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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 願いとシミュレーション
7/60

07 五つの超幸運とその傾向についての確認

「なあ、なんでメール返してくれないんだよ」

 想がこんな文句を言うと、四谷はいつも通りの表情のない顔でしれっと答えた。

「メールでできるのは、叶えたい願いがある時もしくは質問がある時にわたしを呼び出すことだけだ。場所と、時間の指定を送ってくれればそこへ向かう。質問や願いをメールで送られても、それについての返信はできない」

「まわりくどいな」


 放課後の教室は今日も二人きりだ。

 他のクラスメイトたちは既に去り、部活に、恋に、バイトに、はたまた適度な遊びに興じている。


 今日は雨が降っていて、いつもなら校庭から聞こえてくる野球部の声はしない。

 静かな雨音が響く薄暗い教室で、しばらくの沈黙の後に想は口を開いた。

「確認したいんだけど、聞いていいか?」

「もちろん」

「なんにでも答えるんだよな」

「契約者には真実のみを述べる。ただし、なんらかの問題をはらんでいる場合には事前に確認を求める」


  ――うっかり死んじゃう場合とかな。


 ふんっと強く鼻から息を吐いて、想は四谷の顔をまっすぐに見つめた。

「なんで願いを口に出す必要があるんだ? 心が読めるんだろ?」

「人間とは不思議なもので、頭の中に考えがあっても、肉体が思考と違う行動をとる場合がある。思考がイコール願いとは限らないので、必ず口に出して願いを言ってもらっている」

「ふうん」


 例えば火の海の中に大切な人だとかものだとかがあって、死ぬかもしれないとわかっているのに入ってしまうとか。

 大型トラックに子犬が轢かれそうになっているところに飛び込むとか。

 映画やマンガなんかでよくあるパターンが、超幸運の言う思考と行動の矛盾にあたるのだろう。

 現実にも、そういうことをする人間はゼロではないと、想は考える。自分では決してしないだろうとも思っているが。


「即座に願いを叶える場合と、そうじゃない場合の違いは?」

 仲島への制裁と、自分に待つ死の運命を避ける願いは即座に叶えられた。事前の確認とやらは特になかったはずだ。

「願いが命令形で言われた場合、そして大きく運命に関わる悪い選択肢がない場合にはすぐに叶えるようになっている」

「命令形?」

「仲島廉に対する対応を変えさせる願いの時には『やめさせてくれよ』と、先日の特殊な事例の回避の願いの時には『回避してくれ』と、諌山想は言った」


  ――口調だけで即、実行かよ。


「案外単純なんだな」

「ルールは単純であるべきだ」

「……まあ、そうかもな。じゃあ俺は口調に気をつけるようにするわ」


 四谷は相変わらずの大真面目な顔だ。暗い教室の中に浮かぶ青白い顔はなんだかやっぱりどこか人間らしからぬ雰囲気に満ちている。

 そんなクラスメイトに向けて、想はこんな思いつきを口にした。

「焼きそばパン買ってきてくれ」

「諌山想、それは願いではなく、ただの命令だ。われわれは願いを叶えるが、単純な命令には従わない」

「ああ、そう」


  ――ダメなんだ。


 単純にパシリにするのは無理だったらしい。あの真剣な顔で「予算とどこのメーカーのものにするのかを指定してくれ」なんて言いだすかと思いきや、違っていた。


  ――じゃあ次だな。


「俺が死にたいって言ったら、その願いは叶う?」

「われわれとしては残念極まりないが、契約者が心からそれを望んでいる場合には叶える」

「心の底から望んでいない願いは叶えない?」

「人がひとり死ぬというのは多くの運命に関わる出来事なので、軽々しく扱うことはできない。わたしの場合、止むを得ないと判断した時のみ、周囲の人間への影響がなるべく少ない形で叶えるようにしている」

