#05
もう雪は降っていなかった。寒さだけが取り残される。
蓮とスノーは滑りそうになりながらも慎重に山を下った。医師たちが追いかけてくる様子はない。患者用の服とコート一枚、そして室内用の上履きを履いているだけの蓮はもはや死人と言っても過言ではないほど蒼白な顔色をしていた。だが、彼は諦めない。スノーに肩を貸してもらいながら、何とか歩いている。
「倒れんなよ。あともう少しで街に入る」
スノーの言葉通り、十分もしない内に、だんだん街の様子がはっきりしてきた。もう夜明けだ。
蓮は言葉を失った。―――これのどこが『街』なんだ?
道端にはゴミが散乱し、家の屋根は崩れ落ちている。未だについている外灯はほとんどない。眼を光らせた野良猫が道を闊歩している。痩せた野良犬がゴミを漁っている。
ここは、蓮の知っている日本ではなかった。
その時、街中に響き渡ったのではないかというくらいの怒鳴り声が聞こえた。
「失せろっ、このクソガキがぁ!! いつも店の商品くすねやがって!!」
続いて乱暴に扉が閉まる音。
「これは……」
蓮は目の前で起きていることから目が離せなかった。信じられるものではなかった。スノーは彼の言葉を引き継ぐように言った。
「悲しい現実だ。これがお前の知りたがっていた……現実だよ」
道端に転がり出てきたのはまだ幼い少年だった。彼は店主に蹴られた腹を庇いながら、何とか立ち上がる。
「関わるな」
スノーは低くくぐもった声で言った。
「そういう奴はここには腐るほどいる。一人助けたら、また一人助けなきゃならない。それの繰り返しだ。切りがない」
少年に手を差し出そうとした蓮は寸の間で手を止めた。
「たしかに」
斉木は息を飲む。
「たしかにそうかもしれない。でも僕は今、目の前にいる人だけでも救いたいんだ」
僕は困っている人を見捨てるなんてこと、絶対に―――。
すると、スノーは吐き捨てるように言った。
「そうか。なら勝手にしろ」
「最低な奴だな!」
気付くと僕は叫んでいた。スノーが驚いてこちらを見たのはもちろんのこと、他の人たちも険しい目つきで僕を見ていた。けれどもう構っていられなかった。
「……全てを政府のせいにして、あんたは現実を見ようとしない」
「いいや。悪いのは政府だ。奴らが県という制度を廃止し、地区制度にしたから土地争いが起こったんだ。本当のこと言うとどっちだ?現実を見ようとしないのは」
現在、日本は県制度を廃止して10000個の地区に分けている。あまりにも狭すぎた土地の中で、彼らはこう考えた。『そうだ、県制度を復活させれば良いんだ』と。だが、反対する人間も当然いる。そして内戦が始まった。
狭い土地で何ができるかということは大きな問題だが、日本はそれよりも重大な問題を抱えていた。
ロシアとアメリカの戦争。そしてそれには中国も参戦している。周囲の国々が争う中、いつ日本が侵略されてもおかしくない。そう考えた日本政府は、国民をある事柄に基づいて各地に散在させたのだった―――。
その時、少年が動き出す。
「助…けて……」
彼は確かにそう言っていた、蓮を見て。
「どちらにしろ」
蓮はきっぱりとスノーに言い切った。彼はもう迷わなかった。
「僕は、僕が正しいと思っていることを貫く」