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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 超幸運と契約者を待っていた結末
57/60

57 アゲイン 3

「あのねえ、そーちゃんと、婚約しようって話をしたでしょ?」


 実際には婚約に至る可能性はゼロだったので、この表現は間違っている。

 周囲にあまり聞かれたくない単語が含まれた果林のセリフに、想はつい、隣の席の客の様子を窺ってしまう。


「だけど、そーちゃんにダメって言われたからね」

「まあな」

「それに、かりんはダメだって言ったから」

「うん?」


 目の前の二十二歳のお姉さんがなにを言わんとしているのか、想には百パーセント理解できない。

 本人以外の人類にはきっとわからない言葉で、果林は話し続ける。


「それでね、かりん、いっぱい考えたんだよ。そーちゃんが言ってたから。かりんにだってできることがあるし、そーちゃんよりもかっこいい王子様がいつか現れるって」


  ――そんな言い方したっけか。


 二年も前のアンニュイな午後の会話を、一言一句覚えていない。

 果林の解釈がどうだったのか、今は黙って聞くしかなかった。


「でねえ、かりんは、小さい子が好きだなあって思ったの。そーちゃんとかりんが結婚したら、可愛い赤ちゃんが生まれるでしょう? そう考えたらね、小さい子って可愛いなあって思ってね」

「途中に随分な飛躍がないか?」

「そーちゃんはちょっと怖い顔してるけど、かりんのほわーんてした感じと半分こになったら、とっても可愛いと思うんだあ。それで、女の子だったらプリンセスになって、男の子だったらサッカーするといいかなって」


  ――ついていけん。


 料理が運ばれてくるまでの十分間、果林の脱線は続いた。

 子供たちがどのような人生を辿るのか、幼少の頃から丁寧に語られ、中学に入学する頃にやっと二人の前にランチが届く。


 それで我に返ったのか、果林の表情がぱあっと明るく輝いて、話は唐突に終わった。


「だから、保育士になろうって思ったの!」

「そうか」

「ちょうどね、パパから連絡があったんだ。それで引っ越さなきゃいけなくて」

「え?」

「でね、そこから色々あって、コーソツニンテー受けることになったんだよお」

「そこははしょるんだな」


 果林はにこにこと笑って、パスタにフォークを突き刺してくるくる回し始めた。

 事情がわかったようでわからないでいる想も、ハンバーグにナイフを入れる。


「今は親父さんと暮らしてんのか」

「違うよ。パパと一緒に暮らすのはダメなんだあ。サッチが手伝ってくれて、今はヨウスケ君と暮らしてるの」


 今日何個目かわからない疑問が、青年の心の中にまた貯まる。


「あ、そうなんだった。あのねえ、かりん、今はヨウスケ君とラブラブなんだ。だからもうそーちゃんと結婚はできません。本当にごめんなさい」

「問題ありませんけど」

「そーちゃんは今なにしてるの? 子育て?」

「あいつらは俺の子供じゃないって言ってるだろ? 大学通ってるよ、普通に」

「え、大学? 大学ってすごいよ。だって、高校卒業しないと入れないよね!」

「試験に受かれば、お前だって行けるぜ」


  ――受かればだけどね。


 そこから今度は、果林とヨウスケ君ののろけ話が始まってしまった。

 食事が終わって皿が空になり、追加のデザートを頼んでもトークはまだまだ続く。

 想の顔にうんざりムードが漂っていても、気がついているのかいないのか、おかまいなしにどんどん続いた。


「よっぽどいい男なんだな、ヨウスケ君は」

「うん、そうなんだよお。ヨウスケ君はね、居酒屋さんとバイクのお店でアルバイトしてるの。将来は、自分のお店を持つんだって! それでね、資金がしっかり貯まったら、かりんと森の小さな教会で結婚式を挙げるのが夢なんだって言っててね、それでえ」


  ――うぜえ!


 なにが「森の小さな教会だよ」という表情もなんのその。


「しかもねえ、ヨウスケ君はそーちゃんの言ったとおり、ジェントルメンなんだよ。一緒にご飯食べた後も、全然。チューもしなかったもん」

「普通だろ、それ」

「そーちゃんみたいに大学には行ってないから、もしかしたら頭はそーちゃんの方がいいかも。でも、顔はヨウスケ君の方がかっこいいし、背も高いし、力持ちだよ。お酒も強いんだー。しかもね、車の運転もできるの」


  ――しらねえよ。



 今はムカつきの方が優勢になってきているが、今日会ってから感じていたのは、果林が幸せに暮らしていたことへの安堵だった。

 今のこの様子を見る限り、悪い男に騙されてロクでもない仕事に就かされていたり、搾取を受けたりはしていないと思える。

 あくまで果林の基準ではあるが、付き合っている男は「紳士」らしい。


  ――この場合、いつ願いが叶った扱いになるんだろうな?


 そんな疑問が浮かんできて、想はふっと笑った。


 今、黒の超幸運はどこにいるのだろう。

 どこかで自分たちを見守っているのだろうか。

 バカ丸出しの会話を聞いて、満足そうに笑っているだろうか?


