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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 超幸運と契約者を待っていた結末
55/60

55 アゲイン 1

「ただいまー」


 扉を開けるとすぐに、パタパタと騒がしい足音が近づいてきた。

 廊下を二人の弟が勢いよく駆けて来て、きゃっきゃと兄の帰宅を歓迎する儀式を始めている。


「おかえりー」

「おかえりー」

「おう」


 目つきのよくない顔を優しそうな形に変えて、青年は並んだ小さな頭を両手で撫でた。


「おみやげー?」

「ないよ」


 そっけない答えで、あっさりと儀式は終わる。

 それにふふんと笑って、想は弟たちの後を追ってリビングへ入った。


「おかえり、想」


 やんちゃな双子の二歳の男児。あれもイヤ、これもイヤの悪魔のような時期の子育てにくたびれ果てて、母はげっそりと座り込んでいる。


「お疲れ」

「ありがと……」



 超幸運と別れたあの日から、二年が経とうとしていた。

 今はどんな姿をしているのか、果林がどうしているのか、想にはわからない。

 時には頼ってみようかと考える日もあったが、結局黒の超幸運の呼び出しはないまま時が過ぎていた。


 バブバブの弟たちの世話を手伝い、仲島からの熱い友情に応え、とりあえず大学くらいは出ておこうと学生の本分にも精を出す日々。

 高校を無事に卒業し、仲島家の家庭教師効果で希望の大学にも入学出来て、現在、諌山想は花の大学一年生。明日からは初めての夏休みが始まる。


 弟たちと歩くと「若いパパ」だと勘違いされるが、それ以外はごくノーマルで、ど健全な人生を歩んでいた。



「ねえ、想」

「なに?」


 二歳児の夜は早い。日中思う存分二人で暴れ回った弟たちはあっさりと寝付いて、午後八時、母と長男は優雅なコーヒータイムを過ごしていた。


「また働こうと思うんだ」

「……そう」

 

 息子の穏やかな返事になぜか眉をひそめて、母は首を傾げている。


「いいかしら?」

「いいもなにも、もう決めてるんだろ?」

「お見通しなのね」


  ――まーね。


 むしろここまで、よく二年も耐えたものだと想は思っていた。

 双子の育児なんて無理、とすぐに投げ出すのではないか、その際には自分がなんとか弟たちをまともに育ててやろうと考えていたくらいだ。


「あのねえ、この間、昔の取引先の人とばったり会っちゃってね。働くお母さんのための事業がなにか出来ないかと思って、話してたらいろいろ、いいアイディアが生まれちゃって」

「いいんじゃねーの。親父にはもう話した?」

「うん」

 

  ――働く方が性に合ってるんだろうなあ。


 自身が感じた寂しさを思い起こせば、やめて欲しいと思う気持ちも勿論ある。

 心の底にこびりついた寂しい日々の思い出は、きっと一生、払拭されることはないだろう。

 そう思っているのに不思議と、今は母親を送り出してやりたい気持ちがあった。


  ――俺も大人になったもんだ。


「でも前よりもずっと時間も短くするから。休みとかも、融通がきく職場にするつもりよ。なんてったって、ママによるママのための仕事なんだからね!」

「はいはい」

「それに、想もいるわけだし」


  ――やっぱりねー。


 大学生という、時間に融通がききそうな自分に色々と役目がまわってくるだろうな、という覚悟も既にできていた。

 とはいえ、あまり簡単に使われるのも癪で、冷たい視線で牽制してみたりもする。


「頼りにしちゃダメかしら?」

「俺だって休みの間、バイトあるんだけど」

「仲島君のところででしょう?」

「だからって簡単に休んだり帰ったりできねえよ」

「まあ、お父さんと三人でなんとか調整して、ね」


  ――ね、じゃねーだろ。


 図々しいね、と呟きながらコーヒーを口に運ぶ。


 視線を逸らすと、リビングの端にミニカーがひとつ取り残されているのが見えた。

 弟たちのおもちゃが成長とともにどんどん増えて、毎日片づけているはずなのに、赤や青や黄色のやかましい色合いが必ずどこかに落ちている。


「ちょうどね、近くに保育園が新設されるのよ」

「へえ。でも、そんなのすぐに入れんの?」

「もう申し込んでたんだ」

「なんだよ……」


 てへっと笑う母に、息子は思わず舌打ちをしてしまう。


  ――ちゃっかりしてんなー!


「来週から慣らし保育が始まるから」

「展開が速いんじゃないの?」

「ダメかしら」

「……別に。ダメじゃないけど」


 こうなればもう反対しても無駄だと、この十九年の人生でわかっていた。


 夏休みが始まり、生活のリズムが大きく変わる。

 朝からドタバタと弟たちの準備を手伝い、送り出す。ついでに自分も慣れない仕事へと出かける。

 職場は家からバスや電車を乗り継いで一時間。仲島グループのひとつである、とある会社で、ボンボンとともにお仕事体験をすると決まっていた。


「お前の正体って、他の人は知ってんの?」

「いや、社長以外には伏せてあるよ」

「へえ」

 

  ――ありえねえ世界だわな。


 お坊ちゃまと共に迎えた昼休み。

 いつかグループのトップに立つ跡継ぎが、小さな事務所で雑用をしているなんて。

 マンガのようなシチュエーションに、想は缶コーヒーを片手にふふんと笑った。


「ねえねえ、諌山君は、彼女はできたのかい?」

「できるわけねえだろ」

「そうかなあ。諌山君はぱっと見た感じはちょっととっつきにくそうだけど、本当はすごく優しいとかそういうタイプでしょう?」


  ――そういうタイプでしょう? じゃねーよ!


