#04
「……が戻らない?」
「ええ、そうなんです。……と言うよりも、どうやら捏造しているようで」
彼らは声を潜めて話していた。
「ああ、あの御方に何といえばいいのでしょう」
朱峲は頭を抱えた。
「心配するな」
桐生氏は朱峲を慰めるように言った。「対処法はある。いくらでも」
スノーは首を横に振った。
「お前があの渦中にいて平気でいられるはずがない。大体お前は足手まといになるだけだ」
「足手まといになんかならない。それに……そんなこと、やってみなければ分からないだろ」
それでも僕は粘る。
「嫌だね」
スノーは言い切った。彼がどうして頑ななのか分からなかった。そこで僕は、先程感じた違和感に気付く。
「あんたはどうしてさっき、『駄目だ』とは言わずに『嫌だね』と言った?」
彼が断言したのは。そう、『駄目』という言葉ではない。『嫌だね』という言葉だった。
点滴が無くても生きていける。僕は医療器具に囲まれていなければ生きていけないというわけではない。点滴を受けているのは、病院食を食べたくないがゆえ。あの味のない食事を取るくらいなら点滴をした方がましだ。
スノーは隙を突かれたような顔をした後、困ったように笑った。
「俺は病人の介護なんてごめんだ。それに外は戦争で危険だ。お前はすぐに死ぬ。わかったか?」
戦争に興味はない。だが、滅びゆく世界には興味があった。滅びが美学だと言った人は一体誰だったのか。もう覚えていない。
チューリップは死ぬ前に綺麗な花を咲かす。蝉は死ぬ前に透き通った羽を広げる。人間ぼくらの死はあまりにも無様だ。老いだけがそこに残る。彼らのような『滅び』を感じさせるものは何もない。
働き蜂は使命を成し遂げて死ぬ。僕は何もしないまま、ただ命を繋いでもらっている。まさに今、僕は人間らしい死に方をしようとしていた。生きる価値がないというのはこういうことなのかと痛感する。
「生死なんか問題じゃない。僕にとって問題なのは―――」
どういう経路で死んだか、だ。
滅びゆくものこそがこの世で最も美しい。僕はそう思っている。
「只今追跡中」
アンドロイドたちが騒ぎ始めたのが聞こえ、さすがにまずいなと思った。
「長谷宮蓮、発見」
彼らはいつも無表情だ。もっと怒ったり笑ったりすればいいのにといつも思う。僕には、彼らの声がロボットの発するもののように聞こえた。まあ実際ロボットなのだが。彼らがたとえ死んでしまったとしても、僕には悲しむことができないだろう。
諦めは死に繋がると語った子供はもういない。そうだ、思い出した。彼が滅びの美学を教えてくれたんだっけ。
掌で生死を左右させることができるアンドロイドよりも、戦場で生きる屈強の戦士の方が、この美学には相応しい。命がけで何かを成し遂げて死ぬことが、最も美しい『滅び』だ。牢獄に閉じ込められていては到底無理な話だ。だから僕は外に行く。ここでは見つけられない何かを見つけるために。
「大丈夫か?」
前を走るスノーが速度を落とし、心配そうに尋ねてきた。僕は頷いた。言葉を返す余裕などなかった。久しぶりに走ったから息が苦しい。
最終的に折れたのはスノーの方だった。
「昔から、なんでも信じて疑わないよな、お前は」と、彼は苦笑していた。
騒がしい廊下。普段はいつでも静まり返っているというのに。
ようやく時間が動き出したんだ、と僕は思った―――。