「あのねえ、そーちゃん」

 急におしゃべりが止まって、果林の表情が引き締まる。

「ん?」

「かりんね、思うんだ。あの時そーちゃんに、かりんにもできることがあるよって言われたから、今こうしてハッピーなんだって」

「そうか?」

「そうだよ。引越してからバイト色々探してた時にね」


 デザートに頼んだモンブランはとっくに食べ終わって、下に敷かれた薄い紙だけが皿の上に残っている。

 それを指先でくるくると巻きながら、果林は下を向いたまま話し続けた。


「コンビニとか、工場とか、今まではそういうところで働いてたの。そういうところじゃないと、難しくてできないって思ってたから。だけど、そーちゃんの言ってたことを思い出して、今度は居酒屋にしてみたんだよ」


 思いっきり、盛大にずっこけそうになる気持ちを想はぐっと抑えた。


  ――うぐぐ


 果林は真剣な顔だ。

 まだ語りは終わっていないので、笑いをこらえながら、続きに耳を傾ける。


「そしたら、ヨウスケ君と会ったの。一緒に働いてて、仲良くなって、それで、かりんもできる仕事があったらいいなあって話したら、コーソツナントカ試験を教えてくれて」

「ああ」


  ――そういう流れか。


「ヨウスケ君は高校途中で辞めちゃったから、試験受けるんだって。かりんも一緒に頑張ろうよって言ってくれて」

「そうか」

「それで、保育園でアルバイト募集してたよって教えてくれたの。資格がなくても働けるし、どんな仕事か自分で体験した方がきっといいよって」


 果林が顔をあげて、にっこりと微笑む。

 幸せに満ちた笑顔から、青年は目を離せない。


「全部そーちゃんのおかげなんだよ。そーちゃんと出会ってから、いっぱい優しくしてもらって、たくさん褒めてもらって、それで、今すごくハッピーなの」


 優しくした覚えも。

 褒めた覚えも。

 どちらも身に覚えがない。


「俺のおかげじゃねえよ」

「そーちゃんのおかげだよう」

「……四谷、覚えてるだろ?」

「四谷君? うん。かっこいい兄弟の、四谷君だよね。お隣の」

「ああ」


 言葉が止まる。

 次のセリフを言っていいのか、胸のうちで躊躇う。


「あいつのおかげなんだ……。あいつは、人間じゃなくてさ」

「えー?」


 しかしその逡巡も一瞬だけだった。


 申し訳ない気持ちが後ろ髪を引いている。

 それを笑顔で振り払うと、想は言葉を続けた。


「特別な力で、俺とお前を幸せにしてくれたんだ」


  ――これでお別れか。


 昼食を終えた客たちが次々と出て行く、ラッシュを過ぎた時間帯のファミリーレストラン。

 想の向かいには、きょとんとした顔の果林が座っている。


  ――ごめんな、四谷。


 そこにぬうっと大きな影が現れて、保育士見習いの電波系二十二歳の肩を叩いた。


「かりんちゃん」

「あ! ヨウスケ君!」


  ――ええーっ!?


 白いスウェットの上下に、黒く焼けた肌。首には金色のネックレスが光っている。

 細く剃られた眉に最近そこいらじゃ見かけないリーゼントというスタイル。

 スラっと長身、ちょっと強面の「ヨウスケ君」の全貌に、想の口から乾いた笑いが漏れていく。


  ――チンピラ丸出しじゃねーの!


「あなたがそーちゃんさん?」

「……はい、まあ」

「かりんちゃんが随分、お世話になったそうで」

 おっかない顔に似合わぬ、丁寧なお辞儀でリーゼントが想の眼前を掠める。


  ――あ、いい人なのね?


「俺とかりんちゃんを出会わせてくれた恋のキューピットだって聞いてます」


  ――うぐぐ


「いつか結婚する時には、是非、ナコードをお願いしたいっす!」


  ――イヤだよ!


 こんな素直なセリフで即答するできるムードではなく、青年はやむなく、こう答えた。


「ああ、はい。僕でいいのなら」

「あざーっす!」

「あははっ! そーちゃん、あざーっす!」


 果林は敬礼のポーズをとって、立ち上がり、彼氏にぴったりと寄り添って笑う。


「そーちゃん、遼ちゃんと彰ちゃんのお迎えに来てね。かりん、待ってるから!」


 可愛いかりんちゃんの台詞に、ヨウスケ君は眉間に皺を寄せている。


「そーちゃんさん、キューピットには感謝してますけど、かりんちゃんに手ぇ出したら許さねえですよ」

「それはないんで」

「そうだよ。そーちゃんはねえ、外国人の子が好きなんだよ。金髪の、おっぱい大きい子がいいの」

「はあ、金髪ですか。はは、そーちゃんさん、案外やりますね」


  ――うるせえ!


 じゃあね、と手を振って二人が去っていくのを、想はぼんやりと見送った。

 果林との会話だけでも脳が通常の五倍は疲れるのに、同じ周波数の彼氏までついてきてはお手上げだ。


 テーブルの上に置かれた水を口にしたところで、伝票が丸々残っているのが目に入った。


  ――ここ、俺の奢りか?


 将来の仲人相手にやってくれるじゃねえかと思いつつ、ふんと笑って想は立ち上がった。



 周囲のテーブルのどこかに青白い、大真面目な顔の誰かがいないか見渡してみたが、それらしい人物は見つからなかった。

 

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