「なんだよそれ」

 人は毎日そこらじゅうで死んでいる。その中に一人ちょっと加わるくらい、一体どう大変だというのだろう。

 少年はそう考え、ふと、四谷の言葉の中の違和感に気がついた。

「わたしの場合、ってなんだ?」

「言葉の通りだ。諌山想が死にたいと願った場合には、わたしは本人が本気で思っているのか判断し、周囲への影響をなるべく」

「いやいやいや。違う。いつもはわれわれって言うのに、なんで今回は『わたし』って言ってる?」


 窓の外では雨が激しさを増し、黒い雲に遮られて、ほとんど明かりがさしこんでこなくなっていた。

 暗くなった教室の中に、白い顔だけがぼうっと浮かんでいるようで、四谷の醸し出す不気味さも少し増している。


「われわれ『超幸運』は全部で五つ。みな選ばれた契約者の願いを叶えるし持つ力は同等だが、それぞれの考え方や方針は少しずつ違う。わたしでない『超幸運』と契約していた場合、死を望めば即座に叶えるものもあるし、決して叶えないものもある」

「はあ。……そうなんだ。どんくらいの差があるの」

 想の気軽な質問に、四谷の動きがピタリと止まった。

「なんかたまにピターっと止まるけど。言いにくい場合はそうなるわけ?」

「そうではない。われわれ『超幸運』は地球上に五つ。名はないので、便宜上一から五までの数字、もしくはそれぞれに与えられた色で呼ばれている。一は白で、独自にルールを設けており願いの審査を最も厳しくしている。二は赤、三は緑、四はわたしで黒、この三つは願いを叶える際になるべく他の人間への影響を少なくするようにしている。五は金で、なんでもありだ。ルールはなしですべての願いを叶える」

 この説明に、想は珍しく、少しだけ心を躍らせた。

「すげえな、金。さすがゴールドだな。チェンジは? OK?」

「それはできない」

「やっぱり? ……じゃあ、金に当たった奴ってすごいんだな。どんな願いを叶えた?」

「金にルールは存在しない。どんな願いも叶えるかわりに、契約者の安全も一切保障しない」

 珍しく質問をスルーしてきた「黒」に想は思わず苦笑している。

「なんだよ、お前。自分がすごく親切みたいな言い方しやがって」

 四谷はいつも通り、至極大真面目な顔だ。

「われわれは人間の願いを叶える。それは契約者のためだが、巻き込んだ他の人間にも幸運を与えるようにすべきだとわたしは考えており、まわりくどいと思われるかもしれないがなるべく良い結果を多くの人間にもたらすために小さな偶然を引き寄せるというやり方をしている」

「……もしかしてホントはできるのか? 最初はできないって言ってた、空を飛ぶとか、瞬間移動とか」

「もちろんだ。しかしそんなことをしても契約者の不利になる要素の方が多い」

「だからやらない、ね」


 ここまで聞いて、少年は暗い空を見上げながら考えた。

 確かに、いきなり男子高校生が空を飛んでいたら……、おかしい。

 最悪おかしな連中に捕まって解剖されてしまうかもしれない。


「じゃあ例えば、今からすげえカッコイイ男前に顔を変えてくれ、なんて言っても叶えないんだな」

「もちろんだ」

「できるのに?」

「できるがやらない。諌山想が諌山想である証明が難しくなり、不利益が生じると考えられるからだ」

「ははは」

 大きく声をあげて、想は笑った。

「お前面白いな」

 遠くではゴロゴロと雷の音がしている。

「ひさびさに笑わせてもらったよ」

「楽しい気分になってもらえてなによりだ」

「今どこに住んでんの? まさか俺ん家の近く?」

「諌山想の住んでいるマンションの向かい、エスポワール東録戸の一〇三号室に住んでいる」

 名前から感じる響きとは正反対のオンボロアパートの名前が出てきて、想はまた笑った。

 窓の外が光り、轟音が少し遅れて響く。教室の中に響く愉快そうな笑い声には似合わない大荒れの天気になってしまっているようだ。

「俺、今日傘がないんだよ。この天気をなんとかしてくれ」

「お前の願いを叶えよう。この願いは今から九分二十八秒後に叶えられる」


 その時間通りに雨雲は去り、想はスニーカーの底を濡らしながら家へと続く道を歩いた。

 当然のように、四谷がその少し後ろをついてくる。

「ご近所さんと一緒にお帰りか?」

「離れていろと命令がない限り、『超幸運』は契約者となるべく近い位置に備える」

「もしかして俺に気があるとかそういう気持ち悪い展開はないよな」

「ない」

 簡潔な返事に少年はふっと笑う。

 

 二人は前後に並んで同じ速度で歩き、それぞれの家の前で別れて自宅へと戻った。

 

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