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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 超幸運と契約者を待っていた結末
51/60

51 高校生の極めて悩み深い日常

 想が憂鬱な気分で家の中へと入ると、リビングでは母がソファに座って待っていた。


「おかえりなさい」

「うん」


 ピリピリとした、いつもとは違う緊張感(トゲ)のある空気。少年はいつも通り、ソファの横を通り抜けて自室へ行きたいだけなのに。

 今日は難易度が上がっている。


 それでも足を前に出すと、大きなお腹を撫でながら母が声をかけてきた。

「さっきの子と、付き合ってるの?」

「いや……、別に」

「付き合ってるならそういえばいいじゃない。アシュレイさんっていうんでしょう?」


 いいじゃない、という前向きな言葉に影を感じるのは何故なのだろう。

 想は考えたが、その理由もわからなければ、いい返答も浮かんでこなかった。

 付き合っている二人に見えただろう。でも実際にはこれから先進展がある相手ではないし、それどころか普通の人間ですらない。


 そんな事情は伝えられるわけもなく、ちょうどいい理由を探してごまかさなければいけない。


「そうだよ。でもまあ、今だけちょっと、仲良くしてるだけっつーか」

「なあにそれ? 今だけって」

「……そのうち、帰っちゃうんだよ」


 果林の勘違いをそのまま公式設定にしてみたら、なにもかもが上手く行くような気がした。

 アシュレイが存在できるのは最長でも来年の二月。その前に、国に帰ったとかなんとか、そんな「ワケアリの相手」にしておけば万事うまくいく、かもしれない。


「あの子、留学生だったの? そっか、そっか……。残念ね、想」

「まあね」

「じゃあ、コンビニの店員の子が本命の彼女なの?」

 すかさず続けられた母の問い(ブッこみ)に、今度は足がよろけてしまう。

「はあ? コンビニの?」

「そこのアパートに住んでる女の子が、あなたと仲がいいって聞いて」


 マンション管理人のおそるべき情報収集力と的確な伝達力に、少年はため息を吐き出した。

 どうしようもなく面倒臭い気分だが、答えなければ公式カップルに認定されてしまうだろう。


「……まあ、仲はいいかもしんないけどさ。別に彼女とかじゃねえし」

「そうなの? いいのよ、高校生の男の子が、彼女くらいいる方が自然でしょ?」

「いないってば」

 少し強めに吐き捨てるように言って、ようやく想は自分の部屋へと戻った。


 冷たい汗を吸い込んだ制服のシャツを脱いで、部屋着へ着替えていく。


  ――ったく、どいつもこいつも!


 外したネクタイをイライラと共にベッドに投げつけ、ついでに自分の身も勢いよく投げ出して。

 この二日間で蓄積した苛立ちを持て余しながら、少年はゴロンと寝返りを打った。


 

 結局上手に発散することができないまま、日常へと戻る。

 学校へ行き、授業を受け、帰る。アシュレイの姿は常に一緒だ。

 そして定期試験が近くなり、仲島家へ通う。もちろん、可愛い彼女も仲島家のお客様になっている。


「あのさあ諌山君」

 アシュレイが席を外している間に、こそこそとボンボンは親友に耳打ちをしていた。

「その、ウィリアムズさんとはどうなってるんだい?」

「どーもこーもねえよ」

 そっけない返事に、仲島は首を捻っている。

「そうなのかい? なんだか彼女、最近は随分と落ち着いているように見えるのだけど。すっかり二人の愛情は固まって、いちいち人前でイチャつかなくてもいいレベルまで昇華されたんだと思っているのだけれども」

「うるせえ」


 ギロリと睨まれ、いつものように「あう」と唸るとお坊ちゃまはしょんぼりと、勉強へと戻った。

 下世話なツッコミをされた少年は、どうにもこうにも落ち着かない。


  ――どいつもこいつも、他人の恋愛沙汰に興味ありすぎだろうがよ。


 ため息をつきながら動かすシャープペンシルの芯が、乾いた音を立てて折れてしまう。


  ――はあ。



 憂鬱な気分でも、暗澹たる気持ちでも、時は流れていく。

 定期試験は実施され、少年は今回もそれなりの成績を修めていた。

 可愛いアシュレイは毎日、少し控えめに想についてまわる。

 六月に入ると、十七回目の誕生日がやってきて。

 梅雨に入り、しとしとと雨が降り続く中、恒例のこんな会話が交わされる。


「諌山君、夏休みの予定はどうなってるんだい? 今年こそ一緒にバカンスに行こうじゃないか」


 にこにこと微笑を浮かべているが、仲島の視線はチラチラと窓際に集う女子軍団にも向けられている。

 教室の中で一番明るい場所では、女子生徒たちがアシュレイを囲んで、梅雨がウザイとか、夏休みが楽しみだとかとりとめのない話題を繰り広げていた。


「夏休みは忙しい」

「へえ。諌山君はどこへ行くんだい?」

「いや、どこにも行かない」

「予備校に通うとか?」

「……兄弟が生まれんだよ。多分弟が二人」

「そうなのかい!?」

 高校生の意外な夏の予定に、ボンボンは大きく目を見開いている。

「二人って、双子なのかい? 十七歳差なのかな」

「そ。ホント、笑えるよな」

「いやいや、そんな。僕は一人っ子だから、兄弟ができるなんてうらやましいよ」

 

