#06
スノーは深いため息をついた。
「分かった、分かった。勝手に連れて行け」
けどその前に、と話は続く。
「服くらい買ったらどうだ。そのままだと本当に死ぬぞ」
「―――確かに。そうだな」
僕は服屋に入った。物価は変わっていないことを知り、少し安堵する。彼はポケットから金を出す。すると、周囲の目が異様な輝きを帯びながらこちらに向けられた。
「金だ……! カネだぁ……」
「おい、オレにもカネをくれぇ……!」
僕はそれらをなるべく見ないようにしながら店を出た。外でスノーが待っていた。彼はにやにや笑いながら「どうだ?楽しかっただろ」と言った。「ああ。そりゃもう」と僕はスノーを睨みつけた。
「それじゃあ行こうか」
そう言って、僕は少年の手を取る。
「ここは保育園かよ。アホくせえ」
僕は呆れたといった様子で「そうだよ」と言った。スノーは苦虫を潰したかのような顔をした。
「覚悟はできてるだろうな。ここから先は戦場だ」
「ああ、できてる」
鉛色の空。山にいた時よりも戦争の音ははっきりしていた。
戦争は続く。今日も、明日も、きっと明後日も。
誰もスノーの本名を知らない。
ただ一つだけそれを知るための手掛かりがある。それはスノーの兄が彼を『たつき』と呼んでいたことだ。
「交代しろ、たつき」
銃を担いで塹壕に戻ってきたのは兄の璃宮だった。璃宮は深く溜息をついて座れそうな場所に腰をかける。彼は全身ぐしょ濡れだった。「くそったれ。雨の日ぐらい休戦しろよ」
「なあ……俺考えたんだけど、ここから逃げ出さないか」
「いきなり何を言う。国家反逆罪ですぐに死刑だ」
璃宮は怪訝な表情をスノーに向ける。
「ああ、なるほど。ヘタレな兄貴は政府にも背くことができないのか。失望だ」
「お前覚えてろよ。いつかその腐った頭を撃ち抜いてやるからな。戦勝祝いだ」
スノーは兄の言葉を背中越しに受け止めながら、立てかけておいた銃を担ぐ。
世の中は理不尽だ、まさにその通りだった。
「凄いな」
後半地区兵に狙いを定めたスノーが、隣にいる蓮に声をかけた。
この国はいくつもの地区で分けられている。地区番号は0から9999まである。0地区は政府の人間が住んでいる。彼らは戦うことをしない。これはあくまで噂だが、この戦争は政府が引き起こしたのではないかと言われている。色々言いたいことはあるだろうが、これは議論していても仕方がないことだ。
1から5000地区までの兵士は前半地区兵と呼ばれ、5001から9999までの兵士が後半地区兵と呼ばれる。つまり、一国に住む僕らは前半地区と後半地区に分かれて戦争をしているわけだ。
「凄いって、何がだ?」
僕とスノーはほぼ同時に引き金を引いた。僕の弾丸は後半地区兵に当たったが、彼が放った弾はどこかへ流れていってしまった。
「凄い腕前だ。お前射撃の名手かなんかか?お前なら中佐……いや、将軍になれたぞ」
屋敷を抜け出した僕にはもちろん、赤紙が届いた。
「いいんだ。僕は責任が大きい仕事はしたくない」
「つくづくお前のことが羨ましく思える」スノーは吐き捨てるように言った。
「ああ、早く帰りたい。そうしたら、残してきた妻と子供にクリスマスプレゼントをやれるのにな」
「―――結婚したのか?」
驚く僕に、スノーはにやりと笑って「ただのシュミレーションだ。一度でいいからこういうセリフを吐いてみたいと思ってたんだ」
スノーは陽気に笑った。
僕は唐突にあることを思い出した。
「知っているか。十二月二十五日はイエス・キリストの本当の誕生日じゃないんだ。十二月二十五日ってのは、人間が勝手に決めた休日なんだ」
「え? 何だ?」
機関銃の音が鳴り響く。味方が放ったものか、敵が放ったものかは分からない。
人間の都合なんて関係ないと言わんばかりに雨は降り続いていた―――。