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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 超幸運と契約者を待っていた結末
52/60

52 諌山想の「最後の願い」 1

 試験が終わって、夏休みが始まる。

 本来なら愉快なばかりのサマーバケーションの初日に、少年の願いはとうとう叶った。


 朝から両親と共に病院へ移動し、この年でよくなんの問題もなくなんて医師に褒められている母を見送って、廊下のベンチでじっと待つ。


 時折苦しげな妊婦が通り過ぎていき、看護師が慌てた様子で行き交う以外には、なにも起こらない。

 父は無言、息子も無言。外は快晴、強い日差しが燦々と降り注いでいるが、病院の中は涼しく、蝉の声も遠くかすかに聞こえるだけだ。


 随分待たされてようやく、赤ん坊の泣き声が聞こえた。二人の前の扉、その奥から聞こえる甲高い泣き声はすぐに二重の合唱になって、父子は思わず顔を見合わせた。


「うっわ、なに? 泣いてんの?」

 急に顔中に力を入れてだあっと涙を流し始めた父に、少年は正直に顔をしかめている。

「……いや、だって……お前……うぐっ……」


  ――いい年してなんだよ、みっともない。


 やれやれと肩をすくめるクールな息子へ、暑苦しく涙を流す四十二歳の父はこう告げた。

「お前が生まれた時だって、嬉しかったし、泣いたよ」

「……嘘くせ」

「嘘くさいとはなんだ! 嘘くさいとは!」

 

  ――だったらもうちょっと大事にしろよな?


 幼い頃から誰の影もない、一人ぼっちだった記憶に、想は目を閉じた。


 保育園でじっと迎えを待っていた夕暮れ時。次々と家族とともに帰っていく他の子どもたちがうらやましくてたまらなかった。

 一人で学校から帰ってカギを開けた回数は、千回を軽く超えている。


 今日生まれた二人の弟たちがうらやましい、と想は思っていた。

 人生はいつかそれぞれだけのものになるが、二人はきっと、長い時間を共に過ごしていくだろうから。

 それとも、二人でいても、父や母がいなければ自分と同じような淋しい思いをするだろうか?

