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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 超幸運と契約者を待っていた結末
49/60

49 運命の帰り道 1

 授業が終わって、放課後。女子生徒たちにかけられた誘いをすべて断って、アシュレイが想の腕を取る。

「アシュレイ、諌山君のどこがいいのー?」

 容赦ない誰かの言葉に、少年の鼻のあたりはピクピク動く。

 そして、超絶美少女はにっこり笑ってこう答えている。

「想はね、とっても素敵な人なの!」


  ――バカ言ってんじゃねえよっ!


 愛らしい返事に、教室中が照れくさい空気に包まれていく。

 男子はうらやましそうに、女子もうらやましそうに腕を組む二人を見つめ、一緒に下校していく様を見送った。


  ――素敵な人、じゃねえだろうがよ。


 大勢の生徒たちが歩く通学路を、極上の美少女と腕を組んで歩く少年の表情は険しい。

「あんま余計なこと言うなよな」

「でも、本当だから」


  ――なんだよっ、なんなんだよ、ホントによーっ!?


 可愛い笑顔にキュンキュンとムカつきながら、早足で進む。アシュレイ、もとい黒の超幸運も足をパタパタと急がせてついてくる。絡んだ腕は、ほどけない。

「想!」

 そんな状況の中、家の近くでかけられたこんな声に少年は固まってしまう。

「おかえりなさい……」


 地面ばかり見て歩いていた想が顔をあげると、案の定、彼の母の視線は二人の繋がっている部分を凝視していた。


「はじめまして。アシュレイ・ウィリアムズです」

「はじめまして。想の……母です」


  ――もーなんだよほんとによーここで会うとか知ってたんだろお前四谷この野郎っ!


