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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 少年と超幸運の出会い
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05 契約者の運命に関わる選択肢の取り扱いについて

 朝が来て目覚め、少年は学校へ向かった。

 担任の出欠確認への返事がその日の最初の発声になる。そう大きくもない声で呼ばれた自分の名前にたいして「はい」と答え、ホームルームの時間を過ごす。

 ここまでは諌山想のいつも通りの日常だ。しかし今日はそれに二つのアクションが加わった。


 一つは、斜め少し前に座っている四谷司の様子の確認。昨日と同じく、長い髪がかかった横顔は青白くなんの表情も浮かべていない。超幸運と名乗り、部屋にまでやってきて条件がどうのこうのと話していった謎のクラスメイト。

 もう一つは、最後列に座っている仲島廉の観察だった。いつもは教師が話している間も誰かにベラベラと話しかけて注意されるのが常なのに、今日は神妙な顔をして黙りこくっている。


 少年は自分の願いが叶ったかどうか知りたかった。

 仲島はしょんぼりとしていて、今のところ、くだらないトークで周囲に迷惑をかけたりはしなさそうに見える。


 こんな状態は一時的なものかもしれなくて、「超幸運」とやらの力の証明にはなりそうにない。

 四谷はどんな願いも叶えると話した。

 彼の説明では、超能力的な不思議なパワーで願いを叶えるような言い様だったが、昨日仲島に加えられた制裁は物理的なものだ。現状ではただ単にサディスティックなクラスメイトに蹴られた挙句暴言を浴びせられて、へこんでいるとしか思えない。


  ――結局証明はできないのかな。


 しかし、人の考えがわかるようではあった。得体のしれない真っ黒い空間にも連れて行かれた。あれが夢でないなら、四谷にはなんらかの人知を超えた力があると思ってよさそうである。


  ――なにか、願いを言ってみればいい。


 しかし、どうしても、という願いが少年には思いつかない。原則として他人の心は操れないと言われた時点で、即なんとかしたい問題は解決できないのだとガッカリしている状態だ。


  ――それとも言ってみれば案外なんとかしてくれるのか?


 想が一番なんとかしたいと思っているのは、母親の小うるささだった。

 毎日帰ってきては勝手に部屋に入ってきて、勉強はしているのか、ゴロゴロするんじゃないと一方的にまくしたてては返事をしない息子に腹を立て、わざと大きな音がするようなドアの閉め方をして去っていく。


 あのうざったい毎晩の儀式をやめさせてくれ。そう四谷に願えば叶うのだろうか。

 


「なあ」

 放課後、また二人だけ残った教室で想は四谷に声をかけた。

 青白い顔が振り返り、まっすぐに少年を見つめてくる。

「あのさ、俺の母親が毎晩やかましいのをやめさせるっていうのは、可能?」

「最短ならば二週間で可能で、最も良い形で止めさせるのならば七ヶ月と十三日かかる」

 大真面目な顔から飛び出した言葉に、想は首をかしげた。

「最短だとなんか、条件が悪くなるとかそういうこと?」

「そうだ」

 詳しい説明があるかと思いきや、四谷の口は閉じたままだ。

「そういうのって、詳細は聞けないわけ?」

「契約者である諌山想が望んだ場合のみ、話す。どんな願いも、それを叶える場合どのような道筋をたどるのか、事前の確認が可能だ」

「親切設計なんだな」

 少年は皮肉っぽくそう返事をして、両手を腰にあてて息を吐いた。

「じゃあ最短二週間の場合はどうなるのか教えてくれ」

「今回の願いが最短で叶えられる場合は特殊な事例にあたる。事前の確認について、わたしからは推奨できない。その理由を知ると契約者が極めて大きなダメージを負う可能性が高いので、最も良い形、もしくはそれに準じる方法を選ぶよう勧めるが、それでも最短の場合の確認をしたいだろうか?」

「あん?」


  ――なに言ってんだ?


「今回の願いは特殊な事例だ。契約者にとってよくない展開が待っており、それはわれわれ『超幸運』からすると避けてもらいたい運命で、また最短の場合どうなるかを諌山想が聞くことも推奨できない」

