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SUPER LUCKY # 4  作者: 澤群キョウ
 ■ 人生のアップグレード
48/60

48 愛しさと切なさと再スタート

 なんで?

 

 少年の頭に浮かんだ思いは、ただこれだけだった。

 目の前に立っているのは、間違いなく、アシュレイ・ウィリアムズ。

 可愛らしい顔に朝日を浴びて、髪も瞳もキラキラと輝かせている。


「かりんも、おはよー!」

「……うん。おはよ」


 威嚇の唸り声をあげているお姉さんにも平等に爽やかな挨拶の言葉が投げかけられ、調子が狂ったのか果林の顔から力が抜けていく。

「今日は早いネ、想」

 微笑んだアシュレイの白い指が少年の手に触れる。果林は触れ合っている部分を凝視しながら、複雑な表情を浮かべている。


  ――どうなってる? なんで金の超幸運?


 返事はない。

 金の超幸運を呼べば、あのキンキラの空間への移行があるだろう。

 それをしようかどうか想は悩んだが、昨日のどうしようもない心の疲労が思い起こされ、躊躇ってしまう。

「どうしたの? 想、学校いこ!」

 指と指が絡み合い、手がつながれる。はたから見ればこのヤロウお前ら爆発しろ、と呪われそうな仲睦まじいカップルでしかない。

「じゃあね、かりん!」

「うん……、いってらっしゃい、そーちゃん、アソレー……」

 先ほどまでの敵意はどこへ行ったのか、果林は牙を抜かれてふ抜けたような顔で二人を見送っている。


 アシュレイに手を引かれ、少年は歩いた。

 いつも通りの通学路。爽やかな初夏の風が優しく頬を撫でる、アスファルトの道を進む。


  ――どうなってる?


 ほんの少しだけ前を行くアシュレイの金色の髪がふわふわと揺れている。

 その光景はまるで夢のようで、猜疑心の中にもどうしようもないときめきが生まれていく。


  ――金の超幸運が出て行って、普通の、人間に……なった、とか?


 一番都合のいい展開について考えてみたが、やはり、無理があるような気がしていた。

 元通りのこの愛らしい彼女は、おそらく日本人ではないだろう。

 名前だって、超幸運のシステムからして本名とは考えにくい。

 金の超幸運が入っている間の事の記憶はどうなっているのか? 

 本来の彼女の人生がすんなりと、今のこの瞬間につながるわけがない。


  ――もしかして、散々振り回したお詫びに……とか。


 これなら少しだけいける気がして、想の心がぎゅるんと緩む。

 なにせ金の超幸運は、「なんでもアリ」。

 どこかで命を失った美しい少女が、新しい人生を手に入れてまた輝いている……?

 

 アシュレイが立ち止まってくるりと振り返り、少年を見つめた。

 想も立ち止まって、その愛らしい顔へ目を向けた。

 にっこりと、微笑まれる。

 まるで雷に打たれたかのような衝撃が、心を揺さぶる。


「アシュレイ……」


 繋いだ手が熱い。


「……諌山想、私だ」


  ――おおおおおおおおおおおおおおおっ!?


 大慌てで、思いっきり、繋いでいた手を振り払った。


「なんだっ!?」

「どうしたの、想?」


 通学路のど真ん中。少し時間が早いせいか周囲に他の生徒の姿はないが、通勤のために歩く者が数人いて、突然始まったカップルのアクシデントにちらちらと目をやっている。


「いや、だって……、今、なんて言った?」

『周囲の目があるので、普通に振舞ってほしい。私は黒の超幸運だ、諌山想』


 頭に響くその声に、少年はこれまでの十六年と十一ヶ月の人生で一番のショックを受けていた。


 足から力が抜けそうになる想を、アシュレイの柔らかい体が支える。


「マジか」

『マジだ。どこか他人の邪魔が入らない場所に着いたら説明をする』



 フラフラ歩いてようやく学校に到着し、少年と黒の超幸運は屋上へと移動をした。

 暖かい朝日の降り注ぐ場所で、二人は向かい合って立っている。


「どうしてこうなった」

「この肉体は生きている状態だったので、他のものよりも放棄が難しかった。また、アシュレイ・ウィリアムズの学校での存在感などを考えると、突然この世から消えてしまうのは不自然であり、アシュレイ・ウィリアムズと諌山想の仲の周囲からの認識などを考えると契約を続行する私、黒の超幸運が引き継ぐのが最も自然だという結論が出た」

