46 異例の重複契約に関する緊急対策会議 2
「ずっとイヤだったんだよ、辛気臭いやり方が。死んだ人間の体で動くのって注意が必要だし、とにかく目立たないようにしないといけないでしょう? ずーっとずっと前に、同じことがあったよね。赤の超幸運が選んだ肉体が蘇生しちゃったの。ずっとそんな偶然が起きないかって思ってたんだ。だから! 今回は本当にやった、って思った。とうとう起きたんだからね、奇跡が!」
その存在が既に「奇跡」のはずの超幸運がこんなにも喜んでいるのが不思議に思えて、想は表情を曇らせている。
金の超幸運は顔をキラキラと輝かせながら、まだ話を続けた。
「生きてる状態なら、不都合だった部分は解消される。だってほら、想だって嬉しかったわけでしょ、アシュレイに好かれて。契約する前から幸せにできるなんて、すっごく素晴らしいって思うんだ」
「金の超幸運、今は聴取の最中だ。お前の主義主張を聞く時間ではない」
「じゃあなにを話せっていうの?」
「キーワードの変更をしたかどうか答えよ」
「ないない。この体に決まった瞬間、キーワードはすぐに決定されたんだからね。これ以外にない、絶対契約できるって確信できる言葉だったんだから!」
緑に向かって叫んだアシュレイがくるりと少年の方を振り返る。
その笑顔の眩しさに、また心がグラついてしまう。
「ね、想!」
「なっ……」
顔から炎が噴き出したような感覚に、想は慌てた。
相手は自分を騙してきた金の超幸運で、アシュレイは確かに生きた人間ではあったようだが、その中身は純粋な女子高生ではないし、その目的は随分勝手なものだ。
そう、わかっているのに。
悔しさに身悶え下を向く少年のもとに、弾む足取りで金の超幸運が寄ってきて、顔を覗き込む。
「うわっ」
「ねえ、想、いいよね。なんならもう白だけは契約解除しちゃって、黒と金のダブル契約でいこう。黒とはもう第二段階まで進んでるし、信頼関係ができてるんでしょう? それとは別に、私とも契約しよ? 願いを叶えるのとは別に、アシュレイを好きにしていいからね」
目の前の青い瞳がキラキラと輝いている。力をこめて握っている想の手を白く細長い指が包み、ゆっくりと広げさせると、アシュレイはにっこりと微笑んで自分の胸にポヨンと当てさせた。
――おおおおおおおおおおおおおお
「やめろっ!」
ゆっくり味わいたいところだが、ぐっとこらえて振り払う。
「いいのに」
「良くねえよ!」
迫り来るのは魅力の塊で、想は慌てて一歩下がった。
「だってキスしてる間、いっぱい考えてたじゃない。ああ、子供が自分の弟か妹と同じ学年になっちゃうかもなーとか、生まれた途端もう甥っ子姪っ子がいるんだなーとか。上手に出来るかなあとか」
「……っ」
「したいんだったらいくらでもしていいんだよ。人間の当然の欲求だもん。生きてる肉体だからこんなサービスも出来ちゃうんだ。より契約者を幸せにできるなんて本望! ここから戻ったらすぐに始めていいよ。最初はちょっと恥ずかしそうに、でも段々大胆になっていく感じがいいんだよね?」
「やめろーっ!」
さすがにこれ以上は耐えられず、叫ぶ。
―― こ の や ろ う っ ! !
「なんだこれは! 俺を辱めるための会議なのかっ!?」
「諌山想、すまなかった。金の超幸運、所定の位置に戻れ」
進行役の緑はずっと変わらず無表情だ。金をのぞく他の三つもそう。それが余計に羞恥心を刺激してきて少年は落ち着かない。
「諌山想、大丈夫だ。この混乱は必ず解消する」
「もうアイツに好き勝手しゃべらせるなよ!」
真っ赤になって怒る想に、黒の超幸運が青白い顔で頷く。金の超幸運は、口を手で押さえて笑いをこらえているようだ。
「金の超幸運、勝手な発言はこれ以上しないように」
「はーい」
まるで反省の色がないおどけた返事に、白の超幸運の瞳がギラリと輝く。
そんな問題児二つに順番に目をやり、緑の超幸運が改めて会議を進める。
「とにかく、契約したい人間を狙っての行動だったのは明確だ。そのような行為を許す訳にはいかない」
「なんで? 契約できそうな人間狙った方が、願いはたくさん叶えられるのに!」
アシュレイは声を上げ、白をビシッと指差す。
「白だってそう思ってついてきたんでしょ?」
「……その、通りだ」
――えーっ?
あまりにも意外な肯定に、想の眉間にますます皺が寄る。
――ここは嘘でも「そんなことない」って言っとけよ!
いや、と思い直し、今度は目を閉じる。
――超幸運はマジで真実しか話せない……とか?
「ほら、やっぱりね。いつもカタいことばっかり言っといて、自分の希望優先してるんじゃん。なんで私だけがこんなに責められるかなあ?」
「やり方があまりにも汚いからだ。十六歳の健康な男性である契約者に対して、あまりにも卑怯なやり口ではないか」
「そんなワケないって! 絶対喜んでたんだから。だって想はあの時」
「やめろーっ!」
とんでもないNGワードの予感に再び叫ぶ。
「おい金の超幸運! それ以上言うんじゃねえ!」
「はいはい。お楽しみはまた後だよね!」
――くっそー!