  ――無邪気な意見だねー。


 このところ諌山家はずっとずっと慌しい。

 新しくメンバー入りする二人の為のベッド、哺乳瓶、お洋服だのが次々と用意され、搬入されている。

 高齢だし双子だという理由から帝王切開での出産になるらしく、生まれる日も事前に「この日」ともう決められてしまった。

 その日に向かって家族一丸となっていこう! というのが最近スローガンとして掲げられており、高校二年生の気難しい男子にとってこのハートフル加減はひどくむず痒い。


「でも、双子じゃあ確かに大変そうだね。人手がいるだろうし、僕もよければ手伝うけれど」

「そんなの……」

 無理だしいらない、と想は思ったが、目に友情の光をキラキラと輝かせている仲島の様子にピンと閃くものがあった。

「いや、飯の差し入れとかあったらすげえ助かるかもなあ。たまにでいいんだけど」

「なるほど! では僕も微力ながら手伝わせてもらうよ!」


  ――ラッキー。


 もしも次にお笑いのライブに行く予定ができたら、一緒に行くくらいはしてやってもいい。

 少年が笑うと、気の利くボンボンもにっこりとほほ笑んだ。



 夏休みを前に、高校二年生たちは落ち着かない。

 来年はおおっぴらに遊びまわれなくなる。既に予備校だのなんだのに通っている者もいるが、今年が高校生活最後のバケーションだと覚悟を決めて、楽しげな予定を詰めるために友情を育みまくるパリピも多い。


「アシュレイも一緒に行こうよ」

「……うーん」


 教室の隅ではいつもの通り、人気者の金髪美少女がクラスメイトたちに囲まれている。

 しかし、囲んでいる面々は感じていた。

 この可愛らしい転入生が、冴えなくてちょっと暗そうな男子と恋仲にあり、少し前からなんとなく、関係を変化させているようだと。


「ねえねえ、もしかして諌山君となにかあったの?」


 そろそろ聞かねばならぬとでも思ったのか、とうとう一人の女生徒が打って出た。

 遠く離れた場所のヒソヒソ話のはずが、しっかりと少年の耳にも届いている。

 多くのクラスメイトが気にしていたその話題に、アシュレイがなんと答えるのか。

 視線は向けず、しかし、みんな耳は傾けている。おかげで教室には妙な静寂が訪れた。


「なんにもないよ」

「そう?」


 明るく溌剌とした、ハーフの美少女。男女を問わず目を奪われるキャラクターであった彼女が、ある時期を境にそのオーラを失っていると、大勢が気がついていた。

 その理由は「彼氏とのなんらか」なのではないかと、恋に憧れる世代は思わず考えてしまう。


  ――ってことだよな……。


 クラス中から自分に向けられている様々な種類の視線の理由を、想はこう解釈していた。

 全部しらんぷりして、いつも通り、じっと休み時間をやり過ごしていく。

 親友のお坊ちゃまも、これ以上聞いても少年から明確な返答はないだろうと諦めがついたのか、話は試験対策だのお笑いだの、夏のバカンスは早めに切り上げて帰るよだの、恋以外のものにシフトしている。


 それでも、想とアシュレイは一緒に登下校をしていた。

 超幸運は契約者のすぐそばに。

 当初は組まれていた腕も少しずつ離れて、今はかつてのように、ほんの少し斜め後ろに並んで歩く日々。


 しとしとと雨の降る通学路で、ふっと、少年は振り返った。

 青い傘のアシュレイは、少し寂しげに、うつむいて歩いている。


「……シケた顔してるな」

 契約者からかけられた声に、黒の超幸運が顔をあげる。

「想が冷たくするから」

 

 この言葉は恐らく、「超幸運」の本音だったのだろう。

 しかし、無表情の「四谷」がいつもの口調で言うならともかく、アシュレイが唇をへの字にして、いかにも淋しそうに呟くのでは話が違う。


「やめろよ、そういう反応するの」

 慌てて、照れながら想が顔を逸らすと、白い手が少年の腕に絡んできた。

「次の願い、考えておいて」


  ――やーめーろーよー!


「そんな可愛く言うなよな!」

 傍から見ればとんだバカップルでしかないこんなセリフに、アシュレイがうふふと笑う。


  ――まだダメかあ。


 その顔はどうしようもなく、まだまだ極上に魅力的で、少年は家に帰るとしばし悶々としたまま自室にこもった。

 

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