#09
「明日は戦場か……。ああ、酒がたらふく飲みたい」
スノーはそう言うと、宿に戻って行ってしまった。
「俺もだ」
トーニョはそう言うと、壁に立てかけていたギターを手に取った。古ぼけたギターケースがアスファルトの上に置かれている。トーニョは聞き覚えのある曲を奏でた。優しく、そしてどこか哀しい曲だった。孤独という言葉が一番当てはまるような気がした。
「『星に願いを』?」
僕は曲名を口にする。トーニョは頷いた。「……今の日本にぴったりの曲だと思ないか?」
月が出ていない。外灯だけが唯一の明かりだった。
孤独。トーニョの言うように、今の日本は孤立しているのかもしれない。世界の中心からはじき出された日本。それはまるで鼻を折られたピノキオのようで。
ピノキオはたった一人、どんな気持ちだったのだろう。
「おい、大丈夫か?」
どれくらい経ったのだろうか。ふいに声をかけられた。
「ああ……」
心配される覚えはないが。そう言うと、トーニョはハハっと笑った。
「ちがう、病気のことじゃない。そんなところで寝てて大丈夫かって」
……気付かなかった。なるほど、僕は寝ていたのか。
「ちなみにどれくらい―――?」
「ざっと見積もって三十分くらいだな。あまりにも気持ち良さそうにしてたから、起こすのも可哀相でな」
「悪いな、トーニョ。放っておいてくれても良かったのに」
「放っておいたら、お前さん死んでしまう。構わねえよ、それくらい」
『構わねえよ』。その言葉を昔どこかで聞いたことがあるような気がした。僕がそう言うと、トーニョは暫く考えて「俺たちが初めて会った時のことだな」
そうだった。思い出した。あれは数年前の夏のことだ。
数年前。僕はその日、愁のレポートの手伝いをしていた。地底湖の謎かけをし、それをレポートにまとめてみれば? と提案したのだ。『実際に見聞きしたこと』を思い出して言ってみただけなのだが、愁はすぐに飛びついた。
簡単に説明すると、地底湖の謎とはこうだ。ある男が仲間と共に、地底湖を観光しに行った。男は一人で地底湖の洞窟の中に入る。仲間は探したが、一向に見つからない。男は消えてしまった。―――けれど、これは何の謎でもない。考え方を変えれば分かる話だ。男は消えたのでなく、殺された。仲間によって。
では、どうして僕がこの話を知っているのか。それは、僕がその時その場にいたからだ。もちろん、男の仲間ではない。彼を殺してなどいない。はっきり言おう、僕は被害者だった。怪我をする程度で済んだけれど、男の仲間は僕をも殺そうとしていたのだ。
地底湖で起きた事件は、男が消える―――いや、殺されただけでは終わらなかった。ここから先は、愁にも話していないことだ。
ここから先の話は、レポートに記すにはあまりにも残酷過ぎた―――。