可愛いったらない。にっこりされるとたまらない。たまらなくて、想は左手で目の辺りを覆った。
そんな少年におかまいなしに、会議は進行していく。
「喜んでいようがいまいが、契約の仕方としては邪道である。白と金の超幸運が交わした契約は無効にすべきだ」
「異議なし」
「異議なし」
「……」
「えーっ。なんでー。異議あーり!」
赤と黒は異議なし、白は沈黙を守り、金は不服をはっきりと口にした。
「ではまずは白、意見を述べよ」
「金の超幸運の言うとおりだ。われわれは願いを叶える存在である。しかし、契約できる人間は年々減少の一途を辿っており、超幸運としての責務を果たすのは困難になってきた。何年もまともに契約できる人間が現れないこの現状を憂い、たとえ二重であったとしても、本契約に進める可能性のある人間と契約した方がまだ良いのではないかと考えて今回は行動した」
「はあ?」
白の超幸運の少し寂しげな告白に、金は大きく頷き、赤と緑も微妙な表情を見せている。
パッと見ずっと同じ無表情を保っているようだが、どこか、同意しているような雰囲気が漂っているように想は感じた。
「そんなに願い、叶えたいんだ」
「われわれの存在意義だからな」
「……なんか、色々間違ってない? やり方とか」
少年の投げかけた疑問に、黒の超幸運は答えない。唇をぎゅっと閉じて、物憂げなその瞳を伏せている。
「お前らってなんでもできるんじゃねえの?」
「我々は決められたルールに則って動かなければならない」
想の疑問に、赤がそっと答える。
「そろそろ変更が必要な時期が来ているのだろうな」
――なにこのさみしんぼう集団は……。
人知を超えた存在、地球からの贈り物、なんでもできる不思議な力。
そんなミラクルでスーパーなはずの超幸運たちだが、自分たちのためには力は使えないらしい。
「契約者がいてこそ、なのか」
「その通り。我々は契約者のために力を使う。そこからより多くの人間に幸福を届けるのだ」
――契約するヤツが出て来ないと話になんないわけね。
「第二段階なんてホント貴重なんだよ、想! 赤と緑は澄ました顔してるけど、ホントは白みたいに一緒になって契約しちゃいたいんだからね!」
「お前がそれを言うか?」
自分は関係ないみたいな顔で言い放つ金の超幸運に、思わずつっこむ。するとアシュレイの美しい顔が、とろけそうな程の愛らしい微笑を浮かべて答えた。
「私は規格外だもん。なにかしでかす、アクシデント担当だから」
「だからといって今回のようなことがまた起きては困る」
ここでようやく、黒の超幸運が一歩前に出て、口を開いた。
「一人の人間が契約できるのは、一つまで。そうルールに加えるべきだ」
会議の締めに出された提案に、他の四つはしばらく返事をせず、沈黙を守り続けた。
青い青い空間に、浮かぶように立つ六人。
時間がどのくらい経ったのかはよくわからない。
喉も渇かず、空腹にもならない特別な時間。
少年は超幸運を一つずつ、ゆっくりと見つめた。
白、赤、緑、黒、……そして、金。
青白い四つの無表情と、キラキラのふくれっ面。
想の立てる音以外は決してしない空間。
浮かんでくる様々な思考の中で、最終的に残ったのはこんな考えだった。
――なんで俺は、ロクでもないところからばっかり求められるんだろうな。
鼻からフンッと息を吐き出したところで、会議が動き出す。
「それがよかろう」
緑の超幸運が宣言をする。
「我々の勝手な行動で契約者を困らせるなど、本末転倒だ。一人の人間が契約できる超幸運は一つ。同時に二つ以上とはできない。ルールに追加する」
「……了承した」
「了承した」
「了承した」
最後の一人の返事はない。他の四つと、想の視線がアシュレイに集まる。
「……ホントはイヤなんだけど、しょーがないから了承する」
ほっと息をつく少年に、ふくれっ面のままの金の超幸運がまた絡み付いてきた。
「想のためだよ。ずっとこんなところに閉じ込められてたらイヤだもんね。全員意見が一致しないと会議が終わらないから。だから、了承したんだよ!」
「わかったよ」
「一番想を思ってるのは、私だからね! だから、選んで。今三つ契約中の超幸運の中から、一つ。私でいいよね!」
「え? そういうシステム?」
――てっきり今日の分がキャンセルされると思ってたけど?
思わぬ申し出に困って、視線を四谷に向ける。
「白と金が辞退するのが適当だと思われるのだが」
「なんでよ。いいじゃない、ちゃんと契約したんだよ。キーワード言ってもらったんだから」
「そうだ。公平に、契約者に選んでもらうとしよう」
白まで金に同意して、三つが少年の前に並んだ。
その様子に、思わず想は笑う。
――なんなんだろうな、これ。
「結果は変わんねえよ。俺が選ぶのは黒だ」
白は動かない。
金はガックリと肩を落とす。
そして、黒はその美しい顔に大きな笑みを浮かべた。
「嬉しいぞ、諌山想」
「それでは緊急会議を終了する。各自、新しい肉体を急ぎ用意するように」
「了承した」
四つの返事が重なるのを聞きながら、想は青い空間から抜け出していった。
――新しい肉体?
そんな疑問に答える声がある。
『諌山想、今日は臨時休業だ』
――なんで?
気がつくと、少年はエスポワール東録戸の一〇三号室の前に立っていた。
開いていたはずの扉は閉まっていて、四谷の姿はない。
何度扉を叩いても、結局、中から誰かが出てくることはなかった。