「お前はどうなんだよ」


 想よりも立派で有名な大学へ進んでいるお坊ちゃまのキャンパスライフはどうなっているのか。

 親友からのプライベートへの初めてのツッコミに、仲島は笑顔を浮かべている。


「嬉しいなあ、諌山君にとうとう、そんなことを聞かれた気がするよ!」

「そうか?」

「うん! そして僕もいまだに彼女なしだよ!」


  ――なに喜んでんだか。


「なかなか笑いのセンスが合う人もいなくてねえ」

「センス悪いもんな、お前」

「あう」


 友人のおかげですっかりリラックスして、仕事へ戻る。

 カッチリとした会社で働くのは初めてで、時間がいつもよりゆっくりと流れていくような感覚の中、一日を過ごしていく。

 たいした仕事もしていないのに終わった頃にはすっかりくたびれ果てて、帰宅のラッシュが始まりかけている電車に揺られて、想は帰った。


 家では慣れない場所に預けられた双子もご機嫌斜めの状態だ。

「そー!」

「そー!」

 揃って兄の足に甘えてくる弟たちの頭を撫でて、青年もやれやれとソファに腰を下ろした。

「お疲れ様、想」

「ホント疲れたわ」


 肩を拳で叩いて、帰りがけに買った清涼飲料水のボトルを開ける。シュワシュワと口の中で炭酸が弾けて、一日で溜め込んだ緊張感がようやく解けていったような気がした。


「社会人って大変なんだな」

「ふふ」


 息子の呟きに、母が少しだけ笑う。


  ――ようやく思い知ったか、とか考えてんのかな?


 頭をぽりぽりと掻いて、意味深な笑いをやり過ごし、シャワーを浴びてくるよと想は立ち上がった。


  ――なんだかもう、すっかり好青年になっちゃってるな、俺。


 もしかしたら、終わっていたかもしれない人生。

 熱いシャワーにうたれながら、今の平穏で身の丈にあった生活を思う。


  ――最悪、俺が超幸運になっちゃってたかもしれないよな。


 ふふっと笑って、目を閉じる。

 人生の相棒、黒の超幸運は今、どこでどんな姿をしているだろう。


 日々の中で、時折思い出す。

 きっと今も、長髪の美形男子の体を選んでいるに違いない。

 青白い顔で、座る時には正座をするんだろう。

 いつでも大真面目な顔で、堅苦しい話し方をしているはずだ。


 ちょっとケチくさくて、時々お茶目な「彼」をこんな風に思い出しては、胸にしまう。

 

 契約者から呼び出されないままほったらかされて、すねているだろうか。


『諌山想、新しい願いを考えておいて欲しい』


 そんな声が頭に聞こえた気がして、青年はまたほんの少し笑うとシャワーを止めた。



 月曜から金曜まで、社会人の予行演習は続く。

 小さな弟たちも世間へ投げ出され、諌山家の三兄弟は毎日ヘトヘトになって帰る日々を過ごしていた。

 

  ――新生活のスタートは春で正解だな。


 夏からスタートではみんな早々にバテてしまうに違いない。

 そんな風に考えながら汗だくで通勤し、仕事に励む。


 お盆休みが近づいてきたある日、とうとう、いつか来るであろうと思っていた「母からのメール」が届いた。


 眉間に皺を寄せてそれを眺める想に、仲島が声をかける。


「どうしたんだい諌山君、そんな顔をして。なにかあったのかい?」

「……保育園のお迎えに行ってくれってよ」

「お迎え? ああ、弟君たちの。良かったら車を出そうか」


  ――ロールスロールが来たら最高だな。


 自分のそんな考えに、不覚にも笑ってしまう。


「いや、いいよ。あいつらにそんな贅沢を覚えさせるわけにはいかない」

「別にいいじゃないか」

「駄目だ。あんなの、二歳にはまだ早すぎるぜ」


 自分はきっと生まれた頃から乗っていたであろうお坊ちゃまは微妙な顔をしていたが、それには構わず、この日の仕事を終えると想は電車に乗り込み、バスに乗り換えて家から徒歩十五分の新しい保育園へと向かった。


 出来立ての保育園は、商店街のビルの中にあった。

 出入り口で、何組かのお迎えを済ませた親子とすれ違ったので、場所に間違いはないだろうと思えた。

 迷わなかったのは良かったが、初めての体験にはやはり、緊張がある。


 エレベーターで上がっていくと、扉が開いてすぐのところに保育園はあった。

 入り口には保育士であろう女性が立っていて、青年はぺこりと頭を下げる。


「ああ、遼君と彰君の。パパさんですか?」

「いえ、兄です」


 ああ、そうなんだあ、という明るい返事を聞きながら、想は部屋の中を眺めた。


「パパにしては随分若いと思いました」

「……よく言われます」


 そしてお兄さんにしては随分年上ですねなんて台詞は、良識ある大人は言わないようになっている。


 お兄ちゃんが迎えに来たわよ、という声の後に嬉しそうな弟たちの嬌声が続いて、この日の青年の仕事はようやく終わった。

 

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