45 異例の重複契約に関する緊急対策会議 1
五つの超幸運が集った際、発言する順番は数字が若いものからという決まりがあるのかもしれない。
まずはどちらと緑は言っていないのに、話し始めたのは白の方だった。
「私が日本に来た理由は、金の超幸運がおかしな動きをしていたからだ」
チラリと、父が娘に目をやる。金の超幸運は唇を尖らせて明後日の方を見ている。ここまであからさまな「しらんぷり」をコント以外で初めて見たな、なんて想は思う。
「金の超幸運は配置されたはずの地域から理由なく移動をした。明らかに黒の超幸運の契約者を狙っての行動だったので、看過するわけにはいかなかった」
「それだけでは理由にはならないぞ、白。金と共同生活をしていた理由を明確に述べろ」
「金の超幸運の暴走を阻止するためだ。それ以外にはない」
「嘘くさいよねー、想!」
可愛い顔に笑みを浮かべて、アシュレイが少年の肩にしなだれかかる。
「やめろ!」
「控えろ、まだ聴取の最中だ」
怒りの声をあげる想の前に、黒の超幸運が立つ。柔らかい胡桃色の髪がふわりと舞って、その長身のむこうに金の超幸運の姿が隠れた。
――畜生!
まだドキドキしてしまう自分に苛立ちながら、少年は黙り続ける白の超幸運へ視線を向ける。
司会進行役の緑に睨まれながら、白は口をぎゅっと結んだまま動かない。
「言えないことがあるのか?」
痺れを切らした赤が口を挟む。しかし、白は何の反応もしない。
「お前らって、お互いの考えてること、わかんないの?」
「わからない。誰がどこにいるのか、契約者がいるのかどうかはわかるが、それ以外についてはわからないようになっている」
「へえ」
――案外不便な設定にしてるよな。
なんでもありのくせにと考える想の前で、白がようやく口を開く。
「……金が諌山想を狙っているのは明らかだった。私が止めなければ、誰が止めるというのだ。諌山想の好みに最高に合致する異性の肉体を使って、しかも、生きている状態で目の前に現れ、キーワードを確実に言うであろう状況へ誘い込んだのだ。私は金の前に自分と契約をさせるのが最大の警告になると思っていた」
「確かに警告にはなったようだな。しかし白、お前は同時に『次の段階へと進める可能性の高い人間と契約をしたい』という自身の勝手な希望を叶えているのではないか? 今回の契約に関して、それが頭になかったとは言わせないぞ」
「そのような考えはない。あくまで、黒の超幸運の契約者を守るつもりでしただけだ。私と黒は質が最も近い。冷静であり、厳格である。私と二重になるのは大きな問題ではないと判断した」
――勝手だなー
大真面目にやり取りをする白と緑の様子を見守りながら、少年はひどく呆れていた。
「全然近くねーだろうがよ」
「そうだろうか」
「そうだよ。お前とあいつじゃ全然違うぜ」
あれだけ威圧的な白の超幸運と一番近いというのなら、他の赤や緑は一体どのようなキャラクターなのか。口調や雰囲気が明らかに違うのはいまのところ金だけだが、残りの二つもそれぞれ隠している要素があるのかもしれない。
「白の超幸運に問う。諌山想との契約に関して、キーワードの変更をしていないかどうか答えろ」
緑の超幸運の濃い顔が、キリリと引き締まる。
「変更はしていない」
「設定されてるキーワードって全員、他のヤツのは知らねえの?」
「超幸運同士であってもキーワードは決して教えない。そして、契約者が現れるまでは変更も許されていない」
へえ、と少年は答え、何故この質問が白にぶつけられたのか、理解をした。
「勝手に変えても、誰にもわかんねえのか」
――キーワードなんか、勝手に「これだった」って言い張れば問題ないんだな。
「黒の超幸運、諌山想、白の超幸運が発言中である。静かにしてもらおうか」
コソコソと話す二人に、とうとう注意が飛ぶ。緑の超幸運の顔は、白ほどではないが気合が入っていておっかない。
そしてもっとおっかない白が、吠えた。
「私はただ、金の超幸運の勝手な行動を阻止しようとしただけだ。先に金の聴取をしてもらいたい」
――まあ、そうなるかな?