「想とは同じクラスで、仲良くしてもらってます」

「そうみたいね」

「行きましょ、想」


 サラリと母親をかわし彼氏を連れて去る、なかなか不敵な女子高校生。しかも金髪。


「すげえステータスだな、おい」

 父のいなくなったウィリアムズ家のリビング。

 オンボロの四谷家にはなかった革張りの大きなソファに並んで座って、想はまず黒の超幸運に一つ目の苦情を伝えた。

「なにがだろうか」


 このカタい返事に、絶望ばかりを感じる。目の前にいるのは可愛らしいアシュレイだが、間違いなく中身は「四谷」だ。


「帰ったらあーだこーだ言われちゃうだろうが。あんな対応しやがって」

「諌山ルミは息子にガールフレンドができたという話を既に聞いている。本日はその話を気にして、わざわざ待ち受けていた」

「だったらなおさら、一緒に帰るとかそういう余計なオプションつけるんじゃねえよ」

「今別々に帰れば、どうやらなにかあったらしいという更に面倒な噂が諌山ルミの耳に入るだろう」

「あー、もう、なんだよ、誰なんだよそんなのいちいち言うのは!」

「マンションの管理人、福山モトコだ。普段は清掃などの業務をしており、マンションおよび近隣の住人についての情報に通じている」


 冷静な言葉に、少年の口から大量のため息が吐き出されていった。


 大きなソファの上、隣に座っているのは人生で初めて恋した美少女だ。

 その正体がわかってもまだ未練が残るこの相手が無表情に話すさまは、ハートブレイク中の諌山想にとって一番、向かい合うのが辛い現実である。


「まあいい。そんなバアさんの話はいいよ。……なんだっけ。色々聞かないとダメなんだよな」

 頭には中途半端に放置されている疑問点がたくさんあるのに、そのどれにも集中ができていない。

「諌山想、時間を置いた方がいいのならまた明日にでも」

「いや、聞きたいことは色々あるんだ」


 ちょっと待ってくれ、と少年はうつむいた。

 するとアシュレイが立ち上がり、どこかへ移動していく。

 少年が思わずその姿を目で追うと、冷蔵庫から水の入ったペットボトルを二本、手にして戻ってきた。


 無言で差し出された白い右手から、水を受け取る。


「そういえば、生きてるんだな。そういう場合は飲んだり食ったりしないとダメなのか?」

「そのようだ。私もまだ、この体にあまり慣れていない」

「生きてるのってもしかして、初めて?」

「その通りだ」


  ――ムードもへったくれもねえな。


 可愛い瞳に、可愛い声。ついでに可愛い唇。それなのに。


  ――目の前にいるってのによ……。


 じいっとアシュレイの姿を見つめる想に、大真面目な表情が向けられる。

「諌山想、もしも特別な行動が必要ならば、対応を検討するので言ってほしい」


 思考の止まった頭に、言葉の意味が通らないまま響く。

 それがあちこちに反射してこだまになって返ってきて心に届き、ようやく、黒の超幸運がなにを言わんとしているのか少年は理解した。


「お前、バカ、いらねえよ。なにが特別な行動だよ、バーカっ!」

「愚かな発言だったのならば謝る。しかし、二度言う必要はない」

「うるせえな」

 イライラとする彼氏に、彼女は少ししょんぼりとしたようにうつむいてしまった。

 つられるようにイライラは収まっていって、想も一気にしょんぼりとしぼんでいく。

「正座はもうしねえの?」

「生きている体でやると足が痺れることが判明している」

「……夜は寝てんの?」

「そうしなくてはならなくなった」

「じゃあ夜中俺が呼んだらどうなる?」

「例の、特別な時間を過ごしてもらう。呼びかけてもらえればいつでも、応じる」

「ふうん」


 想の心が、ざわつく。


 初めて心から叶えたいと思う願いがこの瞬間、生まれたからだ。


「なあ……」

「それは無理だ、諌山想。死んだ人間を生き返らせることはできない」


 即座に否定を入れたのは、契約者を慮ってなのかもしれない。

 少年は反射的にそう考えていた。

 黒の超幸運と過ごしてきた七ヶ月間。その間に育まれてきた友情にも似た感情と信頼。それを、想はもう信じている。


「そうか」

「すまない」

「いや、いいんだ」


 言葉に出すことすらできなかった願いが、心の底に沈んでいく。

 それは深い海の底の砂の中へ静かに埋もれていくが、未練たらしくまだ、端の部分が顔を出して残っている。


「体の交換は? また、二月十七日になったら、変わるのか?」

「それはこの肉体次第だ。持ち主を失ってもなお生きている状態だが、そういう物は長くはもたないらしい。過去に一度だけ赤の超幸運が同じ体験をした時には、肉体に死が訪れたあくる年の二月十七日に交換をしていた」

「じゃあ、いつまでもこのままって可能性もある?」

「諌山想が望むのならば来年の二月に交換をする」


  ――今すぐ四谷に戻ってくれよ……。


 苦しげな、地の底から滲み出てくるかのような心の声には返事がない。


  ――時間を戻すっていうのも無理なんだろうなあ。


 少年は心の底から自分を馬鹿だ、と思った。


  ――別に俺を好きじゃなかったってわかってるのに。


 それでもあれは、特別な体験だった。


「金の超幸運は諌山想を気に入っていた」

 ふいにかけられた慰めの言葉に、想の眉毛がぴくりと動く。

「お前もな。知ってるけど、それとこれとは話が違う」

「諌山想は素晴らしい人間だ。超幸運をここまで惹きつけた者は今までに一人もいなかった」


  ――そこ限定でモテても嬉しくねえっつーの!


 しかし申し訳なさそうに話す金髪美少女の姿はやけにおかしいものがあって、少年は少しだけ笑った。

 それを見てか、黒の超幸運も微笑んでいる。


「可愛いな、お前」

「……このような場合にどう対応するのが最善なのか、まだ把握できていない」

「いいよ別に。むしろなにもしないでくれ」

 そこでふと思いついて、想はこう続けた。

「体が生きてるからか? 表情とか、前よりも変わるようになってるよな。前もちょっとくらいは笑ってたけど、大体、無表情だった」

「諌山想以外の人間といる間は、金の超幸運がしていたキャラクターの設定にそって私も振舞っている。その影響もあるのだろう」

「ま、いいんじゃねえの? 無表情よりは俺も、見てて気分がいいし」

 そう答えると息を吐き、水を一口飲んで、少年は天井を見上げた。


  ――嘘なんて、こいつ相手じゃ意味がないのにな。


 だからと言って、生まれて初めて本気で恋しちゃってた女の子の姿をされたらツライなんて愚痴を黒の超幸運に告げるのは無理な話で、少年は話題を逸らした。


「白と金って、どこに行った?」

「それぞれ、割り振られた地域へと移動した」

「ルール改正は?」

「契約者一人につき一つ、というルールは採用された。後は各自二月十七日までにまとめ、どのようにやっていくか話し合いをする。諌山想もこうした方がいいという考えがあった場合、教えてもらえると助かる」

「お前は俺の考えがわかるんだろ? わざわざ言わなくたっていいじゃねえか」

「心にしまっておきたい思いと伝えたい考えは違うだろう」


  ――デリカシーがあるんだかないんだか。


 頭がまだいまひとつスッキリしない少年は、ペットボトルの水を半分くらいに減らしたところで超幸運へ別れを告げて、自宅へと戻った。


 道中、帰ったら母親になにを言われるんだろうという懸案が思い出され、この日何度目かわからないため息が大きく、口から吐き出されていく。


 自宅マンションの前に差し掛かったところで、そんなアンニュイな少年を呼ぶ声が響いた。

「そーちゃん!」

 声のした方へ顔を向けると、一〇五号室の前で体育座りをした果林の姿があった。

「よお」


 ゆっくりと、果林が立ち上がる。

 まだ家に帰りたくない気分の想は立ち止まって、近所のお姉さんが近づいてくるのをじっと待った。

「そーちゃん……」

「なんか用?」

 すぐそばまでやってきた果林は、珍しく、もじもじと下を向いている。


 と、思ったら一気に手を引かれ、少年は人生で二つ目となる「年頃の女性の部屋」へと引きずり込まれてしまった。

 

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