしばらく私の顔をぽかーんと見ていたが、次いで嬉しそうに破顔した。

その顔のなんと可愛らしい事!!

私は思わずにこにこしながら、その子にぽんぽんとベッドの上を叩いてこちらに来るよう促した。

その子は不思議そうにしたが、こくんと頷くとベッドに乗り上げる。

それを私は両手を広げて迎えぎゅっと抱きしめた。

その子はまたもや驚愕した様子だったが、嬉しそうに小さな手を私の背中に回した。


「黙って見ていれば何をしているんですか!?」


はっと叫び声がした方に視線を向けると、赤髪の男性がわなわな震えていた。

その男性の周りにも何人かがいたが、皆ぎょっとしたように赤髪の男性を見ていた。


「ま、ま、魔王様になんてことをっ!!人間の分際で失礼にも程がありますよ!!即刻離れなさいっ!!!」


勢いよくこちらに向かって来ようとするが、周りに抑えられて動けていない。

その言葉を受けてこの子はやはり魔王様だったんだと思い、そっと体を離そうとした。

しかしなぜか魔王様は離れてくれない。


「えっと・・・ま、魔王様?」

「嫌だ。」

「え?でも・・・。」


君は背を向けているからいいかもしれないけれど、赤髪の男性を正面から見ている私は非常に居た堪れないんだけど・・・と思っていると、魔王様はくるりと振り返り赤髪の男性をきっと睨んだ。


「ルージュ、お前五月蝿い。」

「なっ!!私は魔王様を思って―――」

「五月蝿い。黙っておれ。」


そう言うと再び私にぎゅっと抱き付いた。

可哀想に赤髪の男性はくしゃりと泣きそうな顔になっている。

すると周りにいた1人、緑髪の男性が赤髪の男性を宥め始め、そんな彼と目が合うと苦笑される。


「魔王様、ルージュをいじめないでやって下さい。貴方様が心配なんですよ。」

「ふん。そいつはうっとおしすぎるわ。」

「まあまあ。それよりそちらのお嬢さんはどうなさるおつもりで?」

「・・・シュマンが開くまでここで面倒をみる。」

「さようですか。」


目をぱちぱちと瞬く私を見て、緑髪の男性はにこりと笑ってくれた。






人間界と魔界をつなぐ道をファタルシュマンといい、それは滅多につながるものではないそうだ。

よくわからないが、それまで私はこのお城でお世話になる事となった。

魔王様は私の所によく遊びに来てくれる。

いろんな話をしてくれたり、美味しいお菓子や珍しい物を持ってきてくれたり・・・。

そして魔王様はスキンシップが大変お好きなようである。

あの日私がやったことがお気に召したようで、毎日欠かさずぎゅっとする。

私もそんな魔王様が可愛らしくて抱きしめ返すのだ。

ルージュさんが憎らしそうに見てくるのもなんだか慣れてしまった。






ある日ふと思いついたことを魔王様に聞いてみた。

前々から思っていたのだが、別に不便でもないからいいかなと先延ばしにしていたことだ。


「そういえば魔王様ってお名前はなんとおっしゃるんです?」


そう言った途端、その場に沈黙が下りる。

え?と思って周りを見ると、緑髪の男性―――ヴェールさんはしまったといわんばかりの顔をしている。


「ええっと・・・もしかして聞いてはいけませんでしたか?」


恐る恐る発言すると、魔王様はぽっと頬を赤らめた。

え、なんで?

口にするのも恥ずかしい名前っていうことかしら、なんて思っていたら予想外のお言葉が。


「名前はまだないのだ。」

「え?名前がないって・・・。」


さっぱり意味がわからない。

名前というのは産まれた時に付けられるものである。

“まだ”とは一体?

そして頬を染める意味は一体?

名前がまだないから恥ずかしいの?

私の頭の中ははてなマークでいっぱいだ。


「・・・よければカノンが付けてくれないか?」

「えぇ?私が?」

「魔王様!!」


もじもじしながらそんなことを言った魔王様に困惑する私。

そこに青い顔したルージュさんが待ったを掛ける。

ルージュさんが私に血走った目を向けてきたので、ちょっと、いや大分引いてしまった。


「貴女が先程魔王様に尋ねた事は本来の意味を知ってのことですか!?」

「ほ、本来の意味?なんですかそれ。」

「ルージュ、落ち着きなよ。カノンが怖がっているじゃないか。」

「これが落ち着いていられますかっ!!良いですか!?ぜぇっっったいに応じてはいけませんからね!?」

「は、は―――」

「ルージュ、五月蝿い。お前退場。」

「な!?ちょ、こら放しなさい!!まだ話が終わってな―――」


ルージュさんの剣幕に圧されて頷こうとしたら、魔王様が無表情で手をひらりと振るう。

すると護衛の人達に取り押さえられルージュさんは部屋から引きずり出されて行った。


「・・・。」


再び部屋には沈黙が戻ってくる。

私はどうすればいいのかわからずヴェールさんを見ると、彼は仕方がないなって苦笑しているだけだ。

だからどうしろと!?

私は内心絶叫した。

先程のルージュさんの様子を思い出すとただならぬことだ。

安易にイエスと言ってはいけないのだろうと魔王様を見た。

するとどうだろう、捨てられた子犬のような目をして私を見ているではないか!!

私は非常に苦しい立場に追いやられていた。

こんな可愛い魔王様を切り捨てることも出来ないが、ルージュさんを無視するのも後が怖い。


「えっと・・・。」


私の発する言葉を一言も聞き逃さんと皆の視線がこちらに集中しているのがわかる。

ついでに背中に一筋冷や汗が流れるのがわかった。


「げ」

「げ?」


ああ、もうやめて!!

私は我慢ならずこう言い放った。


「厳粛に受け止め、前向きに善処します!!」


政治家が苦し紛れに言う文句を思わず言ってしまった私は確かに日本人なのだろう・・・。






後でこっそりヴェールさんに聞いたところによると、魔王様の名前を聞くという行為は求婚を意味するらしい。

遠い昔の日本みたいで風雅だなぁと少し現実逃避していた私に彼は更なる追い打ちをかける。

魔王というものは、名を伴侶に付けてもらうのだとか。

それすなわち魔王様は私の求婚に応じたという―――――

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