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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 超幸運と契約者を待っていた結末
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54 諌山想の「最後の願い」 3

 お迎えにきたリムジンに乗り込む仲島に、想は小さく手を挙げて見送っていた。


「また遊びに来ていいかな、諌山君」

「いいけど、せまっ苦しいんじゃねえか?」

「とんでもない。割と落ち着くものだなって思ったよ」


  ――割とね。


 お坊ちゃまの発言にふふんと笑い、軽く手を振る。

 将来の上司に内定した親友は、満面の笑みを浮かべて去って行った。


 そのまま、想は歩き出した。

 ここのところずっと落ち着かなかったし、昨日から今日にかけて、家族が増えてバタバタの二日間だった。

 覚悟はしていたものの、夜中に何度も弟たちの泣き声が聞こえてきてよく眠れなかった。

 頭をスッキリさせたくて、夕方、暑さが和らいできたオレンジ色の町をブラブラと彷徨う。


 すぐ前に行きつけのコンビニが見えてきて、コーヒーでも買っていくかと思った少年に、声がかかった。


「あ、そーちゃんの人!」


 その呼び方に顔をしかめて振り返ると、コンビニと隣の店舗の間の路地から、見覚えのある若い男が姿を現していた。


「えーと」

「加藤です。ここのバイトの!」

「ああ」


 汗だくの加藤君は人の良さそうな顔に笑みを浮かべて、想にこう問いかけた。


「そーちゃんさんは、かりんさんの連絡先って知ってます?」

「いや……しらねえけど。家なら、すぐそこだぜ」

「そこ? いや、かりんさん引っ越しちゃったんですよ。しらないんスか?」


 果林に負けないくらいアホそうな話し方の加藤君は一体何歳なのだろう。

 彼の話し方にそんな疑問を感じつつ、「引っ越しちゃった」の意味をかみしめる。


「で、忘れ物があったんスよね。たいしたものじゃないんスけど、勝手に捨てたら悪いかなって思って」

 

 台詞から察するに、バイトも辞めて、完全に去って行ったと考えるべきなのだろう。

 心の中に細く冷たい風がひゅうっと、吹き抜けていくような感覚があった。


「携帯とかは? 持ってんじゃねえの?」

「そーなんスよ。履歴書みたら書いてあったんですけど、なんでかもう通じないんスよね。確かプリペイドのヤツ使ってるとか、そんな風に言ってた気もするんスけど」


 ずっと不思議に思っていた。

 散々王子様を慕っていた割には、メールアドレスや各種アカウントなどを教えろだのなんだの、そういったことは一度も言われていない。

 携帯電話なんてみんな持っていて当たり前だし、本人が多少アホでもメッセージを送るくらいはできるはずで。

 果林ならアドレスを教えたが最後、朝から晩までバカ丸出しの伝言やスタンプなんかを延々と送りつけてきそうなものなのに。


「そーちゃんさんも知らないならお手上げかなあ? まあ、髪につける、ススってヤツだし、いいスかね?」


  ――シュシュだろ。


 そんなツッコミはどうでもいいので、口には出さない。

 それよりも、「突然去った理由」はなんなのだろう。


「バイト、辞めたの? あいつ」

「そうっスよ。先月のはじめくらいに。なんでも、リッシンシュッセするんだって言ってました」

「立身出世?」


 きっと、本当は違う単語を言いたかったのだろう。

 既成事実やエントロピーと同じ間違い方。


  ――心機一転、とかかな……。


 最後に果林に会ったのは、婚約をどうするかの話し合いをしたあの日だ。

 王子様への思いを諦めようとしていた。

 

  ――なにか始めてみたらいいって、確かに言ったけど。


 ついでに額をスパーンと叩いたことも思い出して、想は顔をしかめた。


  ―― 一念発起してみたとか?


 恋を諦め、自分にできるなにかを探すために、環境を変えてみたのかもしれない。


  ――じゃあ、立身出世も間違いではないのかな。


「すいません、そーちゃんさん。引き留めちゃって」

「ん? いや、別に」

「暑いッスねー。今、ドリンクフェアーやってますんで、良かったら寄ってって下さい」


 じゃあ、と手を挙げる加藤君に曖昧に頷き、少し迷ってから冷たいコーヒーを買うと、少年は再び歩き出した。



 いつものように扉が、その前に立っただけで開く。


「想、いらっしゃい」

「おう」


 金色の髪をふわふわ揺らしながら歩く、すっかり可愛くなった黒の超幸運に招かれて部屋の中へと入る。しかしくるりと振り返ればもう、ラブリーモードは終了だ。


「新しい願いか質問ができたのだろうか、諌山想」

「……そうだな」


 高級そうな家具の並ぶリビングで、想はソファにゆっくりと腰を下ろした。

 アシュレイも、その隣に座る。


「果林はどこに行った?」

「少し離れた別の町へと去った」

「そうか」


 その理由を聞くべきかどうか、迷う。


 自分を慕ってくれていたお姉さんがいなくなった。


 他人の話だ。彼女に対して愛情があったわけではない。それを気にしてどうするのか、その問いに、少年は答えを見出せない。


 失って初めて大切さがわかったとか、実は好意を抱いていたのに気が付いたとか、そういった新たな発見はない。これから先、果林を求めてやまないなんて未来はないだろうと、想は思う。

