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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 超幸運と契約者を待っていた結末
50/60

50 運命の帰り道 2

 少年にとって人生で二つ目になる「年頃の女性の部屋」はピンク色で溢れていた。


 部屋の中央に置かれている小さなテーブルもピンク。その下に敷かれている丸いラグもピンク。壁に沿って置かれているハンガーラックにつるされている洋服も、大体がピンク色だ。

 もちろんベッドもピンク色に染まっている。枕元には女児向けの、猫のキャラクターのぬいぐるみが何体も並んでいる。


 そんな果林の部屋のテーブルの前に、想は座らされていた。

 今までになく真剣な顔の果林が、これまたピンク色のコップになにかを注いで運んでくる。


「あのねえ、そーちゃん」

 コップを置きつつ、果林が少年の向かいに座る。

「いつ婚約するかの話し合い、しようかと思って」

「はあ?」

「今度ちゃんと話し合いしようって言ったでしょ?」


 くたびれはてた想の心に、最後のハンマーが打ち下ろされていた。

 砕けてボロボロだった状態の心が、とうとう砂状になって崩れていく。


  ――なんなんだよ、もう。


「十八歳になったら、結婚しますって。あれれ? 婚約って、どうやってするんだっけ? 市役所に何か出さないとダメなんだっけ」

「はあ」

 返事の代わりに吐き出された大きなため息に、果林は表情を曇らせている。

「やっぱり、ダメかあ」

 悲しげなお姉さんの声に、こんなモテ期はいらねえとしょぼくれていた少年も顔をあげた。

「そーちゃんは、アソレーが好きなんだね。もうアショレーと婚約しちゃったの?」

「……するわけねえし」

「でもそのうち、結婚しちゃうよね。だって、かりんよりもアショレーの方が可愛いもん」

 勝手に失恋した果林は、ぽろぽろと涙をこぼし始めている。

「目も青いし、足も長いし、おっぱいも大きいし」

 グズグズと鼻をすすりながら泣く地味な顔からピンク色の膝に、雨が降り注いでいく。


  ――なんだよこの展開は……。


「あのねえ、そーちゃん。そーちゃんは毎日アスレーと一緒でしょ?」

「アシュレイな」

「今朝も一緒に学校行ってたでしょ。それでね、今日はね、なんか違ってたの」

「なにが?」

 顔をしかめっぱなしの王子様に、いつもの勢いを失った小さな声が答えた。

「かりんね、今まで、アシュレーが好きじゃなかったの。そーちゃんにベタベタしてて、やだなーって」

 自分については棚に上げたお姉さんの告白は、まだ続く。

「だけど、今朝はなんか、違ってる感じがしたんだあ。本当にそーちゃんが好きで、大事にしてるっぽく見えたの」

「あん?」

「そーちゃんも、アシュレーがホントに好きそうに見えたからね。だから、かりんはもうそーちゃんと婚約するのは無理かなーって思って」


  ――今朝から?


 昨日まで、そして、今朝からの違い。目には見えないが、ある。大きな変化がある。


  ――気がついたのか?


「今朝から違ってる感じがした?」

「うん。あのねえ、今朝アシュレーが来た時に、イヤな感じがなかったんだ。そーちゃんが大好きで、大事にしてて、多分これからもずっと一緒にいるんだろうなーって、そんな感じがしたの」


  ――怖っ。


 色々と、抜けている女。果林をそんな風に評価していたが、その抜けている部分はもしかしたら、例えば獣の嗅覚のような、常人にはない、未知の存在をかぎつける機能のようなものに使われているのかもしれない。


  ――そういえば、こういうタイプが一番困るって言ってたっけ。


 思考の回路が乱れていると口にした四谷の姿を思い出し、少年はふっと笑った。

「なんで笑ってるの?」

「あ、いや……なんかお前、すげえなって思ってさ」

 想がこう答えると、果林は急にしょんぼりと、顔をうつむかせてしまった。

「やっぱり、そーちゃんはアシュレーが大事なんだね」

「ん? いや、……ええと」

 答えに困る言葉に、少年は眉間に大きく皺を寄せて腕組みをした。


 確かに、果林に興味はなく、アシュレイに恋をしている。しかしそれは、叶わないとわかっている恋だ。昨日最悪の形で希望を打ち砕かれて、ちっとも立ち直れる気がしなくて、切ない気分でい続けている。早く忘れろと言われても、今はまだ無理な状態だ。