「……認識って」

「二人は男女交際をしているものだとクラスメイトなどは思っている」


  ――萎えるわー


 顔も声もアシュレイのものなのに、口調と発せられるオーラは完全に「四谷」になっている。そのあんまりな様子に、少年の心はへなへなと萎れていく。

「俺、お前と付き合わないといけないの?」

「そうではない。いきなり距離を置けば、二人になにかがあったのではと周囲が騒がしくなるので、ゆっくりと時間をかけた方が面倒が少なくていいだろうと思われる」


  ――仲島とか、うるさそーだもんなー


 想は思わず、空を見上げた。


  ――涙が出そうだ。


「四谷圭の肉体は放棄されたので、これからはウィリアムズ家の使っていた部屋に来るといいだろう」

「あ? ああ、そうだ。なんで体の交換があったんだ?」

「超幸運が使っている肉体すべてを、諌山想が目にしたからだ。これは不正な契約に繋がる事柄であり、そういったアクシデントがあった際には期間中であっても肉体の交換が行われる」

「あん? なに?」

「今回の緊急会議において」

「やっぱいい。ごめん、今はなんか頭に全然入ってこないから、また後にしてくれ」

「……そうか。では、放課後にでも」


 少年がその言葉に頷くと、アシュレイがくるりと振り返り、校舎内へと続く階段の扉に手をかけた。想もそれに力なく続く。

 階段を降りていく間に、金髪の美少女は突然、くるりと振り返った。

 そして何故か、にっこりと笑う。


「なにそれ?」

「急なキャラクターの変化は周囲を戸惑わせる。私はアシュレイ・ウィリアムズらしく振舞わなくてはならない」

「……ああ、そう」


  ――たまんねえなあ、もう。


 黒の超幸運はどうやら、金のしでかしたあれこれの尻拭いをさせられているようだ。それはわかる。

 それはわかるが、最悪の展開だった。

 可愛いあの子が失われずに済んだのは幸いなのだが。

 失われずにすんだからこそ、中身が黒の超幸運になってしまっている現状が、辛い。

 

  ――生殺しってやつなんじゃねーの?


 廊下を二人、並んで歩く。周囲の生徒たちは、うっとりとしたまなざしでアシュレイを、羨ましげに少年を見つめる。


「おはよう諌山君! ウィリアムズさん」

「おはよー、レン」

「よお」

 教室に着くと、親友のお坊ちゃまが笑顔で二人を出迎えてくれる。

「二人でどこに行ってたんだい? いや、いいねえ。仲が良いようで」

「そんなんじゃねえよ」

 そっけなく答える少年に、恋バナ大好きのミーハーボンボンは「またまた~」といった様子で歯を出して笑っている。

「ウィリアムズさんも今度、僕の家に遊びに来ないかい? いつも試験前は、諌山君と一緒に勉強をしているんだ」

「Oh、そうなの。想、私も一緒に行っていい?」

 少年に許可を求めるなんていう「カップルっぽい」この反応に、仲島はニコニコと笑顔を浮かべている。


  ――おいこら! 四谷! この野郎!


『現在はもう四谷司でも圭でもない。諌山想の心に負担をかけているのは重々承知している。申し訳ないと思っているが、少しだけ、付き合ってもらうわけにはいかないだろうか』


 心の中に響いた、思いっきり下手に出ている黒の超幸運の声に想はぐっと目を閉じた。

 色々と、思うところはある。が、今いきなり「アシュレイと不仲」になるのは黒の超幸運の言う通り、きっと良くないのだろう。


 根掘り葉掘り聞かれたうえ、あることないこと言われるかもしれない。

 それは、いつまでも尾を引くかもしれない。

 世間のそんな勝手さを、少年はもう知っている。


  ――なんだろーな、この虚しさは……。


『すまない』

 再び繰り返された申し訳なさそうな響きの声に、ため息をこらえて想は答えた。

「いいぜ、俺は別に」

「やったあ。楽しみにしてるね、レン」

「ああ、いやあ、うふふ。是非来てください」

 上機嫌なボンボンに、アシュレイが笑顔を向ける。そこに他の女子生徒がわらわらと寄ってきて、大人気の金髪美少女は連れて行かれてしまった。


 教室の隅で、わいわいと騒いでいる女子の軍団にチラリと目をやる。


  ――頑張ってるなー。


 人気モデルが着ている服が欲しいだの、アクセサリーがああだこうだに付き合い、アシュレイには絶対似合うよ~なんて言われて少し照れてみせたりする、四谷。

 急におかしくなってきて、想はぶうっと噴き出してしまった。


「どうしたんだい、諌山君」

「ああ、いや、別に」

「思い出し笑いなんて……。あ? さては今朝、やっぱりなにかいいことがあったんだね!?」

「いいことなんてなにもねえよ!」


 思わず出た大きい声に、仲島が焦る。


「あう? ご、ごめん、諌山君」

「……ったく、本当におめでたい坊ちゃんだぜ! お前はよ!」

「あう」


 ちょうどいい八つ当たりの相手に毒づき、少年は大きくため息をついた。


 窓の外は快晴。気持ちの良い、初夏の陽気。

 明るい青い空の色は昨日の緊急会議の会場を思い出させてきて、可哀想な諌山想を思いっきりイラつかせた。

 

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