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第四話

 教官棟に向かう間、三人が一緒に行動している姿は、予想以上に目立っていた。見かけた学生から噂が広がり、ちらほらと野次馬とおぼしき人影が、隠れて覗いている。学生たちの興味を引いたのは、奇妙な姿をしているフィルがいるためだけではない。


「やはり私が珍しいか」


 辺りを眺めるフィルルインに、リアエレインが苦笑した。


「それだけじゃないだろうな。地獄料理人とヒステリアが一緒に行動しているせいもありそう。私たち二人は今、ちょっとした有名人だから」

「変わったあだ名だな。問題児ということか」

「今は蔑称みたいなもんだが、今に目に物見せてやる。大魔術師ビルダリク様って呼ばれる未来が目に浮かぶな」

「そんなこと真面目に言わないでよ。こっちまで恥ずかしくなるわ」


 鼻を鳴らすビルダリクに、リアエレインが呆れた視線を送る。


「貴様は本当にでかい子供だな」

「何とでも言っとけ」


 一行は、教官棟に着いて扉を通ると、ロビーで飲み物を飲みながら休憩しているエヴァレットを見つけた。


「エヴァ教官」

「あら、意外な組み合わせ。あんたたち知り合いだったの?」


 エヴァレットは、三人の方へ近づいてきた。


「今日知り合ったばかりだがな」

「へぇ、気が合いそうには思えなかったけど。それで、そちらのお嬢ちゃんは?」

「言い辛いのですが、私の召喚獣です。無断で儀式を行いました。申し訳ありません」


 リアエレインが進み出た。


「そっか、成功したのか。召喚魔術担当の奴らも喜ぶだろうな」

「どういうことですか?」


 てっきり大目玉を食らい、何らかの処罰を受けるだろうと覚悟していたリアエレインは、エヴァレットを怪訝に窺った。


「あいつら、あんたがこっそり召喚してくれないかと期待してたのよ。召喚者が死ねば召喚獣は姿を消す。貴重な才能を潰してしまうのはもったいないけど、巻き込まれて死ぬのはごめんだ。だから、被害が及ばないところで、一人で暴挙に出たという形ならば、大して被害も責任も負わずに済む。魔術研究で死人は付き物だしね。あわよくば、契約に成功して召喚獣を手に入れるかもしれない。そんな心積もりかな」

「うわ、ひっでぇ」


 無言で怒りに顔を歪めるリアエレインに変わって、ビルダリクが吐き捨てた。


「こんなものだって。教官になるようなのは、魔術のためなら手段を選ばない奴ばっかなんだから」

「あんたもそうなのか?」

「私はそこまでしないけど、もしビルの料理がただの出来損ないだったら、見捨ててただろうね。よりよい魔術料理の研究が生き甲斐だから。充実した設備を使い放題という条件に魅かれてこの職に就いたし、学生に教えるのはおまけみたいなもん」

「薄情だなぁ」

「そりゃ立場が違うんだから、仲間同士なら事情も違ってくるさ。幻滅した?」

「要は実力を認めさせればいいんだろ? 才能も実力のうちだ。将来そんな腐った教官共をこき使えるようになってやる」


 胸を張るビルダリクを、エヴァレットが呆れた表情で眺める。


「おかしなやつ。でっかい子供みたい」

「なんだよ、そんなにガキっぽいか? 別にかまわねぇが」

「それで、今日は何しに来たの?」

「腐れ教官に召喚獣を見せに来たんです。でも、顔も見たくなくなりました」


 苦々しく眉を寄せるリアエレインを見て、エヴァレットが声を出して笑う。


「なら一応私が話を通しとくよ。見たところ従順みたいだけど、どんな子なの?」

「ただの怪力ババアッ……」


 フィルルインに背を殴られたビルダリクが、海老反って地に倒れる。傍観者には軽く小突いた程度にしか見えなかったが、それなりの威力だ。


「失礼な奴め。名をフィルルインと言う」

「私はエヴァレット。見たことない姿だけど、大昔のどこかの民族?」

「記憶があやふやで、思い出せない」

「そっか、力が強いみたいだし、呪いにかかってしまった魔人って線もありそう」

「魔人とは何だ?」

「人間に似た特徴を持った召喚獣が現れることがある。でも、明らかに人間とは違うから、区別するために魔人って呼んでる。召喚獣ってのはやっかいで、下手くそな模造品のように、どっか抜けたところがあるのよ。だから、質問しても要領を得ないことがほとんど。はっきり記憶が残ってれば、歴史の研究もはかどるだろうに」


 その後三人は、エヴァレットと別れて、教官棟を後にした。




「おっそろしい馬鹿力だ」


 ビルダリクは、大学外へ出てもまだ背をさすっていた。

 三人は、大学の近くの商店街を歩いていた。道の両側には、数階建ての石造建築物が、威圧するようにそびえたっている。魔術関連はもちろん、日用雑貨に食料品など、色とりどりの店が立ち並ぶ。そのため、学生や職員だけでなく、一般の人々の出入りも多い。


「どこに行くの?」


 リアエレインは、人混みに溢れる騒音のせいで、心なしか大声で尋ねた。


「俺のバイト先の食堂に行って、厨房貸してもらう。しかし、しばらくサボっちまったから、どうなることやら。連絡もしなかったから、おやっさんカンカンだろうなぁ。なんとかクビにされないようにしねぇと」