 そんな話を、目の前の自分を慕ってくれているお姉さんにする気は勿論ない。話したところで意味があるとも思えない。


  ――なんて答えたらいいんだかなあ。


 腕組みをしたまま渋い顔をする王子様に、ピンク部屋の主が呟く。

「かりん、どうしたらいいのかなあ。そーちゃんと結婚できなくなっちゃったら、困っちゃう」

「なんでだよ。男なんかいくらでもいるだろ? ジェントルマンだってそれなりにいるって」

「いないもん。みんなエモノばっかりだもん」


 そこまで男に失望している果林は、今までにどんな男たちと出会ってきたのだろう。

 少年は世の男性代表気分で、ひどく申し訳ない気分になっていく。


「いいなあ、アシュレーは。そーちゃんと結婚できるんだもん」

「しねえよ。あいつとは、どうにもならない」

「いっつも一緒にいるのに? アシュレーは、すっごくすっごくそーちゃんのこと大好きだよ! かりんにはわかるもん!」


  ――確かに……。


 黒のみならず、超幸運たちには異常なレベルで愛されている。そういう自覚はある。ちゃんちゃらおかしい話ではあるが、果林が感じている「愛情のようなもの」は確かに存在する。


 しかし。


「そうなんだけど、ちょっと違うんだ。アシュレイはそのうちいなくなる。結婚なんてそもそもできねえんだよ」

「いなくなるって? どこか、外国にいっちゃうの?」

「……そうだよ」

「ひどい! そーちゃんはアシュレーが大好きなのに! アシュレーもそーちゃんが好きなのに! なんでいなくなっちゃうの? そんなのおかしいよお!」


 とうとう、おいおいと泣き始める果林に、想は今までで一番困った。

 そんな困った少年に、果林が寄ってきて抱きつく。


「そーちゃんがかわいそうだよう」


  ――もーなんなんだよ昨日から……。


 首に抱きついたまま泣き続ける近所のお姉さんの声は段々大きくなっていく。抱きつかれたまま、想はじっと、動かずにいた。


  ――確かに俺、ちょっと可哀想かもな。


 自分に幸運を運んでくるはずの存在と三つも、人類初の重複契約までしたのに。

 この沈んだ気分はなんなのだろう。

 確かに人生はいい方向へと向かっているだろうと思ってはいるが、この二日間で起きた色々は、あまりにも、なんというか、ひどい。


「かりん、アシュレーに文句言ってあげる!」

「やめろよ、そんなことしなくていい」

「だっておかしいもん。そーちゃんとずっと一緒にいてって言って来るの!」

「やめろって!」


 立ち上がった果林の腕を慌てて掴む。


「……誰にだって、どんな相手だっていつか別れる日が来るだろ? しょうがねえんだよ。大体、好きになった相手とは結婚しなきゃいけねえ訳じゃない」

「でも」

「お前だってそうだよ。俺よりもずっといい奴が現れる日がいつか来るよ。可能性はいくらでもある。俺は顔がいいわけでもないし、性格だってひねくれてるし、頭だってよくない」

「でも、ジェントルメンだよ」

「俺よりも顔が良くて優しいジェントルマンなんか、この世には掃いて捨てるほどいる」


 そう自分で言っておいて、少年はなんともいえない気分になって少しだけうなだれた。

 想の目の前の果林も、しょんぼりとうつむいている。


「かりんはバカだから、そんないい人は、好きになってくれないと思う」


  ――俺も別に好きになってはいないんだけどな……。


 そんな苦い気持ちをわざわざぶつける必要はなくて、少しだけ紳士の気持ちになって少年はこう答えた。


「努力すればいいじゃねえか。好きなものとか、あるんだろ? お前だって。コンビニ店員以外にやれる仕事見つけたらいいじゃねえか。最初っから諦めてたらいつまで経ってもなにも変わんねえ。でも、なにか始めたら……、変わるかも、しれないだろ?」


  ――こんなこと、俺に言う資格はないか……。


 少し熱くなった目頭に気がついて、想は果林に向けていた顔を下に向けた。


 なにもしてこなかった自分。なにもしようとしていなかった自分。この世にあふれるすべての物に、意味を感じていなかった自分。

 それが過去のものになっているのか、今現在、自分はなにかをしているのか。


「そーちゃん」


 かけられた声に顔をあげると、すぐ前に目を閉じて唇を突き出している果林の顔があった。

 反射的に、思いっきり、額を平手で叩く。


「いたぁっ!」

「なにやってんだよ、お前は!」

「チューするところかなって思って」


  ――んなわけあるか!


 プリプリと顔を逸らす王子様の耳に、不安げな声が届く。

「そーちゃん、かりんのこと嫌い?」

「別に嫌いじゃねえけど」

「だったらいいのに。チューしたらいいと思う」

「すぐにそんなこと言うからダメなんだよ、お前は」


 しょぼんとする果林を置いて、少年は立ち上がると一〇五号室から出た。

 ピンク色の世界から、夕焼けに照らされた橙色の外へ。


 すぐそこに、自宅のあるマンションが建っている。

 家に帰れば、母親からあれこれ聞かれるだろう。そう考えるとどうしようもなく憂鬱な気持ちになるが、エスポワール東録戸の秘密基地は既に失われている。

 

 なので仕方なく、重い足取りで、少年は家へと帰った。

 

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