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第二話

 ビルダリクは、両手持ちの大きな木槌を担いで、砂地の上を歩いていた。照りつける太陽の暑さも気にならないほど、意気揚々としている。砂地は、周囲の遥か先に見える大学施設まで広がっていた。

 ここは、総合魔術大学大演習場だ。危険な魔術実験が行われるときに、被害を抑えるために用意された。ビルダリクは、その大演習場の片隅にある建物に用があった。


「オラァ!」


 魔力で封がかけられた扉を、魔力が籠った木槌で吹き飛ばす。この木槌は、魔術戦士学部からかっぱらってきたものだ。


(やっぱ鍛えとくもんだな。いざというときに役に立つ)


 魔術を使うには、自身に湧き出ている魔力を消費しなければならない。魔力は、魔術の過程の中で様々な性質を持つようになる。この木槌には、使用者の振るう威力に比例して、魔術の防備を破壊する力が増幅していく魔術がかけられていた。

 この建物は、とってつけられたような安普請で、屋内にも目立ったものは一つしかない。


「よし、一発やっとくか!」


 準備体操をするビルダリクの目の前には、ビルダリクほどに大きい、地面に膝をついてうなだれている人形がいた。人形は、全身を黒色と銀色の金属の部品で組み立てられている。顔の部分は耳も鼻も口もない能面だが、目の位置に目を模した帯のような透明な金属があつらえてあり、足ほどに太く長い腕と、巨大なハイヒールのような形をしている足首が、気味の悪い印象をあたえる。

 ビルダリクは、木槌を大きく振りかぶって、人形に力いっぱい叩きつけた。強い衝撃が全身を襲い、木槌が破裂音と共に粉々に弾け飛んだ。痺れる腕を介抱しながら人形を見るが、まったくびくともしていない。


「あーあ、木槌なくなっちまった。こりゃばれたら叱られるな。でも、こうでないと」


 ビルダリクは、悪びれもなく嬉しげに笑った。


「金属ハイヒールが小僧なのか嬢ちゃんなのか、今確かめてやるからな」


 人形は、学生たちから金属ハイヒールと呼ばれていた。総合魔術大学の由来は、正式に魔術の研究機関からの派生だったと認められているが、何の研究をしていたのかは明らかにされていない。しかし、代々学生たちの間の噂として、金属ハイヒールを研究していたのだと語り継がれてきた。大学設立以前からこの場所にこの姿でおり、動力が生きていることはわかっているが、傷をつけられず、動かすことさえできないため、研究は廃れてしまったとされる。今では、趣味で好き者がいじるか、時々悪ガキが侵入して力試しを行うくらいだ。


「秘薬並の料理なら何かしら起こるだろ。……しっかし、口がないんじゃ食わせられないよなぁ」


 ビルダリクは、体の隅々を調べたが、わずかな隙間が見られるだけだった。


「仕方ねぇ、隙間に流し込むか」


 ビルダリクは、持ってきた水筒に液体の魔術媒体を混ぜた。水筒の水はみるみる紺色に変わっていき、鼻をつく臭いが辺りを漂い始めた。そして、金属ハイヒールのありとあらゆる隙間に、どぼどぼと液体を流し込んだ。


「よっしゃ、いける!」


 流し込んでいる途中、突然、金属ハイヒールがぴくりと反応した。それまで置き物のように微動だにしなかったものが、生き物のように動いた姿は、ビルダリクを興奮させた。

 金属ハイヒールは、次第にガタガタと震え始めた。帯の目に緑色の光が浮かび上がり、のっそりと立ち上がる。


「……臭い、臭いぞ!」


 金属ハイヒールがあまりに人間臭い口調で、その上少女のような幼い声色で喋ったので、ビルダリクは不意を突かれた思いで笑い転げた。


「貴様がやったのか! 何をした!」

「おう、俺がやった! 極上のスープを食わせてやったんだよ」

「こんな物がスープなどと嘘をつくな! いや、その前に、食わせたのではなく浴びせたのだろう!」


 金属ハイヒールは、ビルダリクが差し出した水筒を手に取り、地面に叩きつけた。ビルダリクは、その人間臭い仕草に、また腹を抱えて笑った。


「いや、まさか本当にお嬢ちゃんだったとはなぁ」

「私は貴様など赤子にもなっていない頃から生きておるわ! ……今は何暦何年だ?」

「知らないのか? 東暦二千十一年だ」

「東暦? 知らない暦だな。……そんなに眠っていたのか」

「知らないって、いったいお前は何歳だよ」


 ビルダリクは、呆れて笑みを潜めた。


「……わからんが、年寄り、だということだ。……それにしても、臭いな。……どうやって、私を、目覚めさせた」


 金属ハイヒールの目の光が弱々しくなり、声が疲れを帯びているように小さくなっていった。


「おいおい、せっかく目覚めたのにもう寝ちまうのか。俺の料理は秘薬並に効果抜群らしいから、それで調子よくなったんだろうよ。心配すんな、いくらでも作れるから、また流し込んでやるよ」

「……酷い奴だ。……畜生が……」


 それっきり、金属ハイヒールは動かなくなった。


(ほんとに上手くいくとは儲けもんだな。これで退屈な日々ともおさらばできるかもしれん)


 満面の笑みを浮かべたビルダリクは、屋外に出て空を見ると、日が傾き始めているのを見た。十分な成果にうきうきしながら大演習場を歩いていると、離れた場所にいる人影に気づいた。


(ありゃあ、ヒステリアじゃねぇか)


 あだ名をヒステリア、本名をリアエレインという十八歳の女性は、思いつめた様子で立ちつくしていた。まだ幼さの残る顔立ちはビルダリクの好みではなかったが、すらっとした長身に白い肌、長い赤毛の髪を風になびかせて、何かに想いを馳せるように空を見上げている姿は、綺麗に映える絵になると思わせた。ビルダリクの視線に気づいたのか、一瞥して足早に去っていった。


(可哀想なやつだよなぁ。将来有望だったのに)


 リアエレインは入学当初、教官たちから特別に目をかけられるほど、召喚魔術に才能があった。しかし、ビルダリクと同じように、実技訓練の段階になって問題が発覚した。幸か不幸か、才能が大きすぎたのだ。召喚儀式の途中で、教官がその異常さに気づいて中止させていなければ、誰も太刀打ちできないほど強力な召喚獣が現れていたという結論が出された。召喚獣は、力で従わせるか説得して、契約しなければ扱えない。あまりに危険だと教官たちに判断されたリアエレインは、召喚魔術を禁じられた。

 その後、他の学部に移るために色々試したが、何をやってもてんで駄目だった。これが好機と、リアエレインの待遇に不満を抱いていた一部の学生たちは、落ちぶれたリアエレインを事あるごとに馬鹿にしておとしめた。しかし、リアエレインは一歩も引かずに言い争い、時には取っ組み合いの喧嘩に発展したこともある。そして、怒っている姿が目立つことから、いつの間にかヒステリアと呼ばれるようになった。ビルダリクも、リアエレインが立ち向かう姿を目にしたことがあったので、思いつめている様子は意外だった。


(教官共でも太刀打ちできない召喚獣か。……こりゃいい)


 ビルダリクは、にやりと笑って歩いていった。


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