 いや、母は二人を大事に育てるに違いない。父も同じだ。長男がいかにひねくれて育ってしまったか、思い知って散々反省したんだから。


  ――まあそれでまっすぐ育つんなら、結構な話だよな。


 自分が兄弟の役に立つであろうことは、超幸運から教えてもらっている。

 想はふっと笑うと立ち上がって、新生児室の前に移動し、ガラスの向こうで眠っている天使たちをしばらく眺めた。


 そこに小さな諌山家の新メンバーもやってきて寝かされ、大仕事を終えた母が病室へと移動したところで、少年は大きくため息をついていた。


 生まれたのは事前にわかっていた通り、男の子の双子。

 入院に必要なアイテムが詰まったカバンから父が、二人で考え抜いたという名前が書かれた紙を取り出して、ご機嫌な様子で長男へ見せてくれたからだ。


 とても読めやしない、頭の悪そうな字面と無理矢理な読ませ方に、想は冷たく言い放った。

「やめろ」

「どうしてだ? いい名前だろう?」

「そんな名前つけられたら迷惑だろ。僕の両親は頭が悪いんですって看板持って生きてくようなもんだぜ?」


 呆れはてた息子の態度に、父と母は顔を見合わせている。

 考え直せよ、と言い残して、想は父よりも一足先に病院を出た。


 家に帰る前に、少年は近所のマンションへ寄り道をしていた。

 部屋の前に立つだけで、鍵を開ける音がして、扉がゆっくりと開く。


「いらっしゃい、想!」


 てっきり「諌山想、新しい願いを云々」と言われると思っていた少年は、ビクッと体を固くしてしまった。

 周囲に人の気配はないように思えたが、第三者がいる可能性のある場所ではちゃんと「アシュレイ」でいるよう徹底しているらしい。


「……いつも通りの出方してくれよ」

「そういうわけにはいかない」


 中に入ればすっかり元通りの黒の超幸運に変化して、それにひどくガッカリしてしまう自分に想は呆れた。

 もう二ヶ月近く。忘れよう、考えないようにしようとしてきた失恋の痛手から、まだ立ち直れていない自分が情けなくてたまらない。


 リビングに置かれたソファに勢いよく座ると、部屋の中は冷房が効いていて涼しかった。

 ゆっくりと顔を撫でる風に息をつくと、最近やたらと気が効くようになった黒の超幸運がペットボトルの水を運んできて少年に渡した。


「サンキュー」


  ――自分も飲む必要が出てきたから、ちゃんと用意してくれるようになったのかな。


 チラリと美少女に目をやったが特に返答はない。

 アシュレイはやたらと可愛らしい私服に身を包んでおり、ミニスカートから長い足をのぞかせた魅力的なファッションで想の隣に座った。


「諌山想、願いは無事に叶えられた」


  ――これだもんなあ。


 せっかくの可愛らしさに水を差すセリフに、複雑な気分で答えていく。

「ああ、良かったぜ。ありがとうな」

 ペットボトルの蓋を開け、一口水を流し込んでから少年は続けた。

「褒められてたよ。高齢でしかも双子だってのに、最後まで問題ないなんてすごいってさ」


 そのあまりの順調さに本人も満足したのか、母はブログまで開設し、WEB上で新たなママ友なんてものも作っているらしかった。

 そんな話を夕食の間中嬉々として話す母親にうんざりする日々も、ようやく終了だ。


「喜んでもらえてなによりだ」

「まあ、よく考えたらむしろこれからが本番だよな。名前もマトモなのつけてもらわねえと」


 今夜からしばらく、父と二人の生活だ。これはいい。おそらく静かな暮らしになるだろう。

 来週になれば母が戻った上、赤ん坊が二人増える。

 昼夜を問わず泣くぞと散々脅されており、夏休み中でなによりだと想は考えている。


 ぼんやりと涼んでいる契約者に、黒の超幸運が告げる。

「次の願いは決まっているだろうか」

「いや、まだ。考えてない」

「私は二十四時間、三百六十四日、いつでも契約者を待っている」


 三百六四日の部分に少年はふっと笑った。

 隣に座るアシュレイに目をやると、視線は美しい顔で止まって、碧い瞳の輝きから目が離せなくなってしまう。


  ――なんでもあり、じゃあないんだよな。


 死んだ人間は生き返らない。

 それは当然であり、あってはならないことだと想は思う。

 もし生き返ったとしても、彼女はアシュレイではなくなってしまう。

 そうなれば想にとって意味があるのか、この美しい体の本来の持ち主にとって幸福なことなのか考えると、そうではない気がする。


 誰からも探されない、人知れず命を落とした誰か。

 

 超幸運のルールに適合した「死」。それが意味するところを考えると、自分の勝手な願いには影が落ちて、決して口にしてはならないものになってしまう。



 少年は苦い思いを胸にしまったまま、結局願いを告げずに家へと帰った。

 父と無言の夕食を終え、自室のベッドに寝転がる。


  ――実在しない誰か、か。


 金の超幸運がアシュレイを選んだのは、自分と契約したかったからだ。理想のビジュアルの少女を使って、諌山想にとっての「理想の彼女」を作り上げたのなんだろう。


 金の読みは大当たりで、目の前に現れたあの時からずっと、胸の中に火種のような物が存在し続けている。アシュレイの部屋に寄った時にはとうとう火を噴いて、生まれて初めての愛の告白までさせられてしまった。それはいまだにくすぶって、灰色の煙をちらちらと上げ続けている。


  ――だいぶ痛かったけど……


 ただフラれただけの失恋とは違う、大きな大きな喪失感。

 実際には存在しない、だけど目の前にいて、それなのに手の届かない、理想の彼女。

 たとえば二次元の住人を本気で想うようなものだろうかなんて少年は考えていたが、ようやく少し気持ちが落ち着いてきて、こんな風に気持ちをまとめられるようになってきていた。


  ――実在しない相手に触れられるなんて、だいぶ幸せなのかもしれない。


 目を閉じると、あの日の恥ずかしい、たまらなく甘い時間が脳裏に蘇ってくる。

 中身が黒に入れ替わらなければ、ちょっとくらい追加の体験をさせてもらってもよかったかもしれないが、今更言ってももう遅い。


 思い出の中で生き続けている「理想のアシュレイ」の髪を優しく撫でて、想は忙しかった一日を終えた。



 長男から寄せられた苦情を重く受け止めたらしく、諌山夫妻は一週間かけて新しい名前を新メンバーの為に用意していた。

 後からやってきた祖父母たちや、お祝いにやってきた二人の知り合いなどに披露されなくて済んだ没ネームのかわりに用意されたのは「(りょう)」と「(しょう)」。

 父は「(こう)」、兄は「(そう)」で、家族と響きを合わせたごくノーマルな名前が無事に与えられている。


 初日にはくしゃくしゃで真っ赤、「これ可愛いって形容詞あてはまる?」とこっそり思っていた赤ん坊たちは毎日覗きに行くたびに少しずつふっくらとしてきて、手術後で自由に動けない母のかわりに抱っこする兄に、ほんのりと、幸せのようなあたたかいものを与えていた。


「小さいなあ」

「想だって小さかったわよ」

「ふうん」

「妹の方が良かったかしら」

「別に」


 あまり明るいとはいえない長男しかいなかったところに、二人も女の子が加われば家の中は華やかになるだろう。少年にもそんな想像をした夜があった。

 妹がダブルで「おにいちゃん」なんてやってくれば可愛いと思えるかもしれないが、それよりも、男同士の方が気楽でいい。大体、両親のビジュアルからいって美少女が生まれるとも思えない。もしも自分そっくりの目つきの悪い顔になったらと思うとやっぱり、男の子で正解だろう。

 想はそんな気持ちで、小さな小さな弟たちの眠る顔を見つめた。


 どんな顔かなんて、まだまだ目もまともに開いていない新生児の状態ではわからないが、絶世の美少年に成長する可能性は既に低そうに思える。


 それにちょっとだけ安心したような気分になった兄は優しい笑顔を浮かべると、指先で弟の小さな頬をちょいと撫でてやった。

 

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