「そこまで言われるとかえって気になるんだけど」

 一瞬、四谷の動きが完全に止まる。

 話している間にもなかったが、瞬き一つない様子がやけに不気味に見えて、想は戸惑い顔をしかめた。

「どうしたんだよ」

「最終確認だ。最短の場合の展開の確認は諌山想に精神的なダメージを与える。最短以外の可能性を選ぶか、もしくは他の願いを提案するよう強く求める」

 この言葉に、少年はハハッと声をあげて笑った。

「そこまで悪いんなら教えてくれ。聞くだけっていうのはありなんだろ? よっぽど悪いって納得できたら他の選択肢を選ぶよ」

「了承した」

 四谷は目を閉じ、再びぱっと開くと、まっすぐに想に向かって話した。

「今回の事例は特殊で、最短の場合私はなんの行動もしない。二週間後に諌山ルミは息子に対してなにも言わなくなる」

「なにもしない? なんだよそれ」

「二週間後に諌山ルミは息子とその将来、およびそれが自分の将来に及ぼす影響に絶望し、不倫相手である斉藤博信と結託し十五日後に諌山想の命を奪う」


 さすがに言葉が出せず、想はしばらく立ち尽くした。

 四谷がおどけた顔で、冗談だよーんとでも言ってくれないかと考えたが、そんな明るい展開はなく、目の前の青白い顔はじっと想を見つめたまま黙っている。


「それは、随分だな……」

「この運命を回避する方法は無限大に存在する。『なにもしない』以外のどの選択肢も有効だ」


 四谷の言葉を聞きながら、少年は母の顔を思い浮かべた。しかし、いつまで経ってもどんな顔だったかハッキリと思い出せない。浮かんでくるのはひたすら息子を責める苛立った声ばかりで、ついでにセットで父の後姿ばかりが浮かび上がってくる。


 四谷の言葉は真実なのだろうか?


 先ほどの言葉をまるまる鵜呑みにしていいのかわからなかったが、今の言葉がどうしようもなく衝撃的だったのは事実で、少年は震える唇で新しい願いを口にした。


「どうすりゃいいんだ? どうにかしてくれ」

「願いは具体的に口に出してもらわなければならない」

「なんなんだよ不倫とかって……。言う必要あったのかよ?」

「われわれは常に真実のみを契約者に告げる」


  ――信じるのか? 四谷の言葉を。

  ――超幸運なんてトンデモ設定を信じちゃうのか?


 心の中でそう自問しながら、しかし体は勝手に動いて少年の心からの願いを青白い顔に告げた。


「この特殊な事例をなるべくいい形で回避してくれ」

「お前の願いを叶えよう。この願いは今から七時間十五分後に叶えられる」

 四谷はいつも通りの大真面目な顔でこう告げると、教室から静かに去って行った。



 少年は不安な気持ちを抱えたまま、家へと帰った。

 四谷の言葉が真実ならば、自分に最悪の事態が起きるのは十五日後。しかし、どうしようもなく気分が落ち込んで食事には手がつけられない。

 日が落ちて夜が訪れ、部屋の中は真っ暗になってしまった。

 せめてもの賑やかしのためにつけたテレビだけがピカピカと光って、やかましく明るく少年を照らしている。


 日付があと一時間で変わる時刻になって、玄関から鍵を開ける音がした。

 廊下を歩く足音が二人分響き、諌山夫妻は真っ暗なリビングのソファでじっと座る息子を見つけてビクっと体をこわばらせた。

「……おかえり」

 何年かぶりのセリフを聞いて、諌山ルミは慌てて部屋の電気をつけると、カバンを置いて息子の隣に座った。

「想、どうしたの? なにかあったの?」


 少年の口から言葉は出ない。ただ黙ってじっと自分を見つめる息子に母は戸惑い、夫を振り返った。

「どうしたんだ? 嫌なことがあったのか?」

 母とは逆側にやってきた父の言葉に、少年はただ小さく頷くくらいしかできない。


 しばらくの沈黙の後、両親はなにを思ったのか息子の頭を撫でたり、手を優しく握ったりしてなんとなく親子の時間を過ごそうと努力を始めた。少年は内心今更なんなんだとどうしようもなく腹を立てていたが、それ以上に哀しい気持ちがあって、じっと黙ったままそれを受け入れ続けた。


 ふと時計を見上げると、もう時刻は十二時過ぎになっている。

「想、もう寝なさい」

 父親の言葉に黙ったまま頷くと少年は立ち上がり、自分の部屋へと向かった。


 ドアを開ける直前、母親から声がかかる。

「おやすみ」

 その一言に立ち止まり、少しだけ悩んでから想は振り返った。

「……おやすみ」

 

 自分の部屋に戻り、ベッドに倒れこむ。

 急に空腹を思い出しながら、少年は考えた。


  ――これで、願いは叶った?


 枕に顔を埋めながら四谷の顔を思い出すと、少しずつイライラが募ってくる。


  ――あの野郎、嘘だったらぜってー許さねえ。


 遠くから両親の話し声が聞こえてくる。

 なにを話しているかははっきりとわからないその音に揺られながら、少年は眠りについた。

 

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