#16
「こんなところ歩いてられねえ。車を見つけなきゃな」
トーニョが言うように、ここは戦場。
生身の人間が歩くようなところではない。
「車か……」
スノーには心当たりがあるようだった。
「グレイのところに行くか。ここからさほど遠くないはずだ。ただし、奴の家が爆撃で壊されてなければの話だが」
「行くしかないな」
僕が言うと、スノーは軽く頷いた。
それから、戦場の道から少し逸れた森に僕たちは入っていった。
こうして森に入ると、あの時のことが思い出される。
僕は身体のどこかが締め付けられるような感触を覚えた。
僕の心が悲鳴を上げている。
これ以上、森には入ってはいけないと、忠告しているのだろうか。
「おい、大丈夫か?また記憶喪失か」
僕は頭を抱えて座り込んでしまった。
スノーがなにかを言っているが、僕の耳には届かない。
視界が暗くなってきた。
僕が目を覚ました時、そこには誰もいなかった。
冷たい地面。木枯らしが吹く音。森の中。
スノーたちは?おいていかれたのか?
僕は訳も分からないまま、暗い森の中を彷徨った。
しかし行けども行けども、見えてくるのは枯れた木ばかり。
悪夢か?僕は悪夢を見ているのか?
二度目に目を覚ました時、前には見知らぬおじいさんがいた。
「わっ!!」
「おお、やっと起きたか。そこで待ってなさい。スノーたちを呼んでくる」
そうか。やっぱりさっきのは悪夢だったんだ。
おじいさんは腰を押さえがら、椅子から立ち、隣の部屋にいった。
薄暗い部屋の中、たった一人残された僕は、夢から覚めた興奮が止まぬまま、ベッドの中で静かに深呼吸をした。
「具合はどうだ。もう出発するぞ」
「っ、体が痛いよ」
「ぐずぐずするな。さあ、立て」
スノーは僕を乱暴に叩き起した。
僕は嫌々ながらも、ベッドから起き上がった。
その時だった。誰かがドアをたたく音がした。
何事かと、急いで隣の部屋にいくと、カウンターの下に隠れていたトーニョが唇に人差し指を当てて、静かにと小声で言った。
僕とスノーはトーニョの傍に駆け寄った。
そこにはおじいさんの姿もあった。
「奴らが来たんじゃ」
「奴ら?」
おじいさんのいうことが僕には分からなかった。
代わりにスノーが答えてくれた。
「凶暴化したアンドロイドだ。あの屋敷にいたアンドロイドたちと同じにするなよ。奴らは人から独立したただの殺人ロボットだ」
「殺人ロボット……」
「しっ。来たぞ」
その瞬間、無理やりに開けられたドアが勢いよく開いた。
トーニョは素早く銃を構えたが、次の瞬間には銃を下ろしていた。
「助けて!奴らに追われているの!」
ドアから現れたのは二人の男女だった。ただでさえ狭いカウンターに強引に入ってきた。
「待って。来るわ」
女性はそう言って、トーニョに銃を構えているように指示した。
しばらくすると、足音が聞こえてきた。
皆は息をのんだ。
来た。奴が……目の前に。
「今だ!!」
トーニョがそう意気込むと、引き金を2、3発引いた。
アンドロイドの胸、頭から、白い煙が漂った。
「急所だ。やったな」
おじいさんはそう言い、トーニョの肩をたたいた。
倒れて動かなくなったアンドロイドを棒で突いたり、その場で解体したりした。
驚くべきことは、人間そっくりの容貌だ。
あの屋敷のアンドロイドたちはいかにも機械という容貌だったが、彼は違う。
その後、僕たちは武器と弾薬の準備をした。
おじいさんはさっきスノーの言っていたグレイ。
グレイの車は生憎故障中で、直すのに4時間はかかると言われ、僕たちは小屋で待機というかたちになった。
「スノー、これは一体?」
僕はアンドロイドに顔を向けながら聞いた。
「すごいだろ。だから言ったんだ。外の世界はお前の思っている理想とは程遠いって」
スノーは銃の弾を数えている最中だった。
僕は二人の男女に声をかけた。
「あなた方は?」
「僕は譲司といいます。彼女は」
「由梨です」
譲司と由梨は恋人らしい。
二人で地下鉄に乗り、南の地に逃れようとしていたのだという。
「いきなり、電車内が暗くなって……再び照明がついたときは、悲鳴の渦でした。僕たちは必死に線路を走ってきたのです」
「そうですか……」
僕はこれ以上話すことは無いと判断し、スノーのところに戻った。
「で?なにか分かったか」
「いや、なにも。女性の方は由梨。男性の方は譲司っていう名前らしい」
「ふーん。そうか。厄介ものが増えたな」
「えっ?」
僕は思わず訊き返した。
「いや。何もない。……おい、トーニョ」
そう言って、スノーは僕から逃げるように、トーニョのほうにいった。
僕は軽くあしらわれたような気がしてならなかった。