「あーあ、たぶんクビだね。私ならそもそも雇わないけど」

「必死に頼み込めばなんとか……」


 頭を悩ませるビルダリクの視界に、きょろきょろともの珍しそうに辺りを見回すフィルルインの姿が入った。


「……どうした?」

「素晴らしい。なんと活気があるところだ」

「ここはまだ大したことないと思うぞ。中心街に行きゃあ、もっと俺好みのとこがたくさんある。まあ、今の時間は大学帰りの奴らも多いから、うざったいくらい人はいるが」

「こんな場所がたくさんあるのか。私の知っている人間の町といえば、ここに比べてのどかなところばかりだ。外敵との戦いの日々に疲れているのか、行き交う人々に暗い影が見え隠れしていた気もする。

 そうだ、キメラがいなくなったとはいえ、ボールズ無しで魔物や竜とまともに戦えているのか?」


「魔物って古臭い呼び方だな。魔物なんてのは、今じゃそれぞれ害獣害鳥害魚害虫って呼ばれて、見つかったらさっさと駆除されるようなもんだ。竜って言われてた獣も、ずっと昔にいたが、血の気の多い命知らずの荒くれ共が、竜から取れる貴重な魔術素材目当てで乱獲して、絶滅しちまったらしい。お前が驚いてるってことは、たぶんこれもすごいことなんだろうな」


 フィルルインは神妙な様子で俯いて、しばらく言葉を発さなかった。


「……昔は、人間の兵たちが魔物との戦いに明け暮れていた。誰もが敬い賢者とまで呼ばれた大魔法使いたちが、どれだけの兵も皆殺しにする存在、竜を討伐するために命を賭けて旅立っていった。

 絶大な力を持つ魔法より、誰でも使える魔術の方が、それほどまでに力となるのか。いや、それもそうだな。ボールズのように、何千何万の人間が、牙を手に入れ襲いかかってくる様はぞっとする」

「ご先祖様は苦労したんだなぁ」

「人間の友もいたが、竜の友もいた。竜は長寿だから、もしかしたらと考えていたが、この様子ではみな死に絶えてしまっただろうな。遠い過去の風景を覚えているのは私だけ、そう考えると、なんだか少し辛い」


 フィルルインは、立ち止まって、悲しげに微笑んだ。


「……一人ぼっちになっちまったのか。――よし、決めた!」


 フィルルインと、かける言葉が見つからずに押し黙っていたリアエレインに比べて、ビルダリクは明るい。


「俺は不老の方法を手に入れる。そんで、ずっと生き続けてやるよ。この先仲違いしても、どれだけ時間が経っても、どっかであの野郎がふんぞり返ってるって思っとけ。むかつくかもしれんが、寂しくはならないだろ」


 側の二人は、茫然と、大口をたたく男を見つめた。


「なんだ、無理って思ってるのか? 俺を誰だと思ってやがる。金属ハイヒールさえ突き抜けた魔術の持ち主だぞ」

「まだ、なんでそんなことになったのかも知らないくせに」


 リアエレインは、呆れて溜息をついた。


「いいや、できる。決着は俺が死ぬその時までだ。そう考えたらなんかいけそうな気がするじゃねぇか。化け物みたいなお前らもいるしな」

「私にも手伝えということか。いいだろう、付き合ってやろうではないか。貴様の一生など、私にとっては一瞬だ。だが、無様な姿を見せるようならば見捨てるぞ」


 フィルルインは、心なしか嬉しげな表情を見せていた。


「まかせとけ。あと、フィルにただで手伝ってもらえるとは思ってねぇ。代わりに、テテさんに会いに行く手伝いをする。会いにこないってんなら、追いかけりゃいいんだ。追いかけてないってことは、それなりの理由がありそうだが」

「追いかける……」


 フィルルインは、迷っているように呟いた。


「……あれの元に行く方法は、父しか知らなかった。それに、テテは顔を見に来ると言っていた。会いに行かずとも……」

「馬鹿野郎。えらい時間待っても会いにこねぇんだろ? 少なくとも二千年、もう十分待ったさ。約束を果たさないことへの文句でもぶつけりゃいい」

「……そうかな」

「そうだ。俺ならぶん殴ってる。これで決まり、俺たち三人一蓮托生だ。これから助け合おうじゃねぇか」

「ちょっと何言ってんの、私も?」


 リアエレインが、慌てて遮った。


「召喚獣役のフィルも忙しくなるだろうに、今のままじゃ何かと困るよなぁ。新しく召喚獣を得なきゃならんが、それでおさらばされちゃ面白くねぇ。対価として、フィルを手伝うってのはどうだ?」


 ビルダリクは、にやりと笑った。


「そうだな。召喚獣とやらは役に立ちそうだ」


 フィルルインも、にやりと笑った。


「……退屈はしなさそうってことで納得してあげる。でも、私だけ付き合わされるってのはフェアじゃない。嫌になったら止めるし、あんたそのときどうなるか、覚悟しとけよ」


 頭を抱えていたリアエレインは、ビルダリクを睨みつけた。ビルダリクは、その厳しい視線に心中冷え冷えとした。


「大丈夫、楽しくなるさ、うん」

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