キャラクター的にも、他のさまざまな気になる事柄を考えても、金の超幸運がどうするつもりだったか聞いたほうが話が早そうだった。
番号順というシステム的な理由だけで白から話していたのなら、今のやりとりは無駄だったのではないかと思える。
少年が考えていると、ふわんと、体のあちこちに色んなものが当たってきた。
体の右側に絡んできたのは勿論、金の超幸運こと超絶金髪美少女、アシュレイ・ウィリアムズだ。
「みんなシリアスな顔しちゃって、怖い怖い!」
他の四つの超幸運がいかめしい表情を浮かべている中で、金だけでが可憐でキュートな笑顔だ。
「金の超幸運、私の契約者から離れろ」
青白い顔の黒が小さく、厳しい声をあげる。
「いいじゃん。想は喜んでるよー。ねっ?」
「喜んでねえよ!」
体はビクンと反応してしまったが、もちろん、今となっては純粋に喜びを感じるわけもなく。
絡んできた腕を乱暴に引き剥がすと、アシュレイはぷうっと頬を膨らませ、とてつもなくラブリーな顔を作った。
――可愛いなあ畜生!
それはそれ、これはこれ。つい浮かんでくるこんな感想に、どうしようもなく感じる敗北感。
ムカつきながら顔を逸らすと、今度は後ろからぎゅっと抱きついてくるものがあった。
「うおっ」
背中に当たる柔らかさ、その、至福。うっかりじっくり味わいたいところに、突き刺さる四谷の冷静な視線。
「やめろっ!」
抱きついてきた腕をまたはがして、後ずさる。つれない想の態度に、アシュレイはいたずらっぽい笑顔を浮かべて少年を指差した。
「嬉しいくせにぃ」
「緑の超幸運、金の超幸運の聴取を始めてもらいたい」
四谷が一歩前に出て、司会進行役に願いを告げる。
「了承した。では、金の超幸運は前へ」
「想、一緒においでよ」
「お断りだ」
「しょうがないなあ」
プリプリと怒ったような顔で、金の超幸運が前に出て、進行役の前に立つ。横には白の超幸運がじっと立ち、娘を強い視線で睨んでいた。
「金の超幸運、ではまず、今回の移動の理由を述べよ」
「それはもう、日本に来たかったからだよ。諌山想と契約したかったんだ!」
あっけらかんと答える金の超幸運に、場がしん、と静まり返る。
――正直だなー。
取り繕うための言い訳が出てくると思っていたのに。ここまで素直だと却って爽快かもしれないよね、と清々しい気分になってしまいそうだ。
「そのためにその肉体を選んだのか?」
「違う違う! 逆だよ。この体だったから、日本に来たの」
――なんの話だ?
一番気になっていたのは、アシュレイが生きた人間だということだ。
白や金が自分を狙った理由もよくわからなかったが、それよりも惑わされたのは、あの暖かく生き生きとしたアシュレイのキャラクターだった。
―― 一年経てば放棄される肉体で、目立たないようにしているはずなのに。
四谷司がどうなったのか、想は知らない。どこかに打ち捨てられているのか、彼らが丁寧に埋葬でもしているのかはわからないが、とにかく、触れれば冷たく食事も睡眠もとらなかった。
それが、アシュレイは一緒になって仲島家謹製ランチでキャッキャしている。
――すげー目立ってたし。
金髪のスタイル抜群美少女の性格は、とにかく明るい。想にちょっかいを出すだけではなく、他のクラスメイトたちともよく話していたはずだ。
時には女生徒たちと服やらアクセサリを買いにいった、なんて話もしていた。
「これね、選んだ時は確かに死んでたんだよ。わー可愛いなーって思って選んだの。だけど、入った瞬間なんかしらないけど蘇生しちゃったんだよね」
「それがわからなかったと?」
「そんなのわかるわけないじゃん。人間って不思議だよねー。神秘的だと思う。ホント、長い付き合いだけど人間だけはわからないわーって思う。緑も赤も、そう思うでしょ?」
「人間の秘めている可能性については同感だが、その肉体が完全な死を迎えていなかったとお前が関知していなかったとは考えにくい」
「いやいや、死んでたって! わかんなかったよ。白でもわかんなかったと思うけどなー。ホント、無理だったと思うけど~」
――どういう意味だ?
「おい、生きてる人間の体でも、お前らは使えるのか?」
「肉体の状態に関して言えば、そうなる」
「意味がよくわからないんだけど」
「金の超幸運が使っている肉体の持ち主そのものは、もう生きてはいない。肉体のみがこの世に残され、生き残った。そういう状況も、ごくごく稀にではあるが存在する」
――それって魂とか、そういう?
眉間に皺を寄せて顔をしかめる少年に、金の超幸運はニッコリ笑い、ウインクを飛ばしてきた。
それに、ひどく胸が痛む。
想のそんな痛みは関係なしに、超幸運たちの緊急大会議はまだ続いた。