 今だって、すぐ隣に座る非実在系理想の美少女にこっそり、胸をときめかせているわけで。


 自分の心に生まれたモヤモヤの理由に、少年はふっと気がついた。

 要するに、心配なのだ。

 果林が誰か、悪い男にころりと騙されてしまわないか。

 どうみても頭が悪い彼女を、利用したり、陥れようとする誰かが現れてしまわないか。

 

 しばらくの間、両手を祈るような形に組んで、目を閉じ、静かな時間の中に身を置く。

 黒の超幸運は黙っているが、すぐ隣にいる体から、かすかに息遣いが聞こえていた。


 壁にかけられた時計は音のしないタイプで、ただ、二人が生きている音だけしか聞こえない。


  ――うん。


 心が決まる。


 少年は目を開くと、すぐ隣に控える黒の超幸運に告げた。


「ちょっとの間、動かないでくれ」


 可愛らしい顔が、こくんと頷く。


 いつもの「了承した」という返事をしなかったのは、想の心のうちを読んだからなのか。

 とにかく、気が削がれるセリフを言われなかったのはいいことだった。


  ――ムードが台無しになるからな。


 アシュレイの方を向き、その右の頬に手を添える。


  ――まだ生きてる。


 顔を近づけて、唇に触れた。何度も何度も、優しく、軽く、触れていく。

 ゆっくりと二人の体が倒れて、ソファの中に沈んでいく。


 白い腕がそっと伸びてきて少年の背中にまわった。

 それを、体を離して振り払う。


「そういう反応はしなくていい」


 また、アシュレイがこくんと頷く。


  ――たまんなくなっちゃうからな。


 そんな風に考えながら、おとなしく目を閉じた可愛い顔にまた、近づいていく。


 何度も何度も、愛しい彼女にキスをする。


 意味もない行為だと、頭の後ろの方から冷たい声が響いている。

 同時に、頭の前の方から、必要なんだと熱く叫ぶ声もある。

 

 なんでも願いを聞いてくれる超幸運が相手で、卑怯な真似をしていると、後ろめたさも心の中に存在している。


 でも今日は、どうしたってふんぎりをつける必要があった。


  ――そのための、別れの儀式だ。


 窓から差し込む夕方の光を反射する髪を優しく撫でるように抱き、初恋の相手に別れを告げる。


「アシュレイ……」


 答える声はない。契約者の望みどおり、黒の超幸運はじっと、動かずにただ抱きしめられている。


 しばらく柔らかい体の温もりに酔って、ようやく、ゆっくりと少年は体を離した。


 起き上がり、まっすぐに、ソファの上に座りなおす。

 黒の超幸運も、それに倣ってゆっくりと起き上がって座る。


 真剣に自分を見つめるアシュレイの瞳が、想をひどく照れくさい気分にさせていた。


  ――いや、大丈夫だ。こいつは人間じゃない。

  ――男みたいに思えるけど、本当は男でも女でもないはずだ。


 黒の超幸運はどうしてもまだ、「四谷司」のイメージが強い。アシュレイの姿をしていても中身は「四谷」のような気がして、どうしようもなく恥ずかしい気分が払拭できないでいる自分の心を一生懸命なだめて、想は口を開いた。


「次の願い、頼んでいいか」

「勿論だ」


 穏やかで冷静な声に、心もすうっと静まっていく。

 ふうっと息を吐くと、少年は黒の超幸運にこう告げた。


「森永果林を幸せにしてやってくれ」


「……それが諌山想の望みならば、叶えよう」

「おう」


  ――断られるかと思ってたぜ。


 それが契約者の幸せに繋がるものならば、という前提条件はクリアできているのだろうか。

 それとも、第二段階に進んだ貴重な存在の願いならば、少しくらい曖昧でも許されるのか。

 この疑問に答える声はない。


 少年が黙っている限り、超幸運も答えない。


「それと」

「なんだろうか」

「この願いを叶えている間は、俺の前に現れないでほしい」


 今日、これを超幸運に伝えたかった。

 契約をしたあの日から始まった新しい人生。それ以前とは明らかに違う、今の自分。

 いつの間にか、なにもしないうちに与えられていたたくさんの幸せ。


 「これ以上」は、今はもう必要ない。


 そしてなにより、アシュレイと離れなければならなかった。

 隣にいてほしいけれど、それではいつまでも未練が断ち切れない。

 いつか世界から彼女が消え去ってしまうのも、恐ろしくてたまらないし。


 しかし契約の解除をするには「超幸運」に愛着がありすぎて、ついでに、もし困ったときには最後の切り札として頼りたい気持ちもあって、そんな俗っぽい理由から「しばらく自分の前に出てこないでくれ」と頼もうと、そう考えていた。


 そこに、果林が去ったと告げられたのだ。


 どうして果林が心配なのか、想にはよくわからない。

 けれど、どこか知らないところで彼女が不幸になっていたら?

 それは、嫌だ。


 支離滅裂だな、と少年は思う。そうわかっているが、嫌なものは嫌だ。そして、それでいいのではないかとも思う。


 こんな混沌とした気持ちも、目の前にいる黒の超幸運は理解してくれるだろう。

 聞く前にそう確信して、少年はふっと笑った。


  ――願いができたんだから、ずっとヒマよりはいいだろ。


「……了承した。ただし、私の力や意見が必要だと思った際には、呼んでくれればわたしは諌山想の前へいつでも、どんな時間にも現れる」

「わかってるよ」


 しゅんとうなだれてしまった可愛い後ろ頭を、くしゃくしゃと撫でる。


 別れの儀式をすべて済ませると、想はマンションを出て、家族の待つ家へと帰った。

 

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